あくまでもわたしとあなたのはなし。<ギルバートsid.>
遠くの方から聞こえる雷鳴が、頭の奥に重たく突き刺さる。風の力で軋みを上げる窓ガラスの音が煩わしい。ああ、うるさい、うるさい。消えろ、消えろ。外部の音も視界の情報も遮断したくて、ベットの上に縮こまり毛布を被る。
――瞼の裏に浮かび上がるのは、母の泣き顔、黒の柩、参列者、白い花、花、花……父さん。
朝から天候が崩れる事は知っていた、それにあいつが来ることさえも。
僕が嵐が苦手ということが分かってからのあいつは、僕の所に来てくれることが多くなった……物好きというか、マメというか。まぁ、あいつが来てくれているお蔭で嵐が少しだけ怖くなくなっているのは事実だから悔しいけど少しだけ感謝している。少しだけね。本人に言ってはやらないけど。
そんなあいつは、今日も甲斐甲斐しく僕の所にきてくれたらしい。らしいと言うのは、僕の食霊であるサンドイッチが水を持ってきてくれた時に教えてくれたからだ。「食事も出して、お風呂にも通しておいたぜ!安心してくれよ神父さま!」と、明朗に笑ってくれた僕の食霊は本当に良くできている。今度、飽きるまでポーカーに付き合ってやろう。と、思っていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。次に起きたのはあいつに揺さぶられてからだった。
「そろそろ俺もベットに入れてくれないと寒いなぁ〜」
わざとらしく気落ちした様な声色で話しかけてくるのがイラつく、けど……こいつ、こんなに声へんだったか?
まるで膜を張ったかのような籠った声、この声の特徴には心当たりがあった。まさか……。
「……あんた、昼間どこ行ってたわけ?」
毛布から顔を出して、起こしてきた相手を見てみれば案の定、黒い霧が斎の身体をゆっくりと纏わりついている。焼け焦げた匂いが鼻につく、最悪だ。
僕の問いかけに、悪魔に憑かれたお優しいこの馬鹿は怪訝そうに「え、食霊のみんなと神殿だよ?」と、あっけらかんと答えてきた。
「……火は使った?」
「いや、普段通りの“才能”だけど」
全くわかりません、そう言った表情だ。反吐が出るが言い方だが、神に仕える者としてこう言った気配に敏感じゃないの?それとも、西洋と日本だから認識が違うのか?
まさか、ここで悪魔祓いをしろというのか。面倒くさい……外の気候は激しさを増し、雷鼓の音がどんどんと近づいてくる。嵐は僕の嫌ってるものばかり連れてくる様だ。
上半身を起こして水をとってもらう、斎が動くたびに香る焼け焦げた匂いが気分を悪くさせるのには充分だった。体調が悪い上に、悪魔の瘴気に障られた精神は最悪だが、手渡された水は朝から清めている聖水で、何口か飲んでいれば気分が良くなってくる。憑かれている者が飲めば何かしら違和感を感じたり、酷い奴はのた打ち回ったりするけど……こいつにも飲ませるか。
コップの水を口に含んで、ジェスチャーで斎を呼ぶ。何もわからない斎は、馬鹿正直にこちらに近づいてきた。ほんと、そういうとこは隙だらけだよね。
胸倉を掴んで引き寄せる、驚きで相手が固まっているのをいいことに一気に口内へ聖水を流し込んだことで、後ろの靄が、ざわざわと波打つように悶える。黒の奥にある、光を放つ眼光と目が合った。
――悪いけど、お前にこいつはやれないよ。
苦い、苦いと言う斎を制して問答無用でベットの中へ引っ張り込む。
のた打ち回らなかっただけでも感謝しなよね、聖水の効果でどうせ直ぐに寝るんだから。
案の定、何度か背中を軽く叩いていれば規則的な寝息が聞こえてきた。黒の靄が、待ってましたと言わんばかりに斎の中へと入っていく。
「おはようは、ちゃんと言うよ」
悪夢が、無事に去ったらね。
悪魔は、奪いたい相手のもっともほしい夢をくれる。それは神よりも甘美で優しく、温かなものだ。その夢に踊らされ、狂い、堕ちる者は仕方がないと言われる。だってそれほどまでに、悪魔は神よりも幸せな夢を授けてくれるのだから。
でも、こちらが望む以上のものを勝手に与えておいて「等価交換」だと言って、こちらの大切なものを奪っていくのも悪魔だ。
「夢を見てたんだ」
そう言った斎の声は、優しい。その夢は現実だってわかってんの?
「……幸せな夢」
「幸せ、ね。どんな?」
「君は神様嫌いのひねくれ者で、俺には顔がないんだ」
「何だよそれ。不幸話の間違いなんじゃないの?」
それに関しては悪魔に同意してしまう。確かに、はたから見ればそれこそ不幸話だ。
でも、たまに思うことがある。あれがなければ斎と出会わなかったんじゃないかって。父さんが聞けば苦笑いしてしまうんだろうけど、でも、僕は昔みたいに満ち足りている時が瞬間的にある。認めたくないから、それを見て見ぬふりをするけど、でも、でも――。
僕の皮を被って笑う悪魔は、何でもないように言葉を紡ぐ。
「お前には顔がちゃんとあるし、俺はちゃんと信仰してるよ。教会の息子が主を嫌うなんてご法度もいいとこだ」
「ほんと“夢の中のギルバート”が良いわけ?」
お前が、僕を否定するの?
「良いに決まってんでしょ」
僕の霊力で作った愛用のサバイバルナイフで、悪魔の首を思いっきりつく。
流石は、悪魔の魅せる夢だ。皮膚を破り、沈み込んでいく刃物の感触と光景はリアルで普通の人だと目を背けたくなるだろう。
下級悪魔ごときが、僕を否定しようとするなよ……腹立つなぁ。
「僕に化けるとかタチが悪いね、もっとちゃんと下調べしてから憑りつきなよ低脳」
サバイバルナイフを引きぬけば、切り傷からは大量の血があふれ出す。なに、斎から同情でも買おうとしてるわけ?
頭を踏みにじれば、青の瞳と目があった、へたくそな擬態だね。ほんと低脳。
「……今度はちゃんと、おやすみ」
こちらを呆然と見つめる斎に挨拶をして、俺はナイフを悪魔の頭につきたてた。
嵐が去った後の天気は穏やかで好きだ。窓から射し込む光は、柔らかで安らぎを覚える。
健やかな寝息を立てている斎を揺さぶって、起こしてみればまだ寝ぼけているのか視線がおぼつかない様子に思わず笑ってしまう。
「おはよう。不幸な夢は終わった?」
斎の顔にかかった髪を払って、そのまま頬へ掌を添えた。
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