メリーメロウの惑星で恋でもしようか
「神父さま、良いクリスマスを」
「メリークリスマス、神父さま」
「神父さまのクリスマスが、あたたかく、喜びに満ちますように」
「ありがとうございます。みなさんの家族に平和と愛に満ちたクリスマスが訪れますように」
この季節、この日に言われるこの言葉が大嫌いだった。
クリスマスのミサが終われば、口々に言われるこの言葉を受け取るのは、これで何年目になるだろうか。みんな幸せそうに眼を細めて、寄り添い、温かい家族と静かな夜を過ごすのだ。
今年も通例如く、重ね重ねに言われていく言葉に、笑顔で応えていく……老夫婦、新婚夫婦、恋人、兄弟――手を繋ぐ、仲のいい親子。
父親と手を繋ぎ嬉しそうに笑う小さな男の子が昔の自分に重なるだなんて、そんなこと――。
イヴの夜半に行われたミサも、今日のミサも無事に終えらえたのは良かった。カフェの経営、教会の炊き出し、ミサがあるからと言ってそれ等を疎かにすることなく遂行できたのは、今も教会内の片づけやカフェの方で働いてくれている自分の食霊たちのお蔭だ。
かれこれ、6年の付き合いにもなるサンドイッチは、要領よくテキパキと働き、つい最近招いたローストターキーにも指示をとばしてくれていた事に感謝する。この時期だけは恥ずかしい話、自分のことで掛かりきりになってしまう。労りの意味を込めて、クリスマスが終わったらみんなの好物を作ってあげるのも良いだろう。
最後の参列者を見送って一息、今後の予定を頭の中で組み立てながらそんな事を思っていれば、カフェの様子を見に行ってくれたサンドイッチが手にコートを持ち、こちらに駆けてきた。
「神父さまー!はいっ!」
「?、何か材料でも不足した?」
ぼすりと押し付けられたのは、自分のコートとマフラー。笑顔で押し付けてきたサンドイッチに、今度は紙袋まで手渡された。紙袋の中身は、布に包まれている何か。袋の中身と、サンドイッチの笑みの意図が全く読み取れない僕の表情は、苦いものなのだろう。
「折角の日にそんな顔するなよ!」と、*責を受けたが言葉も述べずに、行動だけ示されてしまっても汲み取るのは酷というものじゃないだろうか。
「意味がわからないんだけど」
「察しが悪いぜ、神父さま。後は俺たちに任せて、神父さまはこれからお休みってこと!」
「――はぁ!?」
思わず出てしまった僕の驚きの声に、サンドイッチは悪戯が成功した子供みたいに口角を上げて、アプリコット色の瞳は煌めかせている。僕の腕の中にあるマフラー取り上げて、器用に僕の首に巻きつけていくサンドイッチの表情は嬉しそうなもので、増々頭の中は困惑で埋まっていくばかりだ。
「ほーら!行った行った!神父さまが此処にいても邪魔なだけだぜ」
「ちょっと、サンド――」
「メリークリスマス、神父さま」
彼の口から出た言葉は、契約してから今まで聞いたこともなかった台詞だった……いや、僕が言わせなかった台詞だ。思わず口を噤んだ僕に、サンドイッチはいつもの明朗とした笑顔ではなく、柔らかな笑みを浮かべている。
――ああ、そういうことか。
やっと、相棒の意思を汲み取ることができた僕は、ぐっと眉間に皺を寄せて笑うしかなかった。いつもは無邪気に自分の意思を真っ直ぐに伝えてくる彼なのに、こんな時ばかり気持ちを察するように仕向けてくるのは本当に狡い。
「We can’t be together for Christmas. but I’m always thinking about you. Merry Christmas.」
振り返って、僕を見送ってくれる頼れる相棒に初めての言葉をかける……これは僕の本心だ。
僕の言葉に、きょとりと瞳を瞬かせたサンドイッチは直ぐに口端を上げて破顔する――
「Happy Merry Christmas, with lots of love!」
――何年もの間。僕に合わせて、彼の中でもタブーにしてきた言葉を紡いで。
市場から料理に必要な食材を買い込み、最後に赤ワインを購入する。今日も一段と冷えるらしいナイフラストの夜に、グリューワインを飲むのも良いかもしれない。
そう考えてしまえば、今まで煩わしくイラつくしかなかったクリスマスソングが途端に心を刺激して高鳴りを覚えてしまう。
そんな僕はきっと現金で、それでいて、この弾む想いを作り出してくれている人物が脳裏へ過る。一応、今夜会う約束を交わしていたけど……僕が先に居たら驚く?喜んでくれるだろうか。愚問かな、こんな考え……あれだけ会うたびに星屑みたいに輝き、色めく想いを降らせ、与えてくれる彼のことだから、きっと――。
クリスマス色に染まる露店を横目に歩いていれば、とある一角に佇む雑貨を扱っている店に目が止まった。『それ』を手に取れば、店主が「それ変わってますよね、桜の島の物に似てるんですけど違うんですよ」と、話しかけてくれた。外灯に翳す様に見てみた『それ』は、僕にとっても馴染み深いものだ。
「これ、ください。えーと……プレゼント用で」
まさか、そんな事を口にするとは……胸のむず痒さ、息苦しさを何とかする為に、サンドイッチが巻いてくれたマフラーを少しだけ緩めた。
二人で借りているナイフラストのアパートには、やはり誰もいなかった。暮れ前の部屋の中は、ひんやりとしているが不思議と不快感はなく、それよりも此処で相手を『待つ』という行為に軽い高揚感すら覚える。
お風呂を洗って湯を張り、軽く室内を拭き掃除――ミサや喫茶店のイベントで酷使していたはずの身体は重いどころか、準備を進めていくうちに疲れなんて感じなくなっていた。
季節的にも暮れは早まり、気がつけばまだ16時だというのに窓の向こう側は真っ暗だ。リビングに灯りをつけた時、微かな違和感を抱く。レコードから流れるジャズも、景観を損ねないシンプルな家具も、炬燵も、いつもの光景――
「――あ、」
そうだ。大事なものを忘れていた。
「あった」
「時間があれば飾ろう」と、買っておいたツリーは納戸の片隅に買ったままの状態でそこにあった。
結局、買ったあとはお互いに時間も合わず、会うといっても数時間。しかも、この部屋ではなく外ばかりだった。本来ならばもっと早くから飾り付けをするんだけど……仕方ない、か。
ツリーとオーナメントをリビングまで運び出し、彼が来るまで――部屋の灯りで、きらりと輝く赤色のオーナメントボールを手にして一拍。僕はそれを、再び箱の中へ戻した。腰の高さまである、ツリーの先端を突っついて「もう少し待っててね」と。
……カーテンを閉めようと視線を向けた窓の外は、少しだけ白がチラついていた。
食卓に並ぶクリスマスディナーを見るのは、いつぶりだろうか。スモークサーモンのマリネ、ヴォロヴァンに、海老のビスク、――メインディッシュは、ミサの前に大量に作っておいた物の一つを寄せておいてくれたらしい。それは、サンドイッチが気を利かせて持たせてくれたローストビーフ。どれもこれも、昔、母さんがクリスマスの日に作ってくれたメニューだ。
ふと脳裏によぎったのは、柔らかな金を揺らしキッチンに立つ女性の後ろ姿と、それに寄り添う男性――でも直ぐに、片隅から現れたのは黒だ。
あぁ、早く来ないかな……アンタとやりたいことが沢山あるんだ。
そんな事を思っていれば、開錠音の後に慌てた様なバタついた足音。
「おかえり」と、声を掛ければ玄関へ繋がるドアの前で驚いた表情でこちらを見ている斎の姿があった。想像通り、口を微かに開けて素直に驚いてくれている分かりやすい可愛い恋人に、思わず笑ってしまった。
「ギル?え、仕事は?」
「頼りになるバディに感謝しなきゃね」
「君のところのサンドイッチくんが?」
「そ、ほら、コート脱いで。ストーブの前で暖まりなよ」
「ごめん、俺まだ状況についていけない……」
ころころと変わる面布《ひょうじょう》を見てしまえばそんな事、分り切っている。疑問符だらけの表情をしている恋人の頬を両手で挟むこめば、ひんやりとした冷たさが掌に伝わった。さっきまで水仕事も込みで料理をしていた僕も体温が低くなっている筈だが、やはり斎の方が冷たい。寒がりの彼の為に、料理よりも温かい紅茶を用意した方がいいかもしれない――けど。
小さなリップ音と共に離した唇は微かにかさついていたので、ついでに少しだけ舐めておいた。
「眼を閉じるのがマナーなんじゃない?」
「えぇ?不意打ちでそれ言うのかい?」
「ははっ……確かにそうかも。これで信じてくれた、ダーリン?」
「うん」だなんて、いい歳した大の大人が幼い返事にまた笑いそうになり、気を取られ後頭部に添えられた斎の手の存在に気づくのが遅くなった。
誘われる様に引き寄せられ、重ねられた唇の隙間に差し込まれた舌を軽く噛んでやる。「いっ」と、短い悲鳴を上げた斎の肩を押して距離を取ったが、その表情と言ったら……。
「そんな顔しないでくれる?」
「だって!俺とキスしたくないの!?」
「違うってば。あーもー、泣かないでよ。アンタとしてると長くなるし、折角の料理が冷めちゃうんだけど」
「匂い的にそうかな、とは思ってたけど……クリスマスディナー?」
「まぁ、ね。ほら、泣きべそ掻いてないでケーキも……あ、」
「?、ケーキも作ったんだろう?」
不思議そうにこちらを覗き込んでくる斎の視線から逃れようと、目線を横にしつつ「……忘れた」と小さく呟いた僕の声は、情けないもので余計に羞恥を煽った。だって、そうだろう。気合入れて料理したものの肝心のケーキを忘れるとか……愚の骨頂もいい所だ。
自分の浮かれ具合に頭を痛めつつ、近所のデザートショップを脳内でマッピングしていれば、斎が紙袋を差し出してきた。
「え、なにこれ」
「丁度いいもの」
開けて、開けて、とせがまれたので先にコートを脱いでもらってから場所をキッチンへ、二人で移動して紙袋の中身を取り出した。白い箱……どう見ても、ケーキ箱だ。
ゆっくりと中身のことも考えて開封してみればその中身は、デフォルメされたサンタクロース、柊、『Merry Christmas』と書かれたチョコプレート。
「わっ、ブッシュ・ド・ノエルだ」
「……どうかな?」
「アンタが作ったの?一人で?」
僕の問いかけに嬉しそうに頷く斎と、ケーキを何度も交互に見てしまう。洋菓子を得意としない斎が、ここまで綺麗にケーキを仕上げたということは相当練習したはず……でも、どこかで見たことあるような飾り付けだ。
「……ねぇ、アンタまさか独学とかではないでしょ。料理に対して生真面目なアンタが人のアドバイスなしで、ここまで仕上げられるとは思わないんだけど」
「……、」
「当ててあげようか、千耀さんでしょ」
「……あたり」
「でも、教えてもらったのは最初だけってところかな?」
ケーキを壊さぬように箱に閉まって、冷蔵庫の中へそれを仕舞う。僕の言葉で、拗ねた様に口元を微かにひくつかせる斎の表情の変わりようにまた笑った。ポーカーフェイスに見えていて、実は喜怒哀楽が激しいそんな所が愛おしい――ま、言ってはやらないけどね。
千耀さんにはクリスマスカードを送っておいた。きっと、届いている頃だろう。僕が今、嬉々たる思いに馳せていることを知ったら、あの優しげな瞳を更に細めてくれるだろうか。
少しだけまだ不機嫌な斎の背中をやんわり押しつつ、キッチンからリビングへ移動してはソファに座らせ、僕もその隣に腰かけた。
「アンタとやりたいこと沢山あるんだよね。一緒にツリーの飾り付けしたいし、ゆっくりお喋りしたし、街のイルミネーションだって見たい。あぁ、久しぶりに一緒にお風呂入るのもいいかもね、美味しいワインだって飲みたいし」
「……はは、時間が足らないねぇ」
「そうだね。アンタとの思い出ふやさせてよ。あ、でも、やりたいこと一つは消化できたかな」
リビングのテーブルに置いておいた、露店でラッピングしてもらった包みを斎に手渡す。今日が何の日か、あからさまなラッピングの装飾は言わなくてもクリスマスプレゼントと伝わったのだろう「開けていい?」と弾んだ口調に、緩む口端をそのままに承諾の返事をした。
「――ステンドグラス?」
「そ、珍しいよね。栞のステンドグラスなんだって」
「綺麗だねぇ、これは菊の花?」
「みたい。桜の島じゃない国のカードの柄を写したんだってさ、綺麗だよね。それに――」
その絵はアンタを、ステンドグラスって僕を思い出さない?
きょとりと、こちらを見つめる斎は何も言わない。
「いや、なにか反応しな――」
僕が言い終わる前に、勢いよく腕を引かれそのまま狭いソファに二人で寝転がる。起き上がろうと、身じろぎを繰り返すけれど抱きしめられる強さが増してきたのを感じ、当分放してくれそうにないという事を瞬時に悟った。
「……はぁ、煽るのも大概にしなよ」
「煽った覚えはないんだけど……って、ちょっと!どこに手入れてるわけ!?」
背中に冷たい指先がつたい、ぞわりと粟立った。力ずくで起き上がろうと、再び身じろぐが腕の力は緩まることを知らない。くそ、馬鹿力め。
「あれ?もう動かないの?」
「……ばぁか、勝てない勝負はしない主義なの」
嬉しそうに口元を緩める斎へ、軽いキスを送った。唇同士が、引きついては離れ、引きついては離れを繰り返す。子供みたいな口付けで、自然とお互いに笑い声を漏れた。
やりたいことは沢山あるし、折角のディナーも冷めてしまうけど、あと少し、もうちょっとだけ。
温かい部屋に、好きなジャズ音楽。
大切な日に、温かな笑顔。
そして、大切な愛おしい人。
「――しあわせ」
僕の声は、彼の鼓膜を揺らせただろうか。
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