「お前の読む本は難しくてよくわからん」

学園での昼休み。
仏頂面で僕に文庫本を突き返してきた亮介に、僕は目を丸くした。

「ちゃんと読んだんだ?そっちの方が意外だよ」
「お前が面白いって言ったからだ」

ため息混じりの亮介から返されたのは、先週現代文の先生から譲り受けた太宰治。好き嫌いが分かれるだろうとは思っていたけど、ここまではっきりと「合わない」と口にする亮介が可笑しくて、僕は本を受け取りながら少しだけ笑った。

「そういえば、陣は?二限の体育で見かけなかった」
「寮で寝てるんだろ。昨日も帰ってこなかった」

寮では、亮介は陣と同じ部屋だ。
夜な夜な遊びに出て行く陣を引き止めるのも、そろそろ疲れてきてしまったらしい。
亮介が陣の脱走癖を傍観していることを、僕は呆れかえりつつも同情している。



「なぁ。今夜何か予定あるか?」
「いや、何もないよ。どうして?」

首をかしげると、亮介が笑った。ホッとしたかのような表情をしたのち、唇に指をあてて、内緒だぞ、と呟いた。

「水泳部の試合の助っ人する事になったんだ。それで、夜に練習出来るように、プールの鍵を借りた」
「……それで?」
「それだけだ」

肩を竦めて笑う亮介。
そのやり取りの真意を理解して、僕はふっと微笑んだ。
来い、と言わないところが、亮介らしい。

「…分かった。覚えておくよ」
「あぁ」


ちょうど午後の始業時間になり、チャイムが鳴った。
亮介が自分の机に戻る。
その横顔は、少し嬉しそうに見えた。

文庫本を机の中に入れる僕の口許も、少しだけ緩んでいる。

僕には、亮介とのこういった穏やかで秘密めいたコミュニケーションが、心地よかった。


…この時はただ、それだけだった。



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