あまりにありふれていて、気がつけずにいた。
いつでもそばにあると思って、無関心になっていた。
亮介や陣の存在は、僕にとって、当たり前のものだった。
でも、それを失いかけた今だからこそ、僕は感じることができる。
それはなくてはならないもの。
大切なもの。
僕を形作る、仲間。その存在。
午前10時を過ぎた頃。
つかの間の休み時間、教室の片隅で席に着き、教科書を読みこむ僕の正面。
空いている前の席に腰掛け、台本をぺらぺらとめくっているのは亮介だ。
「………」
「………」
お互い言葉をかわすわけでもない。
それでも、最近はこうして亮介と一緒にいることが増えた。
亮介と話をしてから。
僕は夜中に寮を出ていくことをやめた。
脚本家の先生から何度か携帯に着信はあったけれど、僕が通話ボタンを押すことはなかった。
関係を断ち切った、と言ってもいい。
その甲斐あってか、僕と亮介、そして陣の関係性は、緩やかに、元の形へと戻りつつあった。
「お前ら……最近やけに一緒にいるよな」
四六時中一緒にいるようになった僕と亮介を目の当たりにして、訝しく思ったのだろう。
午前中の教室に珍しく顔を出した陣が、僕と亮介を見るなり声をかけてきた。
僕は亮介と顔を見合わせて、陣に向かって笑いかける。
「何を今更。昔からそばにいるじゃない」
「あぁ。別に今に始まった事じゃない」
「………」
僕らの言葉に、陣は何か思うところがあったのだろう。一度大げさにため息をつくと、今度は肩を竦めて笑った。
「ま…いいけどな。最近ギクシャクし過ぎてて、俺もそろそろ疲れてきてた頃だったし?」
「ギクシャクって…陣が僕に向かって売りがどうとか言ったからじゃないの?」
「あれは酷かった。フォローしようがなかったからな」
「あー、アレはー……おう。うん……悪かった」
「売り言葉に買い言葉っつーか…」と、口をモゴモゴさせてバツが悪そうにしている陣を見て、僕はにっこりと笑う。
「タバコ。湊たちが入学する前にやめてくれたら、許してあげるよ」
「あーー……それはー……まぁー……」
「努力シマス」と、観念したかのように肩を落とした陣に、僕と亮介は声を上げて笑った。
久しぶりに3人で顔をつきあわせて、笑いあった気がする。
「…ん?……電話だ」
「誰から?」
「夏さん。…もしもし」
ズボンのポケットからスマホを取り出した亮介は、そそくさと教室から出ていった。廊下で話をするためだろう。
「珍しいな。ナツが亮介のケータイにかけるなんて」
「仕事のことじゃない?この間の…出演決まったっていう、ドラマの」
「あぁ……なるほどね」
亮介がさっきまで座っていた席に、今度は陣が腰かける。僕の机に置かれた台本を手に取ると、陣は黙々と台本を読み始めた。
役者なんか興味ない、面倒だなんだと文句を言いながらも、仕事となると、きちんとこなして帰ってくる。
僕は陣の、そういうところを素直に尊敬している。
「……結構セリフ多いぞ亮介。アイツ、連ドラ初めてだろ。大丈夫か?」
「大丈夫でしょ。僕らだって初心者なりになんとかなってるんだし。それに…」
「それに?」
「なんとかしてくれないと困るよ。後ろにまだ控えてるからね。問題児が」
「ハハッ。そりゃそうだ」
遠くてくしゃみでもしていないだろうか。湊と志朗は。
陣と笑い合っていると、廊下で話し込んでいた亮介が、僕たちのところへ戻ってきた。その顔が、少し強張っていることに気付いた僕と陣は、一瞬視線を交錯させてから、亮介へと向きなおる。
「どうした亮介。なんかあったか」
「あぁ。…ヤフーのトップページ。今見れるか?」
「なんで?」
「いいから。見てみろ」
亮介に言われるがまま、スマホを取り出して、webサイトを開いてみる。
「ニュースの一覧のところ。トップニュースになってる」
「だから何がだよ?」
「俺が出るドラマの脚本家。未成年買春で逮捕されてヤフーのトップニュースに載ってるって、夏さんから連絡が」
……何だって?
……逮捕された、だって?
「おー、コレか。……あーあ。やらかしたなこいつ。で、どうなるんだよ?ドラマの方は」
「クランクイン直前だが、脚本が変わるらしい。今そこにある台本は…もう要らなくなる」
「………」
「ふーん…撮影までそんな日がねぇのにな。なぁ瑞樹?」
「えっ、……あ、あぁ、うん……そうだね。大変だね、亮介……」
「……あぁ」
会話に集中できない。
スマホの画面に釘付けになる。
僕が寝たあの脚本家が、未成年買春の罪で逮捕されたと、僕の手の中のニュースサイトが報じている。
……嫌な予感がする。
これで彼の関係者が洗われて、芋づる式に僕のところにまで捜査の手が伸びてくることはないだろうか。
『売ってはいない』が、寝たのは事実だ。
切り捨てられるのが僕だけならまだしも、これで亮介や陣、湊や志朗の身に影響が及んだらと思うと、ゾッとする。
…このまま何もなければいいと、そう思っていたけれど。
《瑞樹。週刊誌から、あんたに単独インタビューの仕事がきたわ。もちろん、やるわよね?》
まるでタイミングを見計らったかのようだった。
大衆雑誌の出版社から、僕だけに、単独インタビューのオファーが届いた。
「はい……よろしくお願いします」
僕に退路はなかった。
放課後。
夏さんからの電話に応えた僕の手のひらは、汗でじっとりと濡れていた。
→
ALICE+