カンタータの宝石_06
礼拝を終えた参列者を見送り終わったギルバートは、カフェの方へ向かおうと教会の出口へ足を向けたその時だった、柔らかなソプラノボイスに引き止められたのは。その声の持ち主は、ステンドグラスから覗く光を一身に浴び、まるで天からの使いが舞い降りたような、そんな洗礼さを印象付けた。
「何か御用ですか?」
「ジャック捜したわどこで――」
「人違いではないでしょうか。僕の名前はギルバートですが……」
ギルバートは優しげに笑みを浮かべるも、眉を下げて軽く頬を掻いた。少女はじっとギルバートを凝視してから「あら、ごめんなさい」と、間違いに気が付き、恥じらいを誤魔化すように絹糸のような滑らかな髪先を弄る。
「とっても似ていたから……いえ、『似通ってる』わ。貴男は此処の『ジャック』なのね」
「ええと、仰られている意味が……」
「ふふ、分からなくて良いわ。会って交じり合ってしまえば、私がいくら『書いても』助けられないもの」
少女は一歩、足を踏み込ませギルバートの瞳を覗き込むように目線を交錯させる……逃げたくなるようなその視線に、ギルバートは眼をそらしそうになるが――動かせない。
少女の深い青に引き込まれ、まるで深海にゆっくりと引きづり込まれるよなそんな感覚が襲ってきた。
「ベースは『ペリドット』……『クロムダイオプサイト』も強いわね。『ラピスラズリ』に『ハウライト』……あら、隠さないで。ふふ、『グリーンゴールドストーン』も出てきたわ」
「……、」
「揺れてるわね、でも隠すのが本当にお上手だわ。じっと見ていないと貴男のことが『視えない』もの」
「……貴方の様な綺麗な人に見つめられると緊張してしまいますので」
「ほら、また隠した。こちらの『ジャック』もそうだけど、此処の『ジャック』も隠したがり屋さんなのね。それとも坊ちゃんだから、恥ずかしいのかしら?」
少女が一歩身を引くと、縫い付けられたようになっていた足場はふっと固定感がなくなった――少女は、困惑しているギルバートの心情を察したのかクスクスと忍び笑いを繰り返し、教会に涼やかな笑い声を転がすだけだ。
「ねぇ、神父な『ジャック』。私ちょっと疲れてしまったの、どこか休憩できる良い喫茶店はないかしら?」
「――……それでしたら、教会横にあるカフェはどうですか?僕のお店でもあるのですが、何かのご縁ですしサービスしますよ」
「あら、素敵なお誘いありがとう……――隠した色はなぁに?」
「――っ」
「『セレスタイト』!とっても綺麗!青は好きよ」
ワルツを踊るみたいに、くるりと身を翻し少女は軽やかな足取りで教会外へと向かう――未だに動かないギルバートの方を振り向けば、蜂蜜やジャムをとろとろに煮詰めたかのようなそんな甘さを瞳の奥へ滲ませ、頬を薄紅色に染まらせる……その姿はまるで恋する乙女だ。
「Apres la pluie, le beau temps.(雨の後は良い日が来る。)って、本当ね!」
「Heureux au jeu, malheureux en amour.(博打で幸運、恋愛で不運。)――と、返しておきますよ」
「あら、怖い。それじゃあね『ジャック』。貴男が来ても『書いて』しまうから、邪魔なんて出来ないわ――Bonne journe´e!」
無邪気に笑みを浮かべ、少女は教会の扉を閉めた。少女が視界から居なくなったことで、ギルバートの動きはふと軽くなる。駆け足で教会の扉を開けた時、ちょうど向こう側から開けようとしたサンドイッチと行き会った。血相を変えたギルバートの様子にサンドイッチは声を掛けつつ、瞳を瞬かせ首を傾げる――数秒前に居た少女の姿は、そこに無かった。
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