カンタータの宝石_05
港で定刻の船を待っている時だった。煙管を吹かしては、地平線の彼方へ紫煙を飛ばすみたいにふっと吐き出す……そよ風に揺れて霧散する煙を見つめつつ、斎はまた煙を吐いた。
「お暇ならお喋りなんていかが?」
いつの間にか斎の隣には、異国風な出立ちの少女が微笑み佇んでいた。自分で思うのもなんだが、面布を付けた長身の男に年端もいかない少女がよく話しかけられたものだと、妙に感心してしまう。斎は、柔和に笑みを浮かべて「俺で良ければ」と、柔らかく言葉を掛けた。
「貴男はどこへ行くの?」
「この先の桜の島だよ。君はどこへ?」
「人を探しているの。金髪に緑だったか青だったか、赤かもしれない瞳の男なのだけれど……ご存じないかしら?」
「いや、知らないねぇ」
「そう。――『緑』が気になるのね」
お互いに、髪が乱れるのをそのままに視線がかち合う。少女は楽しげに口端を上げて、斎の顔を更に伺い見るように覗き込んだ。
「『ブラックラブラドライト』に『ブラックスター』も交じってる。『エメラルドキャッツアイ』もあるのね……ふふ、これは貴男の想いの現れかしら?」
「……随分、不思議なことを言うんだねぇ」
「そう?」
「まるで、こっちの眼が見えてるみたに言ってくるから驚いているよ」
「あら、『見えてる』けれど『見えてない』わ。貴男がそのふざけた布を取ってくれさえすれば本当に『見えて』しまうのだけど……」
そう言って、少女は斎の面布へと手を伸ばすが、それは少女にも予想できたことで、その手はやんわりと払いのけられた。
「ケチなのね。つまらないわ」
「……あまり大人をからかうものじゃないよ、お嬢さん」
「『眼は口ほどに物を言う』……私は、瞳の中にぎゅっと詰め込まれた色めきを見たいだけなのよ『坊ちゃん』」
にっこりと笑う少女は、幼く見えるのになぜか幾重の歳月を感じてしまう。風で翻る髪の毛をそのまま乱し、少女の長いスカートの裾がふんわりと揺れた。
「見てくれだけで人を視るものじゃないわ、坊ちゃん。私は貴男より、ずぅーっと歳を重ねてるかもしれないのよ?」
「……」
「あら、色が微かに乱れたわ。『カーネリアン』でも差し上げましょうか?」
少女が手を差し出せば、その指先には艶のある橙色の宝石が持ち主を待ち望んでいるかのようにジッと鎮座している。普段はそんな物に興味も湧かないのに、斎は手を伸ばしてしまいそうになるその衝動を抑えようと、それを押しつぶした。
「つまらない坊ちゃんなのね。別に対価を強請ってるわけでもないのだから、素直に受け取ったら如何かしら?私、素直な子は大好きなの」
「……遠慮しておくよ。俺なんかよりそういう綺麗な物は、君みたいな女性の方が似合うからね」
「あら、宝石を身に着けるのに男女も。それこそ年齢は関係ないわ」
差し出した石を握り込んで、次に拳を開けば微かにオレンジに色づいた白の葉が少女の手のひらから零れ落ちる。石があったそこは、葉っぱばかりで輝きを放っていた物はなにもない――「マジック?」と、呟かれた斎の言葉は風に乗って少女の耳を撫でた。
「ふふっ、それはヒミツ」
人差し指を立て、それを薔薇色の唇に寄せた少女は麗らかに微笑んで「またね坊ちゃん、Bonne journe´e.」と、手を振り街の中へと消えて行った。
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