夏が嫌いだ。
ジワジワと鳴くあの虫が嫌いだ。
10年近くも土の中にいたくせに、日の目を浴びて数日でその命は尽きてしまうなんて、どう考えたって納得できない。生命体として欠陥品だと思う。

けれど。

『たった数日で死ぬって分かってるからあんな馬鹿みたいに鳴いてるんだろ』

アスファルトの上に転がるソレの死骸を見つめる僕と、木の幹に必死に掴まりながら鳴くソレを見つめる亮介。


僕たちは一緒に育ちながら、その視点は常に違っていたように思う。








――パシャ、

カメラのシャッター音が響く撮影スタジオ。

カメラの前に立ちポージングをしながら、僕は昨日のプールでの出来事を思い返していた。


「瑞樹くん、もういいよ。チェックしてみよう」
「はい」

カメラマンの男性に声をかけられ、マネージャーの夏さんが見守るモニターの前へと向かう。撮影したばかりの写真をモニターでチェックする為だ。

次々に映し出される写真を見ながら、目を細めたのは夏さんだった。

「今日は少し表情が暗い気がするわ。気のせい?瑞樹」
「そうですか?」
「でも、全体的にはバランスいいですよ。アンニュイな感じが出てて、僕はいいと思います」

夏さんの言葉に、分かっていながらシラを切る。僕を見つめる夏さんの視線にも、僕はあえて応えようとしない。
フォローをしてくれたカメラマンの男性に内心で感謝した。






結局あのまま撮影は終了して、学園の前で夏さんの送迎車から降りる。

車の中で夏さんに「何か学校で変わったことはないか」と聞かれたけれど、まさか「亮介にキスマークがバレました」とは言えず、僕は「特に変わりないです」と、またシラを切った。

夏さんは鋭いから、こういう時困る。









「瑞樹」

寮の自室へと戻るその道すがら、背後から声をかけられた。誰が僕の名前を呼んだのか、内心避けていた相手故か、聞きなれたその声故か、すぐ分かった。

平静を装って振り向くと、そこには髪を濡らし、首元にタオルをかけた亮介がいた。

またプールで練習でもしていたのだろうか。

「仕事か?お疲れ」
「あぁ、うん…ありがとう」

まるで何事もなかったかのように穏やかに微笑む亮介に、僕はどんな顔をすればいいのかわからず、反応に困って少し眉根を寄せた。

亮介はそんな僕の様子を察したのか、黙って僕を見下ろしている。


「…またプールで練習?熱心だね」


それだけ言い残して、自室へ帰ろうと踵を返す。亮介の視線に耐えきれない。何故だろう。


全てが悟られてしまいそうな気がして、見透かされてしまいそうな気がして、怖かった。


「瑞樹」


逃げるようにその場を後にしようとした僕の背中を、亮介が呼び止める。
僕は立ち止まり、首を少しだけ後ろに捻った。言葉の続きを促すように。


「……悪い。何でもない」
「……お疲れ様」


不自然な間があったことに少しだけ寂しさと安堵を覚えながら、僕は亮介から離れた。


亮介は僕に問いたださなかった。あのキスマークの相手が誰なのか。



言えない。


言えるわけがない。


あのキスマークは、君もよく知る脚本家先生のモノだよ、なんて。






アスファルトの上の死んだ蝉。
喧しく鳴く幹の上の生きた蝉。


身体を汚してでもBUCKSの未来を作ろうとする僕。
そんな事とは無縁の世界で正しく生きる亮介。


僕たちは、一緒にいながら、違う世界を見ている。











自室に帰ると、見計らったかのようにメールの着信音が鳴った。
スマホを取り出しメールを読んで、僕は。

少しだけホッとして、少しだけ自嘲した。




『人気ドラマシリーズの新作に、要望通り、神名亮介をクレジットさせたよ。これでしばらくは』



「僕はペット、か……」




メールを読み終えると、電気もつけないまま、僕はベッドに倒れ伏した。

左手のスマホの光に目を細める。


やはりあの男と寝て、損はなかった。
よかった。
僕の願いがまたひとつ叶った。
亮介なら、きっとチャンスをものにしてくれるに違いない。


それと引き換えに、僕は。




『次はいつ会える?瑞樹』




淫蕩の闇に、また少し、足を踏み入れてしまうけれど。



それでもいい。未来が生まれるのなら。


これは……僕にしか出来ないこと。






スマホを放り投げて、暗闇に慣れてきた眼で、ベッドの上の天井を見つめた。

無言のまま瞳を閉じれば、あのまとわりつくような、死に急ぐ蝉の鳴き声が聞こえたような。



そんな気がした。


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