カンタータの宝石_01
 やっとお昼のピークも終え、料理長である清酒とお昼のまかないメニューを考えている時だった。店のホールを任せていた赤ワインが厨房へ顏を出し「おい、」と、一言だけ声をかけサフィールを呼ぶ。サフィール自身も、この呼ばれ方は何度もされてきているので特に気にも止めずに赤ワインの方へと視線をやった。
 注文だろうか?それにしては、注文票を持っていない赤ワインの様子に更に首を傾げる。赤ワインは、なんとも居心地悪そうに一つ舌打ちをして、口を開いた。

「客が呼んでいるぞ」
「お客さんが?え、ちょっと赤ワイン……まさか、とうとう粗相を!?」
「馬鹿なことを言うな!俺様がそんな下らないミスを犯すとでも!?」
「え、だってお客さんの前でもその口調だし……」
「ぬかせ!貴様に会いたいと言っている客がいるんだ!」

 「会いたい?」きょとりと瞬きを数回しては赤ワインの言葉を復唱し、誰だろうか?と思いつつもサフィールは言われるがままホールへと足を運んだ。
 赤ワインが顎でしゃくり指した方向には――絹の様な艶やかな金髪、真っ白なきめ細やかな肌、頬は薄らと桃色に染まり、ぷくりとして瑞々しさがある唇は薔薇色だ。瞳は嵐が過ぎ去った後の凪いだ真夜中の深い海の色。髪色と同じ睫毛はその海を綺麗に縁取られている……どこから切り取っても様になり、すれ違えば万人が振り向きそうな容姿をしている少女がそこには居た。
 その少女は、気持ちよさそうに窓から射し込む温かな光へ目を細め、ゆったりとグラスの水を口にする……水を飲むことさえもまるで絵画のようだ。しかし、そんなひと目を惹きそうな容姿をしている人物が居るのにも関わらず、店内のお客はざわめく所か反応も示さない。
 少女と店内の差異に違和感を抱きつつ、サフィールは少女の元へと足を運んだ。少女はサフィールの顔を見ると「あら、オーナーさん。ごきげんよう」と、凛とした中にも艶やかさを含み、その声はしっとりと耳に馴染み不愉快さなんて一切なかった。細められた瞳と上がる口端、可憐な微笑みは誰をも魅了するだろう。

「え、と……ごきげんよう?」
「あら、そんなに恐縮しなくても取って食ったりはしないわ」
「私になにかご用ですか……?」
「えぇ、そこの彼を見たとき素敵な『青』がちらついたの。だから、その色を近くて見たくなってしまって」
「『青』?」
「――思った通り。素敵な色だわ」

 おもむろに立ち上がった少女は、サフィールの両頬へ手を添えて瞳をじっと見つめ始める。少女の予想外の行動に、サフィールは固まり、赤ワインも「なっ!?」と声を上げるが身体が動かない、否、動かせなかった。

「番犬さんは『待て』よ。……あら、オーナーさん。貴女、『スイスブルートパーズ』かと思ったけれど『パーライト』の輝きもあるのね。また色が変わったわ『アラゴナイト』……ふぅん」

 意味ありげに口角を上げ「Merci.」と、少女はサフィールの目尻を撫でつけ、今度は赤ワインの瞳を覗き込んだ。

「『ルべライト』……『ムーンストーン』に『スギライト』、ふふっ頑張ってるのね『ローズクォーツ』の色がとっても濃いわ。でも、私の好きな組み合わせじゃないの」

 鈴が転がるように可愛らしく、くすくすと笑う少女はテーブルの上に金貨を置いてサフィールと赤ワインに向き直り、にこりと破顔する。

「これで足りる思うわ。楽しい時間をありがとうオーナーさん、番犬さん」

 ひらりと、手を振って扉に手を掛けた少女は何かを思い出したかのように「あぁ」と、口にしてサフィールたちの方へ振り返った。

「番犬さん『よし』よ。ふふっそれじゃあ、J’ai tre´s bien mange´.」

 流れる様な綺麗な金髪と、レースのついた上品なロングスカートを翻し、謎めいた少女は店を後にした。チリン、と小粋なドアベルが何か終わりを告げる音かのようで呆然と扉を見つめたまま「何だったの?」と呟くサフィールの疑問に答えてくれる人は誰もいない。



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