瑞樹を避けていた。


かわされて、逃げられることを、心のどこかで期待していた。


真実を知ることで瑞樹が殻に閉じこもるんじゃないか、壊れてしまうんじゃないかと思うと、一定のライン以上は踏み込めなかった。


瑞樹は危うい。


繊細で、脆くて。


それが分かっていたから、あの首の鬱血痕を見ても黙っていたのに。


『お前、売りでもやってんのかよ』


陣の一言に、俺たちが築いてきたもの全てが崩れ去る気がした。


俺が目を背けていたことが、もしも現実だとしたら?


アレが女がつけたキスの痕じゃなかったとしたら?





…悪い予感っていうのは、大概、当たる。












「…なんだよ。殴らねぇのかよ」


スタジオで咄嗟に陣の胸ぐらを掴んだ俺は、陣の一言にハッとして、両手から力を抜いた。殴るつもりはさらさらなかった。

ただ、陣の言葉が瑞樹を傷つけたのは明白で。

反射的にとった行動だった。


「……悪い」
「………」


解放され、無言で俺と向き合っていた陣は、その視線を瑞樹が消えたスタジオの扉に移した。

つられるように扉に目を向ける。


今、瑞樹を追いかけていいのだろうか。


逡巡していると、陣が口を開いた。


「あいつ、ここんとこおかしくねぇか。一人で行動することが増えたっつーか…何気に俺らのこと避けてるっつーか」


陣も陣なりに、瑞樹を見ていたのか。


俺はため息まじりに首を横に振った。

それならそれなりに声のかけ方があっただろうに。


「……気付いてたならどうしてあんな言い方したんだ」


『売り』と言われた時の瑞樹の形相は、それはもう、不快も露わだった。


「ちょっと挑発したつもりがまさかあんな反応返されるとは俺だって思ってなかったさ。予想外だ」
「なんにせよ…お前が今追いかけたところで瑞樹がおとなしく話を聞くとは思えんな…」
「わりぃな。フォロー任せた」


肩を竦めた陣に、俺はもう一度深いため息を吐いた。


(今更無責任だなんだと言ったところで……)


陣も陣なりに。


瑞樹の異変に気付いて、心配しているんだ。


「…分かった。俺が瑞樹の様子を見に行く。お前はこれ以上何もするなよ」
「わーったよ。…悪かった」
「謝るなら」
「瑞樹に、だろ。…それも分かってる」



しばらく時間をおいてから、俺は瑞樹の様子を見に行くことにした。
















それから数時間して。

時刻は夜の11時を回った。

寮の部屋を出て、1人で瑞樹の部屋へと向かう。

瑞樹のことだから、きっと今頃は明日のダンスレッスンの音源でも聴いている頃だろうと思っていた。

ドアに鍵がかかっていると思って、ノックをする。





しかし、反応がない。



ドアノブに触れると、そのままドアが開いてしまうものだから、驚いて少し目を見開く。


用心深い瑞樹が、鍵もかけずいるだなんて、今までにないことだった。



「……瑞樹……?」



そのまま部屋の中へ名前を呼びかける。相変わらず応答はない。

その代わり、バスルームの方からザアアア、という、シャワーを浴びている音が聞こえてきて。

瑞樹がシャワーを浴びていると察した俺は、何故だろう、不意に不安に掻き立てられて、バスルームへと足を進めた。



瑞樹の顔が見たい。そう思った。



普段から、着替えだなんだと見慣れている互いの身体だ。トイレは別として今更バスルームの扉を開けたところで、なんとも思わない。もしかしたら瑞樹は怒るかもしれないが、怒られるのなら怒られるで、それでいいと思った。

だが、自らそこへ顔をのぞかせる以前に、ほんの少しだけ、バスルームの扉が開いている。


…まただ。瑞樹らしくない。



(どうしたんだ………)



バスルームのドアを開ける前に、ふと、その扉の隙間から中の様子をうかがってみた。






ーーザアアアアアアア、



バスルームの扉。


その隙間から見えたものは。



無言で頭からシャワーに打たれる、瑞樹の後ろ姿だった。


そしてその背中には。



吸い付かれたような鬱血痕が。



浮かび上がっていた。





それを目の当たりにした俺は、自分の予感が的中しているような気がして、思わず後ずさった。


何も見なかったことには出来ない。


プールで見た首元の鬱血の痕。そして今、瑞樹の背中に鮮烈に咲き乱れる、赤い華。それは欲望の印し。病の兆しのようにも見える。


俺は飛沫に打たれる瑞樹の背中に声をかけることが出来ず、そのまま無言で踵を返した。


黙ったまま、早足で部屋に戻る。


廊下を急ぐその間も、瑞樹の背中が目に焼き付いて、離れない。






『お前、売りでもやってんのかよ』



悪い予感っていうのは、大概、当たる。



陣の一言が瑞樹の心を揺さぶった。


そして、俺の心も。


遂には俺たちの、関係さえも。







(瑞樹はおそらく、誰かに……もしかして……業界の関係者に……?)




予感が紡ぐ。


見え隠れしている真実への糸。



突然決まった、俺のドラマの出演。降って湧いたかのようなオファー。あまりに不自然なソレ。ハッキリ言って、制作サイドが俺を選ぶ理由が見当たらない。瑞樹や陣の方が、よっぽど愛想がある。使い勝手だって、あの2人の方がいい。

そもそも今プロダクションが推しているのは陣だ。メディアに露出する回数が多いのも陣で、俺個人は3人の中で1番オファーが少ない。


そこへきて、この不自然なドラマ出演。




(…………関係者に抱かれてる、なんて)






考えたくもない。



俺たちと一緒に育ってきた瑞樹が。



俺の知っている、あの瑞樹が。



誰かに、組み敷かれているだなんて。



それも、仕事のために。



想像しただけで、鳥肌が立つ。





(…………やめろ、)




(……やめろ、)





鼓動が脈打つ。


頭に血がのぼる。


拳を握る。







(…………瑞樹…………)






『僕は何もしてないよ』






……頼むから。





(抱かれていないと、言ってくれ)






あぁ、俺たちの築いてきたものが。






………壊れていく。


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