ロケ地へ移動する車の中。
今日のロケは俺と陣の二人きり。都内から近い某有名テーマパークで、ハロウィンシーズンのパークをレポートするお仕事。
人混みの中でもみくちゃにされる事はないけど、スマホ片手に写真撮られたり追いかけられたり、テーマパークの仕事って隙見せれないから、実は苦手だったりする。
(ちょっとユーウツ……)
「嘘でしょ!?また負けたの!?」
パークへ向かう中、黙々とPSPでモンハンをする俺の前。
助手席に座る夏さんが、女性誌に顔を伏せて絶叫した。
何だろう?と思いつつ顔を上げると、隣に座っていた陣が、何故かため息。
すると、夏さんがバッグからスマホを取り出して、誰かにコールしている。
そしてそれを見た陣が、今度は舌打ち。
(……なんだろう、この流れ?)
「ちょっと秋!!読んだわよ、lan-lanのランキング!!どうなってんのよ!?また辰巳が1位!?」
《お姉ちゃん落ち着いて!!仕方ないじゃん、これだってちゃんとした読者投票だし!!あたしごときに不正なんてできないよ!!》
どうやらなっちゃんの電話の相手は、妹で芸能ライターの秋ちゃんみたいだ。(いつも思うけど、なっちゃんがあんなに大声を出しても臆せず言い返せる秋ちゃんってスゴイ)
ていうか、lan-lanのランキングっていう単語でピンときた。
なっちゃんがキレてる理由。
今年ももうそんな季節かー。
「芸能人抱かれたい男ランキング!!今年こそ陣が、と思ってたのに!!また辰巳結城って…!!」
《スゴイよね!!これで3年間連続1位!!3連覇だよ、辰巳さん!!もう完璧王者って感じだよね!!》
「あんたはどっちの味方なの、秋!!」
《好みでいったら辰巳さんかなー、ってごめんお姉ちゃん、キャッチ入った!!また電話するね!!じゃあねー!!》
「秋!!秋!?…もう!!票ごまかすくらいちゃちゃっとやってくれたっていいじゃない!!」
スマホ片手にいきりたつなっちゃん。票ごまかすくらいってサラッと言っちゃうあたり、なっちゃんだな、と思っちゃう。芸能界ってマジでコワイ。
…それより。
車の中の空気、なんだか重たい。
なっちゃんが後部座席の陣に向かって、声を掛ける。
俺は知らん顔をして、PSPに視線を落とした。(あ、ヤバイヤバイ。pauseしてなかったからめっちゃモンスターに襲われてるヤバヤバヤバイ。ああー!)
「陣。今年の抱かれたい男ランキング。順位出たわよ…」
「どうせ2位かそこらだろ?1位が辰巳さんで」
「あんた、悔しくないわけ!?これで3年連続2位よ!?あの目の上のたんこぶ、早くなんとかしないと…!」
(目の上のたんこぶって)
(……どういう意味?)
「なにそれ痛そう」
「なに笑ってんのよ湊!!笑い事じゃないわよ!!」
「いたっ!ちょっともーなっちゃん、雑誌投げんのやめてよ!痛いって!」
「おい、ちょっとそれ見てみろ湊。お前、いい加減名前載ったか?」
窓枠に肘をつきながら、俺を見て笑った陣。
なっちゃんに投げつけられた女性誌、lan-lanを手にとってみる。そういえば、自分のランクとか、気にしたことなかった。
「1位、辰巳結城…」
「その名前はもういいわ、聞きたくない」
「やっぱすげぇわ、あの人。あの見た目に加えて仕事も手ェ抜かねえし。そりゃ抱かれたいって女も多いだろ」
「あんたがそんなこと言ってどうすんのよ。向こうはせいぜい連ドラ主演の俳優でしょ?露出はこっちの方が圧倒的に多いんだから、勝てないっていう方がおかしいわよ」
辰巳結城さん。
確か、陣をよく飲みに連れてってる人だったような気がする。
昔はアイドルグループの一員だったらしいけど、どういう訳か今は俳優一本で勝負してる、らしい。
きっと瑞樹が詳しく知ってるんだろうけれど、俺が知ってる辰巳結城といえば、「抱かれたい男 三連覇中の人」で「陣のことを可愛がってる芸能人の先輩」ってことだけ。
(ていうか、辰巳さんって今いくつなんだっけ?んーと…30過ぎてたっけ)
「2位は?湊。…おい、湊」
「へ?あぁ、えーっと…コホン。2位は!ジャカジャカジャカジャカ…ジャン!BUCKSの!神名陣くーん!イェーイ!」
「イエーイ」
「何がイエーイよ!!全然イエーイじゃないわよ!!来年こそ1位よ!!いい!?陣!!」
「んで、湊。どうだ?お前の名前、どの辺にある?」
「へ?俺の名前?えーっとね、俺の名前は……あ!あった!!」
抱かれたい男 7位!!
神名亮介!!
「すごい!!亮介もランクインしてるんだ!?俺知らなかった!!」
「いや知らなかったじゃねぇしそもそも亮介の話じゃねぇよ……お前は名前載ってんのかっつー話で…」
「黙ってなさい陣。ちょっと現実思い知るといいわ、湊は」
なっちゃんが満面の笑みの俺を見てほくそ笑む。
え、なにその顔。
陣もそんななっちゃんの様子を見て、なんだかムッとしたカオ。
陣に「続けろ」って言われた俺は、そのままランキングを上から見ていく。
(えーっとね。亮介が7位でしょ?そんで……)
「あ!!すごい!!瑞樹も載ってる!!」
「何位だ?」
「11位!!…えっ!?志朗も載ってる!!15位!!」
「ふーん。あいつらもそこそこ上がってきたな」
「そうね。志朗は弛んだお腹を引き締めさせたら、なかなか見れる身体してるもの。まだまだ化けるわよ、あの子」
「かもな。それより…これで俺らのグループ四人の名前が出たぞ。…で、お前の名前は?湊」
……えっ、あっ。
そうじゃん…そうじゃん!!
俺の名前出てないじゃん!!!
「えっうそ!?俺って志朗より下なの!?その、だ、抱かれたいとかそういう、その、エロさが足りないって、そゆこと!?」
「何でお前はそこで顔赤くしてんだこのバカ。…ちょっと貸せ。載ってんだろ。何位だ?」
「わーっ!!やめて!!やめてよ!!ちょ、陣っ!!」
ちらっと見えた。俺の名前の位置。
しかもどこかのOLさんのコメント付き!!
「…じゅ…19位……」
「ギリギリランクインよ。コメント読み上げて、陣。最悪よ」
「…『抱かれたいというより、抱いてあげたい』…お前…マジかよ湊…つーかランキングの主旨からズレまくってんぞこのコメントも…」
「なんだよ!!べ、別にいいじゃんか!!俺そんな、抱くとか、抱かれるとかっ…!!そんなのっ!!考えたことねーし!!」
「ガキ……」
「良くも悪くもアイドルね、あんたって。センターがこれじゃ、先が思いやられるわ。そんなことより、来年よ、来年!!リベンジするわよ陣!!見てなさい辰巳結城!!」
テーマパークの入り口につけたロケ車の中で、ここにいない辰巳さんに宣戦布告するなっちゃん。夢と魔法の国の入り口に邪悪な魔女が降り立ったような光景。
(はっ!!こ、これがハロウィン!?)
「ま…もしもお前にその気があんなら…」
「っ!な、んだよっ…!」
陣の指先が、俺の顎をとらえる。
そっと撫でられて、背中がぞくっとする。
おずおずと陣の瞳を見ると、陣の瞳の中に、怯える俺がいた。
そんな俺を見て、陣が笑う。
「俺が教えてやってもいいぜ。エロスの何たるか……」
「万年2位が調子乗ってんじゃない!!何がエロスの何たるかよ!!着いたわよ!!準備しなさい!!」
「イッテー!!おま、ナツ!!何冊持ってんだよ雑誌!!つか投げんなよ!!角当たったぞ角!!」
なっちゃんが助手席から二冊目のlan-lanを投げてきた。
「今のは瑞樹のよ!!後で渡しといてちょうだい」
「へいへい………このクソ鬼ババア……」
「何ですって?」
「何でもないですロケ頑張ります…」
「よろしい!!今日のロケも元気よくいくわよ!!いい!?あんたたち!!」
車はテーマパークの正面ゲートをくぐる。
俺はドキドキする胸とゾクゾクする背中を誤魔化すように、窓の外の景色を見遣った。
そしてその数秒後。
窓に映った手元のPSPの画面に気付いて、慌ててゲーム画面に視線を戻す。
『QUEST FAILED』
………。
芸能人抱かれたい男ランキング19位!!
神名湊、今日もお仕事、頑張ります!!
(ランキングなんて、だいっきらいだ!!!)
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