「契約。してやるよ」


応接間の上座のソファに腰掛ける榊さんの前で。


陣は臆面もなくそう言い放った。


僕は陣の言葉を頭の中で反芻しながら、僕と亮介、さらにそのあとに続く志朗と湊の未来について、逡巡した。


だが迷っているような余裕はない。


選択肢もない。


陣も僕も亮介も。


本当は分かっている。


「君たちは?」


ソファの肘掛に肘を立て、頬杖をつきながら、榊さんは陣の後ろに立つ僕と亮介に微笑む。返答を分かっていながら問い掛けるその性格の悪さに少し心がざわついたが、陣に続く。


「…よろしくお願いします」


僕が頭を下げると、隣にいた亮介も頭を下げた。


この瞬間、この春、僕と亮介、陣の3人が、この施設を出ていくことが決まった。


全寮制の私立高校、誠真学園の芸能科に通うことも。



そして僕たちが、『偶像』として生きることも。



「そうか。意外とすんなり決意してくれたんだな」

「…その代わり、条件がある」


肩に手を置いた榊さんを、陣がじっと見上げる。それを見下ろす榊さんが、眉山を上げて言葉を促す。


「ここの施設に…俺たちのほかに二人、入学を認めてほしい奴がいる」

「………」

「俺達の働き次第で、そいつらの入学も認めてほしい。…それが条件だ」


肩に置いていた手を広げ、一体何を言い出すのかといわんばかりの表情の榊さんに、僕と亮介は事の次第を固唾を呑んで見守る。

これでダメだとつき返されたら、僕らはこの契約をなかったことにするつもりだ。それくらいの、覚悟だった。


「なるほどね……」


僕らの視線からその覚悟の程を感じ取ったのか、榊さんは肩を竦め、陣に問いかけた。


「…一応、名前だけ聞いておこうか」

「志朗と…湊」

「………」

(なんだ……今……?)


そのとき、一瞬、榊さんの眉間に皺がよったのを、僕は見逃さなかった。

陣の口から湊の名前を聞くや否や、その表情が一瞬曇った。けれど、それもほんの一瞬のことで、榊さんはすぐさまいつものポーカーフェイスに戻ってしまった。


「…いいだろう。検討しておこう」


それだけ言うと、榊さんは陣の背を押しながら、僕と亮介の方へと歩み寄ってきた。


そして、僕たち3人の手を重ねると、その手を自分の両手で包んだ。


「では、契約成立だ。…君たちを絶対に日本一のアイドルにしてみせよう」


笑った榊さんの口角。蛇のような冷たい眼。

僕たちの手を包む榊さんのその手の冷たさに薄ら寒いものを感じながら、僕たちはその契約に頷いた。










記憶は、そこで途切れる。



――スカウト、だったにしても、それはただのスカウトではなかった。



いわば賭けに近かった。




「……そうだったんだ……」



狭いロケバスの中で、手にしていた雑誌を丸めて握り締めたのは志朗だった。

「オレと湊…何も知らずに契約してた…。瑞樹くん達が…道を作ってくれてたんだね…」

「大袈裟に受け止めなくていいよ。志朗や湊に魅力があったから、榊さんも了承したんだから」

「でも…!!」

「賭けには勝った。僕たちはこうして5人で日本一のアイドルになれたし。…ね?」


志朗の手から雑誌を抜き取る。

話に熱中していたのか、すっかり丸まったその雑誌の表紙で、僕が笑っている。

その右上の煽りを見て、苦笑いする。


『今 日本で最も売れてる ファイブ・スター!!』

「…煽りにしては趣味が悪すぎるね」


そう言いながら、ページをめくる。

そこには、小綺麗な衣装に身を包んで、読者に向かって微笑む僕がいた。


「瑞樹くん……」

「ん?」

「……ありがと」


志朗の呟きに、僕は顔を上げず、ただ小さく微笑む。

僕は雑誌を閉じると、志朗の手に雑誌を返した。

ふと隣を見ると、目を閉じている亮介。寝たフリでもしているつもりなのだろうか。亮介の口元が微かに微笑んでいることに、僕は気がついていた。


雑誌の表紙よりも、もっと素直な笑顔を見せられる誰かがいる。それはきっと、思った以上に、幸せな事なんだろう。


『芸能界に入ったキッカケを教えてください』


仲間の為。

弟の為。

残りは多分、自分の為。


キッカケなんて、こんなもの。



「……兄ちゃん達に任せなさい」

「え?」

「……なんでもないよ」




これが僕らの、ハジマリの話。



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