カンタータの宝石_02
「ちょっとお尋ねしてもいいかしら?」
人が行きかう大通りで、不特定の人物の声を聞き取るのは至難の業ではないだろうか。しかし、その声はしっとりと鼓膜に貼りつき美月の耳、そして頭の奥を揺さぶった。心地のいいソプラノは、まるで子守唄を歌ってくれているかの様でずっと聞いていたくなる。
後方から聞こえてきたその声の人物を確かめるべく、一緒に買い物に来てくれたブラウニーと共に振り返れば、そこには『可憐』という言葉を体現したかのような金髪の少女が佇んでいた。
少女は、ゆったりと深海色の瞳を細めて口端を緩める――その微笑みは、儚くも美しい。
「えっと、呼んだのって美月のこと?」
「ええ、そうよ。素敵なお嬢さん」
「素敵なお嬢さんとか!やだ〜!あがるじゃん〜!」
「……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
美月と少女の間を隔てるようにブラウニーは、堅実な瞳を微かに吊り上げて少女を見据える。こんなに周りから人目惹く容姿をしているのにも関わらず、通行人は誰一人として少女を見ない……むしろ、自分の後ろに下がらせた美月の可愛らしい容姿を気に掛ける視線ばかりを感じ取ってしまう。異質な少女との邂逅は、ブラウニーの疑念を肥大させるばかりだ。
「あら、吃驚させてしまったかしら。ごめんなさい、ちょっと人を探しているの。金髪の男性で、瞳の色は『緑』、『赤』だったかしら?ああ、でも『青』の時もあるし……彼の瞳は好きではないから、ちゃんと覚えてはいないのよね。申し分ない『アンモライト』を持っているのに、それをしっかり持ってないの。ふふ、持っているのに持ってない、あべこべで面白いわね」
「……申し訳ありませんが、わたくしたちは存じ上げないです」
「あら、そうなの。ありがとう……あら、執事さん。綺麗な『セレスタイト』をお持ちね。『プラシオライト』に『アメシスト』がほんの少しだけど、貴男は『酔って』いるわ。だから『インカローズ』を少々加えたら最高の組み合わせね」
「『インカローズ』のお相手はお嬢さんかしら?」そういって、少女の深い青が赤を捉える――自分に寄せられた視線は、何かに纏わりつかれるかのように美月の身を固めた。
「執事さんは『待て』よ」と、呟いて。少女は、ブラウニーが作り出した壁をあっさりと越えてしまう。普段の彼なら直ぐ、この少女を美月から遠ざけようとするのに、ブラウニーに動きはない。この何ともない言葉のやり取りに、美月の危機感と疑念は膨れ上がるばかりだ。しかし、あの少女の青を見てから――足が動かない。
「……うるさい位に『レッドスピネル』が主張するのね。『ブルートパーズ』『クリソプレーズ』『レインボームーンストーン』……どれもこれも恋愛ばっかり。恋に恋したいお年頃かしら?」
「っ、美月はただ運命の人を探したいだけで……!」
「別に否定してるわけじゃないわ。夢見るお嬢さん、これをあげる」
無意識に握り込んでいた手に何かの感触――ゆっくりと片手を開けば、掌にはビー玉ほどの大きさのオレンジ色の石がころりと転がっていた。その石は、太陽の光を抱き込みキラキラと瞬きを放っている。
「『サンストーン』上手く扱うかは貴女次第――ありがとう。執事さんも楽にして『いい』わ。またお会い出来たら、お会いしましょう?Au revoir.」
少女は、美月の横を通り過ぎ……ブラウニーが我に返ったように「待てっ!」と、振り返ったがもうそこは通行人であふれかえり少女はあっという間に、それこそ煙を払ってしまった後のように忽然と姿を消した。そういえば、あの少女と言葉を交わしていた時、周りの喧騒は聞こえていただろうか?白昼夢でも見ていたかのような不思議な体験は、美月の掌で転がる宝石が実話として物語っていた。
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