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探偵社に勤めて、ほんの数日。此れは或る短い回想だ。

何時も通り、胡散臭さ満載の「唐変木にも簡単!素敵な自殺~一寸(ちょっと)慣れてきた貴方へ 編~」等と云う珍妙な本を一心不乱に読み進めていた社の先輩太宰さんが、其れはもう、真実(ほんとう)に突然。僕を見てあっと云った。

「そう云えば敦君、キミ。未だ蓮水さんに……会っていないよね?」
「へ?蓮水、さん?」
「アレ。そう云えば確か、電話……そう、電話が有った様な」

(すこぶ)る色の悪い顔でそう云ったのだ。……首をかしげる。偶々太宰さんの様子に気付いた、やる気皆無で棒付き飴を口の中で転がしていた乱歩さんはああ、と何でも無い様に溢して、徐に眼鏡を掛けた。蓮水さんとは、僕の未だ見ぬ探偵社の社員なんだろうなと疑問符を量産するばかりの頭で考えた。

「あんまり暇だから教えてやるけど、太宰。君が鈴仙から連絡を受け、折り返しもせず掛け直すのを忘れてから今日で丁度、三日!」
「−−−−三日(そんなに)っ!?」
「今掛け直しても蹴り三発、背負投げが二度に関節技四種類って所だね。諦めた方が善い」
「そ、其れは……」
「其れに、帰ってくるまで三時間」
「−−」

がたがた震え(なが)ら身体を丸めて、ころりと転がった太宰さんに説明を求めても無駄、と判断を下して乱歩さんに顔を向けても、其れだけ云って満足したのか。組んだ足を机の上に乗せて、窓の外で飛び立つ鳩を数えている。……残された僕は此の気持ちを誰に訴えれば善いのか。生憎、声を掛けられそうな皆々様は不在である。

「あ゙ーーッ!!」
「!?」

がばっと身体を起こして奇声を上げた太宰さんは瞳孔の開いた目で僕を見た。怖い。薄ら笑いを浮かべ乍ら、立ち上がると読んでいた本を片付けもせずに出入り口へと歩き出す。

「嗚呼。どうせ折檻(おしおき)されるのなら最後に美味しい珈琲を飲んでから死にたい……」
「だ、太宰さん、お、おち、落ち着いて」
「敦君、うずまきに行こうか、向かいの店で足りない君の足りない日用品を揃えてからね……私からの最期の餞別だ」
「(駄目だ、目が死んでる)」

ずるりずるりと物凄い力で引き摺られ乍ら、机の抽斗(ひきだし)からきなこ棒を取り出した乱歩さんの背中を最後に、僕の目の前で、無情にも探偵社の扉は閉じられたのだった。

此れが大体、二時間程前の出来事。
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