きっと俺たちは毎日どこかで顔を合わせている筈だ。お前が意図していてもいなくても。


毎日お前は俺たちを見上げたり、読んだり、聞いたり、手に持っていたり。

スクランブル交差点を見下ろす巨大モニターの中で、俺たちは歌っていたり、踊っていたり、笑っていたり。

今やありとあらゆるところに俺たちがいる。


一体どこへ行こうとしてるんだって?


実は俺たちもよくわかってない。


(いや、もしかして、俺がわかってねぇだけなのかもしれねぇけど)


とりあえず今、分かるのは。




「眠てぇ……」


レコーディングスタジオのソファにゴロンと横になりながら、俺は誰に言うでもなく呟いた。

目の前でサウンドチェックをしているエンジニアは、背中でそれを聞き流す。いや、ヘッドフォンして音源をチェックしてんだ、俺の呟きなんか元々聞こえてねぇか。


連日のレコーディング、ドラマ収録、雑誌のインタビュー、バラエティ番組出演、ライブツアーのリハ、その他諸々。これが休みもなくほぼ毎日だ。学生してた頃の方がまだ昼夜の区別もついてた。

今の俺にはそんなもん全く関係ない。
どこに行こうと挨拶は「お早うございます」だ。

こんばんは、なんてここんとこ生放送でしか使ってねぇ。


ソファに身体を沈ませながら、少しだけ身体の位置を変える。このまま本格的に寝てやろうか。
少し背中を動かせば、ギッと、革のソファが音を立てる。個人的にはもう少し柔らかいソファが好みだが、まぁいいか。

両腕を組んで両足も組んでソファに乗せる。目を瞑って、あとは落ちるだけ。



「陣」


コーヒーの香りが鼻先を掠めたと思ったと同時に名前を呼ばれて、しかめ面で目を開く。ソファの前のコーヒーテーブルに、インスタントコーヒーのコップが置かれている。

微かに湯気を立てているそれを一瞥してから、俺の名前を呼んだ男を見上げた。



「…マジで眠てぇ瑞樹…」

「だと思って持ってきたんだ」


自身の右手に同じ紙コップを持ち、一口飲んでからそう答えたのは瑞樹。

俺の兄弟で、同級生で、仲間。一言じゃまとめられない、とってもフクザツな関係。


…おい瑞樹、コーヒーの湯気で眼鏡曇ってんぞ。


俺の指摘を受ける前に自分で眼鏡を外した瑞樹は、歌詞カードの散乱するガラスのテーブルに華奢な眼鏡を置く。

細いフレームがこいつの神経質さを物語っていると思ったが、俺はそれを口には出さず、その奥にある紙コップに手を伸ばした。


「亮介のパートが録り終われば陣の番だよ」

「おー」

「大丈夫なの?そんな眠りかけの喉で」


やる気の片鱗を全く見せない俺に少し苛立ったのか、瑞樹は俺をじっと見つめている。
俺はあえてその視線に応えず、ただ両の眉を上げる。


「ダイジョーブに決まってんだろ。俺を誰だと思ってんだ?」

「…天下の神名陣?」

「グモンだっつの」

「漢字で書ける?それ」

「うっせーよ」


コーヒーを飲み干してから、おもむろにソファから立ち上がる。
エンジニアの卓の前にあるガラスの向こうでは、ヘッドフォンをしてマイクに向かう亮介の姿があった。

歌声が微かに聞こえてくる。


おそらくこのテイクで亮介は録り終わるだろう。


「瑞樹。テーブル片付け頼むわ。帰る準備しとけよ」

「片付け?」


レコーディングブースへと足を進める俺に、瑞樹が問いかける。

それと同時に亮介がヘッドフォンを外すのが見えた。録り終えたようだ。

それを見届けてから、俺は振り返りざまに不敵に笑ってみせた。


「俺が歌うんだ。一発OKに決まってんだろ」



俺の名前は神名陣。


五人組のアイドルグループBUCKSの、神名陣。




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