燈火

 脚をしっかりと地につけて、それを蹴り上げるように足早に動かしては密林を駆け抜ける。途中で縺れそうになる足元に鞭打って、この先にある筈の村へ一目散に走った。後ろからの気配は、遠ざかる所か距離が狭まっているような気さえ……いや、勘違いではない。これは確証だ、確実におれと『堕神・毒ふぐ』たちとの距離は縮まっていた。

「くっそ!!何なんだよ!?おれは食材集めに来ただけなんだって〜!!」

 堕神に言葉が通じるかは別として、おれは距離をなるべく距離を離したく、更に脚へと力を込めて草木を踏み分けひたすらに走る、走る、走る――!

「っ!いっちか、ばちかぁ!!」

 片足に力を込め、その勢いと軸を使って大きく振り返る。ざざっと砂埃が舞い微かに視界を遮るがそんなの関係ない。腰につけている鞄から、お手製の催涙玉をその群れへと投げつけた!――泡椒と酢、水で作った液体を水風船へ詰め込んだその威力は、この間、物盗りから逃げた時に実証済みだ。
 見事命中したそれは、群れの先頭に立つ堕神の眼を上手く潰せたようだ。隊列が乱れた群れはひれの音を立てて、その場で蠢き飛び跳ねる。

「へへっ!どうだっ、おれをおっかけ回した罰だぞ!」

 湧き上がる勝利を確信したおれは、にやつく口元をそのままに再び脚を動かそうとした――が、それも束の間。先頭の堕神を置いて、その他の堕神が再びこちらへと向かってきた。堕神の眼は、死んだ魚の様なのにも関わらず、吊り上っている。完全に怒っている、怒り心頭だ。

「まじ?」

 おれの言葉を合図に、堕神は飛び跳ねた!
 襲いかかってくる堕神を寸の所で躱して、また両足に力を込めて走り出す……地獄の鬼ごっこがリスタートした瞬間だ。

 いい加減、足も体力も限界で木の物陰に隠れてやり過ごすと決めたが、堕神たちは魚の姿をしているのにも関わらず犬みたいに地面の匂いを嗅いでは、おれの周囲を探っている――乱れた息を押し殺して、木の幹へと背中を預ける。
 鞄の中には、携帯食と紙の束、色鉛筆と地図。催涙玉は逃げている途中で使い切ってしまった。あと残るのは――

「これで隙を作れば……」

 手のひらほどの大きさのそれは、ナイフラストで地質調査をしている夫婦の仕事を手伝った時にもらった幻晶石だ。木々がひしめき合っている場所なのにも関わらず、その石はキラキラと淡い煌めきを放っている……これは『食霊』を召喚できるもの。
 実家がレストランを経営していることもあり料理御侍には興味は前々からあった……まあ、その実家に食霊なんて居なかったけれど。でも、元々冒険記や旅行記が好きなおれは、実家を飛び出してこうして旅をしている。旅だけで腹は膨れないので、旅先でアルバイトをしてはその報酬で食いつないでいる日々だ。この幻晶石もその報酬の一部……憧れのものへ近づけると、自分は料理御侍になり食霊と楽しく旅を出来ると思った。だから貰った当初、嬉々として召喚しようとしたのだが、おれには料理御侍に素質がないのか、うんともすんとも何も起こらなかった。あの優しかった夫婦には悪いが、今この危機を打破するにはこの幻晶石を囮にして逃げ出すしかないだろう。

 ふーっと、深く息を吐いて、気持ちと呼吸を整える――ヒレの音がさっきよりも近い。
 ぐっと幻晶石を握り込む……頼む、成功してくれ。切なる願いを込めつつ、おれは向こう側にある茂みへそれを投げ込んだ――刹那。

 投げた幻晶石は淡い光を徐々に強め、光る鉱石ではなく一閃へと姿を変える。
 激しい閃光に目が眩むがそれも一瞬で、光は直ぐに収まり焦点を合わせたその先には長髪の男――男の姿は軍服のような恰好で軍帽から覗く髪は綺麗なアップルグリーンだ。
 
 男は、持っていた杖をくるりと手中で回しそこから揺らめく黄緑色の焔を放つ。取り囲んでいた堕神は、その炎に塗れ悲鳴を上げ粒子となり次々と消え――あっという間に堕神なんてそこには居ない、拓けた森の広場がそこにはあった。

「――僕はグリーンカレー」

 込み上げてくる安堵感と恐怖心で腰が抜けたおれの腕を無理矢理ひっぱり、立たせてくれた長髪の男は仮面をつけていた。冷ややかな声色は仮面で隠れた瞳の動きと表情を隠してしまい、そして冷たさを助長させる。

「出来る範囲で君を助ける。まあ、もう助けた後だがな。君が僕を召喚したんだろう、仲間として協力し合おう」

 おれの服に着いた砂埃を払いながら淡々というグリーンカレーに対して、おれは何とも情けない声量で「ルーシャン、です……」と応えるしかなかった。

 今日からおれは、憧れの料理御侍になるみたいだ。


 
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