レッスンが嫌いだ。
鏡を見て、曲に合わせて歌って、踊って。右手にマイク握った真似をして。
なんとなくこなそうとするとすぐにバレる。
外出た時に恥かくぞ、真面目にやれってオレに怒るのは、瑞樹くんじゃない。意外にも陣くんや、亮介くんだったりする。
センターに立たされるのも苦手。
カメラに舐めるように映されるのも苦手。
演技も苦手。
スチール撮影も苦手。
苦手、苦手、苦手、苦手。
(…オレの得意なことってなんだろう?)
「ギター!!」
「湊さぁ、フツー悩める子羊にど直球のストレート投げる?」
「あとギター!!」
「いや二度言わなくていいから。一度で分かるから」
レコーディングスタジオでポツリと呟いたオレの一言、「得意なことってなんだろう」に対して、ソファに並んで腰掛ける湊がそう答えた。
陣のレコーディングの終わりを待機している湊は、時折首を回して肩のまわりの筋肉をほぐし。背筋を後ろにグッと伸ばす。
その横顔は真剣そのもので、湊がこれから得意なモノ…歌に立ち向かおうとしているんだと分かる。
オレは不意に手元のアコースティックギターに視線を落とした。
何気なく弦を爪弾けば、指先がメロディを紡ぎ出す。コードをかき鳴らしたくなる衝動に駆られる。
……得意なモノ。
自分がそれを得意だと認めるのには、何が必要なんだろう。
それを愛する熱量?
「ねぇ、湊はさ」
「ん?」
「歌うの、楽しい?」
得意なモノを、好きなことを。
純粋に。
心の底から楽しいと思える?
「楽しいよ!!けど…」
「けど」
「その分メンドクセー!とか、難しいーっ!とか。そういう…負の部分も多い、かなぁ」
「フのブブン」
「そう。志朗だってあるだろ?曲作ってんの楽しいけど、あーなんかメンドクセー曲作っちゃったなぁとか、曲すんなり書けねぇなぁとか」
「あー…あるねぇ…」
「俺だって、うまく歌えねぇなぁとか、あるよ。でも、そこ乗り越えたら、次のステージにいけるっていうか…そう。進歩してんじゃん俺!って、なるんだよ」
楽しい分だけ、得意な分だけ、苦しみも多い。
だけど、苦手なことを頑張った分だけ、乗り越えた時に自分が輝く。
「進歩、か……」
苦手なことはしたくない。
オレはやっぱり、レッスンは嫌いだ。
スチール撮影も、演技も、カメラに追いかけられるのも、センターに立つのも。
けれど。
ギターを弾くのと同じように、曲を書くのと同じように。
苦手なことでも、チャレンジし続けたら。
そしたら、オレも。
…湊みたいにさ。
「…湊くんって眩しい。眩しすぎる」
「ハ?何それどういう意味?」
「オイ。終わったぞ、次入れ。湊」
首をかしげる湊に向かって笑ってみせたその直後。
レコーディングブースの扉から顔をのぞかせたのは陣くんだ。
陣くんに名前を呼ばれた湊は、さっきまで浮かべていた訝しげな表情から一転、真剣な面持ちでレコーディングブースに入っていった。
陣くんと入れ違いにブースに向かうその背中を見送りながら思う。
苦手なことでも、得意なことでも。
とにかく立ち向かうこと。
そうすれば、立ち向かった分だけ、自分が輝ける。
(そういうこと?湊)
「進歩してんじゃんオレ、かぁ…」
「あ?何?」
「んーん!なーんでもないよ!」
オレの呟きに眉をひそめた陣くんに、Cのコードをジャン、と鳴らして返事をした。
オレと陣くん、そしてエンジニアがいる部屋からは、ガラス越しのレコーディングブースの中、ヘッドフォンを装着して瞳を閉じ、集中する湊の姿が見える。
このテンションで曲を書いてみよう。
そしたらもっと、オレも進歩出来るかもしれない。
オレの得意なことは、ギター。
そうだ。
オレの得意な仕事は。
(曲作り!!)
ギターのネックを握り直して、オレは目の前のコーヒーテーブルに少しだけ身を乗り出す。
やがてスタジオに響き始めた、湊の歌声に合わせるように。
真っ白い紙の上に、オレはコードを走り書き始めた。
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ALICE+