どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
明日は陣の誕生日だ!
「………」
「………」
「……なぁ湊。俺になんか用事あんなら口で言え。目で訴えかけんのやめろ」
「へ?え、うそ!俺今見つめてた?陣のこと!え、ホントに?」
「ホントに?じゃねぇよ。何なんだ……バレバレだぞお前」
冠番組の収録開始待ち、楽屋で陣と二人きり。
楽屋のテーブルにあった本を読むふりをしながら、隣に座る陣の様子をチラチラうかがっていたんだけど。
(チラ見してたこと、バレてた!)
慌てて陣から目をそらしたのは俺、神名湊。陣より二つ下の18歳。
そんなことより、明日、明日だよ。
明日、陣が誕生日なんだ!
でも俺ヤバい、志朗に言われて気づいたんだけど、何にも用意してないんだよ、今年!去年はビレッジナントカに行ってプレゼント用意したんだけど!
あぁヤバいよ、収録終わるの深夜だし、今から買い物行くとか無理だし!
(どうしよう、どうしよう……なんとかしてお祝いしたいのに……!)
頭をボリボリ掻いて唸る俺を見て、いよいよ不気味に思ったのか、陣は俺の顔色を伺うように顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」って、大丈夫じゃないよー!なんかお祝いしたいけどプレゼント用意出来てないんだよ俺ーっ!!
(うぅ……誕生日プレゼント……用意し忘れちゃったよー…)
「何をそんなにうーうー唸ってんだお前は。話してみろ。ん?」
楽屋のソファにどかりと座る陣の隣、俺は膝をたたんで体操座り。
(うーー……話してみろって言われてもー……)
どのみち今更誕生日にプレゼントは間に合わない。なっちゃんに頼んで選んでもらう、っていうのもあるけど、それはなんか違う気がするし。
ダメだ……白状しちゃおう……。
俺は神妙な面持ちで陣の目を見つめた。眉毛が八の字になってると思う。(亮介いわく、こういう時の俺はしょぼくれた犬っぽいらしい)(失礼な!)
「陣、明日……誕生日じゃんね……」
「ん?あぁ……そういやもう四月か。はえぇな」
「でね。俺、ごめん、プレゼント……何にも用意してなくて……」
「お祝い出来ない…」って言うと、陣は眉間にしわを寄せた。
えっ、何その反応。どういう反応なのそれ?
「いや……別に野郎から……お前からお祝いとかそんなもんいらねぇし……」
………えっ。何それ。
(そうなの!?野郎からのお祝いは!!嬉しくないの!?)
それをそのまま声に出して問うてみると、陣はさも呆れたと言わんばかりの顔で肩をすくめる。
「逆にどこの世の中に野郎から誕生日おめでとうって言われて喜ぶ野郎がいんだよ……そりゃ去年は去年でありがたかったけどよ……」
「野郎からプレゼントなんていらねぇ」と宣言された俺は、しかし、さらに混乱する!
だって、そしたら、陣の誕生日をお祝いしたい俺は、どうすればいいの!?
お祝いしたら、「気持ち悪りぃ」とか言われちゃうってこと!?
……そんなの……。
「……やだ」
「ハァ?」
俺の拒絶に、陣が素っ頓狂な声をあげる。それこそ、何言ってんだお前って顔して、俺を見つめる。
嫌だ!俺は!
「陣の誕生日!お祝いしたい!」
「プレゼント用意出来てないんだごめんっつったのお前だろうが…」
「でも!それでも、やっぱり……気持ち悪りぃとか言われても、誕生日のお祝い、したい!」
「いや気持ち悪りぃとは言ってねぇよ…」
「何だこれめんどくせぇ」と、陣がドン引いた表情で俺を見つめる。
俺はそんな陣に負けじと、ジーッと見つめ返す。
(お祝い!したい!)
すると、はぁ、とため息をついたかと思うと。陣が一気に俺との間の距離を縮めた。肩と肩がぶつかるほどの距離まで。
(へ?え?何?ナニ?)
俺がきょとん、とした顔をすると、陣はしたり顔でほくそ笑んだ。
そうして、俺の耳元にスッと唇を寄せて。囁いた。
「抱かれたい男19位くん。俺を誘惑してみろ」
誘惑?なんだ誘惑かぁ。
(……へっ!?)
ユウワク!?
直後、顔からボン、と火が吹き出そうになった。
な、なな、何言ってるの!?陣!!
(おお、俺を誘惑しろって、ど、どういうこと!?)
固まる俺。ほくそ笑む陣。
「上手く誘惑出来たら、それを誕生日プレゼントってことにしてやるよ。…ホラ。好きにしてみろよ」
両手を広げて、いかにも余裕っていう表情の陣。
それに比べて、耳まで真っ赤にして悶えてる俺。
こ、これが誕生日プレゼントの代わりでいいの!?
マジで!?
「どした。やっぱ無理か?19位くんには」
にやりと笑う陣が憎い。
ば、馬鹿にして!
ゆ、誘惑くらい、ちょいちょいっと……!
出来るわ!!
「………目、つむって」
「なんだよつまんねーな。目は開けたままでいいだろ」
「ダメ!つむって!!」
「ヘイヘイ……しょうがねぇな……」
目の前には、目を瞑った陣。
心臓がバクバクいってる俺。
あああ、誘惑ってどうすればいいんだよーっ!!
恐る恐る、陣の頬に手を伸ばす。
スル、と頬を撫でると、陣が目を閉じながら笑った。
どど、どうしようどうしよう、この状況!!
キ、キスするくらいしか、思いつかない…!!
(いやでもキスって!!ダメでしょそんなことしたら!!何考えてんの俺!!バカ!!)
「どうした?終わりか?」
「ま、まだ!!まだだからっ!!」
で、でも、海外じゃ、ほっぺにキスなんて挨拶だし……!!そうだよ!!挨拶だし!!挨拶!!
お誕生日おめでとうの挨拶だと思えばいいんだ!!
スルリと、指先で陣の唇に触れてみる。
ふに、とした感触に、どうしてだろう、ドキ、としてしまった。
誘惑、誘惑……誘惑って……
(難しいっ!!)
「い、いい?陣……」
「何が」
「な、何がって……その……」
(キ……キスしても………)
(いい……?)
唇を頬に寄せる。
あと数センチ。
あと、ほんの数センチ…。
−−−ガチャ、
「お疲れーション!!」
「お疲れ様ー」
「っ!?」
ガチャ、と楽屋の扉が開いたと思ったら、現れたのは志朗と瑞樹だった。
俺は光の速さで陣から手を離して、身体を反対方向に向けた。
手元にあった本を持って、如何にも何もなかったんですよの体を装う。
「ああああ、おお、お疲れ!お疲れ!!」
「いやー雑誌のインタビューが長引いちゃってさー!ごめんね二人待たせちゃって!」
俺と陣の間に、志朗がどかっと腰を下ろす。
ちらりと陣を盗み見てみると、陣がこちらを見てフッと笑ったように見えた。
いつもの余裕の面構えで。
(あぁっ!!今の絶対バカにしてる!!)
瑞樹に次いで亮介も楽屋に現れ、これでメンバー勢揃いとなった。
瑞樹が陣に話しかけてる。
「何、どうしたの陣。ニヤニヤして」
内心、耳をダンボほどにおっきくした俺は、陣の言葉を待つ。
「いや。今湊から、誕生日プレゼント貰ったとこ」
「ッ…!!」
クッと笑った陣を見て。
俺、また耳まで真っ赤。
「んあ?湊どしたの?顔赤い」
「な、んな、んでもないっ…!!」
志朗に顔を覗き込まれた俺は、ブンブンと顔を左右に振った。
なんだか陣にしてやられた気分。
『俺を誘惑してみろ』
陣の言葉に、頭の中がクラクラする。
誕生日プレゼントに誘惑しろだなんて、そんな無茶言うの陣くらいだ!!
でも……陣が最後に笑ってくれたから。
(まぁいっか!)
何はともあれ、今年の誕生日プレゼント、任務完了!
(ちなみに志朗が部屋になだれ込んできた時、読んだふりしてた本が上下逆さまだったってことは、ここだけのヒミツね!)
(あーーーー!!焦ったぁっ!!!)
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