水の中、夏稲は薄っすらと目を開ける。
無数のナマズ型の呪霊が食らいついている。
引き込まれながらも彼女は頭を回す。
(痛みはほぼない、おそらく拘束性の術式。
陸には乙骨君が居るし何匹居るか見当がつかない。)
ならば、こいつらを全部陸地へ誘導すればいいと考えに至り、術式を発動させる。
【水縄・龍籠】
術式により川の流れが変わり足に食らいついていた呪霊が暴れまわる。
激痛が走るが術式は緩めない。
そして全ての呪霊を水縄で拘束し、這い上がる勢いで縄を力一杯振り上げる!
一方、乙骨は引き摺り込まれた夏稲を心配し、水面に呼びかけるが返事がない。
「海谷さん大丈夫かなぁ。」
五条からは「腐っても二級だから優太には敵わないと思うけど夏稲もかなり優秀な家柄だしきっと助けになるよ。」との事。
有に数分は経つが上がってくる様子はおろか呼吸の泡さえ見えない。
そろそろ潮時かと指輪に手をかけようとした瞬間、ザバァ!と水の縄の中に無数の呪霊と共に夏稲が勢いよく飛び出した。
「乙骨君!斬って!」
大声で夏稲が叫ぶと間髪入れずに乙骨は呪霊を網ごとぶった切る!
パッシャンと水風船が弾ける様に霧散し、あたりは静寂に包まれる。
夏稲は川から上がり濡れた制服のスカートを絞りながら乙骨にお礼を言う。
「…はぁ、助かった。
ありがとう。」
その仕草に彼は目のやり場に困りながらも苦笑いをこぼす。
「い、いや。海谷さんも凄いね。」
「私なんてまだまだだよ。
待って、向こう岸に誰かいる。」
和やかなムードから一変、殺気を感じながら振り返ると向こう岸にケラケラと笑う女性の姿が。
「ふふふ、見つかっちゃった。見つかっちゃった。
くくく、ねぇ、ポンコツちゃん千春さんは元気?」
乙骨を片手で制し身構える。
千春というのは夏稲達の先輩で寮監督のことだ。
(何故彼女がその名を…。)
夏稲は彼女を訝しげに睨む。
よく見れば涼しげな目元が寮監にそっくりだ。
兄弟かと一瞬考えたがそんなことはどうでもいいとさらに声を荒げる。
「千春さんはに何の用?
あの呪霊を放ったのは貴方なの?」
怒っている夏稲が可笑しいのか更に笑みを濃くし、彼女は答えた。
「ふぅん、千春兄様生きてるんだ残念。
だったらどうするの?
捕まえて拷問?尋問?
それとも呪殺しちゃう?」
イライラする物言いでそれに乗ろうとした夏稲の肩を引き、乙骨が前へ出る。
「…海谷さん、相手の挑発に乗らないで。
君もなんでこんなことをするんだ!
こんなことをしても何にも特にならない!」
乙骨の方が感情的じゃないかと夏稲はちょっと呆れた。
呪術師や呪詛師もやっている事は変わらない。
どちらも決して正義ではない。
それでも誰かを救おうとするの後ろ姿にかつての自分を思い出す。
救いを求めてる人に手を差し伸べたいと泣いて兄に訴えたあの時の自分と彼は似ている。
そう夢想していると対岸の少女は腹を抱えて笑っていた。
「あははは、はは、笑殺す気かな?
なぁに綺麗事言っちゃってんの?
呪詛師も呪術師もやってる事変わんないのに…くくく。
呪力の無い猿は私ら呪力のある呪詛師や呪術師に飼われることが一番幸せというのになんでそれがわからないんだろぉ。
かわいそ、かわいそー!」
「…それでも人を呪い殺すことはいけないことだと思う。」
苦虫を潰した顔で乙骨は静かに怒りを表しながら答える。
彼も彼で葛藤しているのだ。
呪いを扱うという事実に。
「もういい、乙骨君。
分かり合えないと思うから実力行使しかないよ。」
夏稲が呪力を込めようとすると彼女は興ざめした様子で去っていく。
「待ちなさい!」
「遊んであげようと思ったけど今はいいや。あの人からは偵察だけって言ってたし。
じゃあねー。」
術式を放つ前に消えてしまう背中を見送って二人とも緊張感が切れたのかその場に腰を下ろす。
と同時に帳も切れて元の河原へと戻っていった。
しばらくして二人は後味悪く高専に戻り報告書を作成するこことなった。
*
狗巻と乙骨の任務で報告に呪霊が出たなど最近イレギュラー続きで戸惑う夏稲達。
憤りを感じながらも、昼練のためにグラウンドへ出る。
「どーした憂太。」
乙骨が立ち止まり、パンダが問いかける。
「えーっと
なんかちょっと嫌な感じが…。」
彼の言葉に一同は気のせいだと否定するが目の前に呪霊が降り立った。
そこから呪詛師が数名出てくる。
「変わらないねここは。」
「うぇ〜
夏油様ァ本当にココ東京ォ??
田舎くさァ。」
「菜々子…失礼。」
女子高生らしき二人の呪詛師が愚痴をこぼす。
「また会ったね、ポンコツちゃん。」
ひらひらと手を振る晃。
「会いたくありませんでしたよ。」
嫌味ったらしく返せば夏油が咳払いをし、呪術師だけの世界を作ると宣言する。
「僕の生徒にイカレた思想を吹き込まないでもらおうか。」
夏油の宣言に五条は眉を潜めながら待ったをかける。
「悟ー。
久しぶりー!
志保ちゃんは元気?」
「…まずはその子から離れろ、傑。」
「だんまりかよ。
まあ、いいか。
今年の一年は粒揃いと聞いたがなるほど、君の受け持ちか。」
そして、夏油はクリスマスイブに百鬼夜行を行うと宣言し、呪霊を放ち去っていく。
夏稲たちが間合いに入ってしまって攻撃が下手にできないとなっては夏油たちを追うことをやめて対処に周りざる負えない。
*
来たるクリスマスイブ。
夏稲は千春の手伝いだったが一向に敵が来ないので寮に戻って待機となった。
「…暇だな。」
あまりにも暇すぎて高専の教室に参考書を取りに行くくらいだ。
「やっほー真希、乙骨君。」
「…何しにきたんだよ夏稲。千春さんとでお嬢さんを守るんじゃなかったのか?」
「…お嬢さん?」
首をかしげる乙骨に一から志保のことを夏稲が話し始めた。
「なーるほど。千春さんらしい。
その晃っつー呪詛師を誘き寄せるために一人でいいって言ったのかよ。」
呆れた真希の返答に苦笑いで返す夏稲。
「まあ、寮監さんなら大丈夫でしょ。
千春さん、先生ほどじゃないけど強いし。」
呑気なことを交わしていると学校に帳が降りる!
「真希、乙骨君!」
「ああ、わかってる!」
三人は校舎外にすぐに出たが夏油と鉢合わせて乙骨以外は戦闘不能に。
全ての命運は彼に託された。
*
高専の空き部屋にて。
金髪の少女を寝かせて千春は外へ出た。
勿論、強力な結界を張るのを忘れずに。
寮外へ出ると虚空へと呼びかける。
「いるのはわかってるんだ、出ておいで晃。」
空間が歪み、ケタケタと笑う女性が出てきた。
「はぁい、お兄様、元気そうで何より。」
会うなり二人は術式を詠唱なしでぶつけ合う。
「酷いじゃないですかぁ。
久々の妹との再会というのに。」
「…じゃあ、兄として忠告してやる。
ここは引け、あと二度と俺の前に姿をあらわすな。」
「いやぁよ!」
【祟鞭・怨呪】
呪詛で出来た鞭を振るうが借り物の術式らしくあまり上手く扱えてないらしい。
千春は簡単に避けて黒曜石のナイフを首元に当てて脅す。
「…最後通牒だ。
身を引いて二度と匂坂の敷居をまたぐな。」
それは兄としての慈悲であり、裏切った妹への最後の願いであった。
彼女は白けたようにつまらなさそうに言い放った。
「変わったね。
兄さん、アタシがなんで傑様についていったかわかる?」
「そんなの分かるか!
お前は騙されてるだけだ。
呪術師だけの世界なんて来やしない。あるのは破滅だけだ。」
「そう思いたいのならそうなんだろうねぇ。
もういいや白けた。
でも置き土産だけはしてあげる。」
これ以上の問答は無駄だと晃は判断したが
呪力を込めて千春の手を握る。
「なっ、何を。」
振り払おうとした瞬間痛みが走って手の甲に紋が浮かぶ。
「それはねぇ、私が死ぬまで兄さんの呪力を吸い続けるから。
私を殺しに来てね兄さん。
逃してくれるならそれでもいいよバイバイ。」
手の痛みに耐えきれず地に伏せる千春を見下ろして去っていく晃。
「…くっそ、やられた。」
兄として妹は殺したくないと僅かに慈悲を見せた事が仇となったかと悔しさと痛みに顔を歪ませる。
応援に向かおうとスマホの連絡を見るが全て終わったようで五条の連絡が来ていた。
どうやら乙骨は解呪できたらしい。
「…夏油先輩が死んだ?」
妹を取り逃がしたことを報告し、五条が直接夏油に手を下したという事実に驚愕を隠せない千春。
だが、この時、彼は知らなかった。
真なる呪詛師の目的を。
【つづく】
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