誘拐を阻止せよ
01

足早に行き交う人の群れ、絶え間なく流れる鼻にかかった声のアナウンス。
ここは出会いと別れの場所、空港。
週末の休みに韓国旅行へ行こうと計画して、いよいよ当日を迎えた。
逸る気持ちを抑えきれず出発時刻よりも数時間早く空港に到着してしまった。
旅の友はロビーの座席に深く身を沈めながら、昨晩を振り返っている。

「はぁ〜一晩経っても余韻から冷めない。昨日はほんっと今までにないくらい神席だったよねえ」

私たちは特定のアーティストを応援し、喜んでATMと化すいわばドルオタである。
昨夜私たちが心から崇拝してやまないグループのコンサートがあった。何度も足繁く通っているコンサートの中でも、昨晩引き当てた座席はこれまでにくらいの良席に恵まれ、まるで天国にいるような夢心地を味わった。

「ねえ、2人来るかな?」

そわそわと落ち着かない友は、空港内をしきりに見渡している。
空港でばったり彼らと遭遇!なんて夢みたいな状況に憧れを抱いていても、決して彼らを待っているわけじゃない。たまたま予定より早く空港に到着しただけで、そんなやましい下心は、少しも。
誰にするわけでもない言い訳を脳内で繰り返していた時だった。

「キャア!」

突然、隣の友が鋭く叫び声をあげた。
顔中真っ赤にして、石のように固まってしまった友の視線を追ってみれば、ひときわ輝きを放つ空間があった。
後光が差しているのではないかと思うくらい、そこだけが異様な光に包まれ、仰々しい空気が漂っている。
あれは、

あそこにいる2人は…!

「とっ…!」

咄嗟に友の口元を手で塞ぐ。
下手に騒いだら警戒される。

「ね、ねえあれっ!嘘でしょ!本当に?」
「落ち着いて!静かに!」

平静を装っていても私の心臓は破裂しそうなほど過剰に脈を打って、息切れを起こすところだった。
昨晩夢のようなステージを魅せてくれた2人が同じ空間にいる。
もちろん周りはスタッフや逞しいボディーガードに囲まれているので、近づくことはできない。いや、例え2人が2人だけだったとしても、距離を詰めることなどできないだろう。
なにせオーラが違う。見慣れた空港が一気に鮮やかに色づき、ベルサイユ宮殿にいるかのような錯覚を引き起こす。
彼らはきっと神の庇護を受けている。
目には見えないバリアが彼らの周りを覆っていて、不用意に近づこうものなら腰砕けにされる。むしろ生まれたての小鹿のような無様な有様になって、二足歩行を忘れた人間と化すだろう。
それが目に見えているから、私たちに許されるのはただ彼らを静かに見守ることのみ。