ほんの少し。ほんの少しだけ。
根に持ってることがある。
「ハァ?イーカプコンで買ったバイオの新作、勝手に封切られただぁ?」
「そうだ」
「おま、そんな理由で最近ぶすっとしてたのかよ……」
「楽しみにしてたんだ」
「まぁ…そりゃお気の毒にっつーか…」
陣はメイクをする俺の隣で、なんと答えたらいいのかわからないのだろう、言葉尻を濁すように、最後は小さく呻いた。
話は一週間前に遡る。
その日、深夜までドラマのロケをしていた俺は、撮影の終了を心待ちにしていた。
バイオハザードの新作の発売日だったからだ。
俺は施設を出て、キューブに来てからゲームに手を出したが、それでも、中古屋なんかを巡って、限定品を手に入れる程度にバイオハザードが好きだった。
だから、発売日ともなると、少しだけ気分が高揚するというか。舞い上がるというか。
俺にしては、テンション高く仕事をしていた。
……が。
その悲報は突然もたらされた。
「ちょっと、亮介」
「何ですか」
マネージャーの夏さんが、セット脇で待機している俺のところへ来て、スマホをずい、と見せてきた。
何事だろう、とそのスマホを手に取ると。
『亮介くんのバイオ、マジ怖い』
無残にも封切られた俺のバイオハザードの新作の写真が、志朗のツイッターにアップロードされていた。
(す、数量限定の初回盤だぞ……)
それを見た瞬間、俺は宅配日の指定を誤ったことに気がついた。俺が確実にキューブにいる日にすべきだった。志朗や湊しかいないキューブは、はっきり言って、無法地帯だからだ。
「…明日志朗と湊を叱っておくわね」
「いや…いいです……大丈夫です…」
実際全く大丈夫ではないし、はっきり言って少し笑えてもいる。配達指定日間違えて待望の新作を勝手に封切られただけでこんなにもショックを受けるのか、人間は。
その後、俺は撮影に全く集中出来ずNGを連発。主演の辰巳さんに集中してないことをあっさり見破られた時は、顔から火が出そうだった。
なんとか撮りきった時には、時計の針は午前2時を回っていた。夜を徹してドラマの撮影をして、家に帰れば、包装を剥ぎ取られた無残な姿のゲームパッケージが待っているのかと思うと、涙が出そうだった。
……本当に。
そこで、だ。
今回俺は、ハロウィンの機会に乗じて、志朗と湊に、少しお灸を据えてやろうと思う。
だが、それには陣と瑞樹の協力が欠かせない。なんなら夏さんの協力も、メイクさんの協力も必要だ。
「特殊メイク?なんでまた」
「亮介がゾンビのメイクするんだと」
「ゾンビのメイク!?」
後から楽屋に入ってきた瑞樹に、陣が事情を説明した。
新作ゲームの封を勝手に切られたこと自体は「くだらないね…」と気の毒そうな顔して辛辣なコメントをされたが、個人の物を勝手に封切る、という行為は、瑞樹も志朗にNGを突きつけるべきだと言ってくれた。
幸いにも、今日は湊と志朗は、五人の中で一番最後に帰宅するスケジュールらしい。夏さんに確認済みだ。
「特殊メイクしてもらって、自前のシャツ刻んで血糊塗って…そこまでやるの!?」
「そこまでやる。あいつらに真のバイオハザードが如何なるものか、俺が叩き込む」
「バイオヲタこえぇ……」
楽屋の中で、俺は陣と瑞樹と共謀した。
「待て待て。泣いたらストップな!?後がメンドクセーから!」
「ダメだ。涙ぐませるぐらいまではやってやる。キューブのブレーカーは全部落とすぞ。一切明かりがつかないようにする」
「そこまで恨んでたの亮介…」
主演と演出と監督は俺。
助演はアイドルグループ『BUCKS』から、人気の2人。瑞樹と陣。
特殊メイクは楽屋にいて話を聞いてたメイクさんに強引にお願いした。そっち系のは頑張れば出来るらしい。
これで問題ない。
「trick-or-treatなんて甘いこと抜かすような余裕は与えん」
「兄貴を舐めるなってことだな…」
「可哀想に……夢に見るよ、亮介みたいなゾンビが目の前に現れたら…」
陣と瑞樹の、呆れ返ったような視線を後頭部に感じながら。
復讐に燃える俺は目を閉じて、特殊メイクを施してもらっていた。
決行は今夜。
やるからには、俺は一切手を抜かない。
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