ルーデンスの審判
 草木は多い茂り、白の壁にはツタが張り巡らされている。本来ならば綺麗に磨き上げられ、室内を綺麗に彩るはずのステンドグラスはひび割れて、粉々になって地面に撒き散らされていた。靴底で引っ掛かったステンドグラスの破片が、地面の摩擦により悲鳴を上げる。塵を被り、長い年月を掛けて沈黙をついていた教会内は見るも無残な光景だ。
 ギルバートは浅い溜め息をついて、埃臭い教会内を突き進む。奥に進めば進むほど、空気は淀み室内の雑然さも増していった。
 
 ――教会本部も面倒くさいこと頼んできたよね……まさか、こんなに荒れ放題だとは。

 進む先々にあるドアを片っ端から開け、部屋の様子を確認しながら何度目かの溜め息をつく。
 『教会本部の頼み事』……それは、機能を停止した教会で主の像と此処を任されていた神父のロザリオを回収することだ。つい最近まで戦争をしていた為、ティアラに点在する教会の細部まで監督が行き届いておらず、戦争が終結してから数か月。参列者のケアや炊き出しに追われていたギルバートの元に届いたのはそんな通達だった。
 正直な所、真っ先に出た感情が『面倒くさい』だ。しかし、本部からの通達ということもあって重い足取りに鞭打ってここまで来たが、廃墟と化しているこの状況は目的の物を回収して「はい、終わり」だけでは済まされない状況だ。自分の教会へ帰ってからの報告書作成も視野に入れ、ギルバートは次のドアノブへと手を掛けた。
 今までの部屋とは違い、書物が多いそこは『書斎』の様だ。若干、部屋が荒れているのは仕方ないとして、もしかすると此処にロザリオがあるのかもしれない。

「――あった」

 机の引き出しに仕舞いこまれていた、銀のロザリオ。十字の中央には水晶らしき透明な石が埋め込まれている。間違いない、教会本部で支給されているロザリオだ。
 教会担当者が亡くなった時点で回収するなり、納棺するなりしておけば良かったものの……特別に作られているそれを無下にするのは、主に対しての冒涜だと言われても呆れてしまう。ずさんな本部の対応には、溜め息すらも惜しい。

「像は礼拝堂にあったし、これで終わりか」

 最初に通った礼拝堂にあった小ぶりな主の像を思い出しつつ、ギルバートはロザリオをハンカチで包み込みポケットへそれを押し込んだ。机上に広がる無数の紙、乱雑に床へ落とされたいくつもの本。漁られた痕跡のある引き出し……教会にも廃墟荒しは来るものなのか。興味なさげに、手に取った一枚の紙へ視線を滑らせてみれば『堕神』という言葉が目に留まった。

「……『堕神の生体』?」

 聞いたこともない単語。ゆっくりと咀嚼して文字を読み込んでいけば、所々に図解と一緒に研究資料らしい言葉が乱立している。
 『堕神』『食霊』『幻晶石』『料理御侍』……どれもこれも、イギリスからティアラに来たギルバートにとっては分からないものばかりだ。しいて言えば『食霊』の存在は知っていたが、それも他人から聞いたもので自分で目にしたわけでもない。確証が得られない、夢物語だと思っていた。
 しかし、この机上で無防備に広がる情報は現実に色をつけ、それをギルバートの脳へと塗り込む。

「ここの担当者は何を調べて……そもそも、こんな情報どこから――」

 次々に拾い上げていく資料に目を走らせ熟読していく。次の資料へ――誘い込まれるように手を伸ばそうとした動きは、一瞬で制止した。
 目的の資料には、青白いフォークが突き刺さっている。それは食事をするときに使用するような可愛らしいものではなく、鋭利で薄暗い室内でも鈍い色を放っていた。

 ひたり、と喉が張り付く。扉の方から注がれる圧に、ギルバートは無意識に喉を鳴らした。
 眼前にあるフォークが小刻みに揺れ出したのを合図に、ギルバートは資料を投げ捨てて動き出す。

 一つしかない出入り口には、大きな口から舌と鋸場の様な歯を覗かせた青い生物がギルバートを見据えていた。体毛のない、つるりとした身体は蛇のようだが瞳は確認できない。『見据えていた』と感じたのは、その生物から肌を刺す様に注がれる圧によってだ。

 ――この生物どこかで……。

 心当たりのある、足元に散らばった資料をちらりと見れば目の前にいる生物と似たような絵――こいつが『堕神』なのか?

 ゆっくりと片太腿につけている護身用に持って来たサバイバルナイフのホルスターへ指を這わせる。音を立てないように生物を見つめたまま、ホルスターの金具を外し――それを堕神へと投げつけた!

 甲高い金属音を上げ、弾かれるサバイバルナイフを囮に、一瞬出来た僅かな隙間へ身体をねじ込み廊下を走り出す。加速をつけるように、脚を速く動かしたいのに重たく感じるのは後ろにから感じるプレッシャーからだろうか。足元や腕、すれすれを何本ものフォークがかすっていく。体制が崩されそうになるのを何とか持ちこたえ、ギルバートは時間を稼ぐためにとある一室へ転がり込んで――扉を閉めて、内鍵を掛けた!
 ハッと、息を吐き捨てて窓から脱出を図ろうとしたが、その部屋には窓らしきものが無い。追われている焦り、苛立ちでひとつ零した舌打ちは大きかった。

「くっそ、何か武器になるもの……!」

 ガァン!と、後ろで大きくなる物音、軋むドア、時間を稼げないのは明白だ。
 焦る気持ちを落ち着かせて、室内を物色するがそれらしきものはない……瓶詰めにされた青い液体、人が入れそうな大きな白い箱、何冊かの本、奇妙な色をした果実――ない、ない、ない、ない!
 
 また、扉が悲鳴を上げた。

「『神』に殺されて堪るかっ、お前たちを殺すのは僕だ!」

 吐き捨てるように言った言葉は、虚空へと消える――ガンッ!とまた一つ、大きな物音を聞いたとき、部屋の隅で何かが光った。
 惹き寄せられるようにその光へ足を向ければ、ころりと水晶らしき欠片が地面へと転がっている。何も知らない此処へ来る前のギルバートだったら、この石は無視していただろう。しかし、違う、この石は――

「――幻晶石」

 ギルバートの声に反応するように、また石が瞬いたのは気のせいだろうか。
 
 ……一か八か、大きな賭けだ。

 幻晶石を拾い上げ、両手で包み込み瞼を下す……いつもやっている行為だ、でも違う、今は、祈念《のろい》の作業じゃない。
 
「――力を貸してよ、父さん」

 大きな物音と共に、項を撫でる空気は冷たい。
 迫りくる狂気を背に、包み込んだ指の隙間から光が溢れ、石が砕け散った――

「御侍さま、運と頭脳の賭け事をやらない?俺はいつでもウエルカムだぜ!……って、結構ピンチだったりする?」

 感じたのは、激情とは違う温かなヒトの気配。耳を撫ぜたのは、快活さを含んだ少年の声。
 瞼を開ければ、手中にある幻晶石は忽然と姿を消し、その代わりに居たのは金髪の少年だった。声色の通り少年は朗らかな顔つきで、それでいて利発的に笑っている。
 腕を引っ張り、少年は自分の後ろへとギルバートを押しやった。そして、こちらへ向かってくる堕神へ素早い動きで己の武器であるトランプカードを投げつける。

「御侍さま、悪いんだけどその青いボトル取ってくんない?」

 距離を詰められないように、カードを投げつけ交戦する少年がギルバートを一瞥する。マリーゴールドの瞳は、幼さを含みながらも冷静を抱いていた。ギルバートは言われるがままに、机上に陳列されていた青い液体が入った瓶を引っ掴み、少年へと手渡した。
 少年は、手渡された瓶の栓を片手で器用に開けそれを口元に持っていき、一気に煽る。瞬く間に飲み干され、空になった瓶を地面へと投げ捨て少年は口元を拭っては、またトランプを投げつけた。

 一閃が堕神の身体に切り込むが、まだ浅い。

「これで終わりだと思うなよ?――一度きりのマジックだぜ!」

 大量トランプカードが螺旋し、宙を舞う。複数のカードが堕神の身体へと張り付いて動きを鈍くさせた。その瞬間を、また大きな一閃が堕神の身体を切り裂いた!
 止めとなった攻撃を受けた堕神はその場でのた打ち回り、やがて動きを止めてゆっくりと地面へと融けるように姿を消した。

「……勝った、?」

 胸につまる緊張感を取り払いたく、深く息をついたギルバートは堕神が消えた場所と少年を交互に見つめる。
 少年は、ゆったりとギルバートの方へと振り返り、口端を上げ――

「――俺に限界などない。俺はサンドイッチ!これから宜しく頼むぜ、御侍さま」

 薄暗く、まだ淀みを残している部屋の空気を払うみたいに晴れやかに笑った。



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