眠りから覚めたと同時に感じたのは、胸部の痛み。


ゆっくり瞼を開くと、差し込んできたのは白い明かり。続けざまに視界にひろがった白い天井に、自分がどこにいるのか、ぼんやりと悟る。


(あぁ……俺……助かったのか……)


視線をベッドサイドに走らせる。そこには誰もいなかった。


口を覆う呼吸器が煩わしい。


陣はゆっくりと右手を動かすと、自身の口を覆う呼吸器をそっと外した。


ハ、と息を吸うと、少し胸が痛んだが、それでも、煩わしさから解放される事の方が優先された。


(なんだよ…目ェ覚ましたら…普通はもっと感激されるとか…あんだろ…)


自分以外、誰も病室にはいない。

だが、テレビだけはなぜか付けっ放しになっていて。



意識をテレビに向けてみる。


よくあるワイドショーが、画面に映っている。





《一昨日の夜、首都高で乗用車とぶつかったとされる、BUCKSの神名陣さん。心配される、その安否は?CMのあと、専門家とともに、事故を検証します!》



「………」



事故が一昨日として扱われている。

救急車で運ばれたあと、丸二日眠っていたのか、と、そちらの方が気になった。


手術の跡が、ヒリヒリと痛む。

自分の身体に目をやると、胸部に15cmほどの直線の縫い跡があった。

救急車で運ばれたあと、そのまま処置をされたのだろう。


(めんどくせぇことになったな…)


あの幅寄せをしてきた乗用車は、何者だったのだろうか。


黒塗りの乗用車。


雨の中、執拗に幅寄せをされるなんて。夢にも思っていなかった。


(テメェで調べるよりは…ワイドショーの方が早いか…)


そう思い、賑わうワイドショーを注視する。蛇の道は蛇だ。


《陣さんはスタジオから自宅へ帰る途中、事故にあったものと思われます》


《目撃者の情報によると、陣さんが運転するバイクに、乗用車が何度も幅寄せを繰り返していたとのことで》


《現在警察が、事故と関係のあると思われる車両を捜索している最中です》


やはり、概ね自分の記憶と合致する。


あの幅寄せを、誰かが見ていたのか。


早速目撃者の言質をとる、ワイドショーの捜査能力は見上げたものだと、内心思っていると。


ここで緊急速報です、とワイドショーの司会者がカメラの正面に向き直った。


《たった今入った情報によりますと、警察は、神名陣さんと衝突した車両を特定、東京湾に沈んでいるところを発見したとのことです。現在東京湾上空を中継のヘリが飛んでおり…映像、出せますか?》


「………」


(東京湾に沈んでいる?車が?)


(なんでまたそんな事になってんだ……?)



《その車両なのですが…所有者の情報も入ってきました。神名陣さんと衝突した車両ですが、その所有者は、山ノ井組の末端構成員の可能性がある、とのことで…》



(山ノ井組……?)



山ノ井組といえば。


日本最大の、広域指定暴力団だ。



(その構成員の所有する車が、自分とぶつかった…?)



「おい……冗談……キツイぜ……」



偶然だと思いたい。


本当に面倒なことになってきた。


まさか、意図して狙われた、なんてことだったら。


いや、そうでないにしても。


おそらく、警察も動きだすに違いない。


《目撃者によると、陣さんのバイクは大破して、大怪我をしていたとのことですから…まずは陣さんの回復を願うばかりですね…》

《警察が特定した車両が本当に山ノ井組の構成員のものだったとしたら、これは一大事ですよ。現役アイドルのバイクに暴力団構成員が車をぶつけるだなんて、偶然にしてはおかしい気もします。何か裏がありそうですね》



舞い込んできたニュースに、有る事無い事想像して話すのがパネリストの仕事。ラクな商売だと思う。


陣はテレビを消すと、瞳を閉じた。


傷口が痛む。


ヒリヒリと、焼けるようだ。







−−−ガチャッ、


「陣……?」


病室の扉が開いたと同時に、名前を呼ばれた。

目を開けて、ベッドから視線を走らせると、扉の前に立っていたのは、湊だった。

「おぉ」と短く返事をすると、湊がベッドに駆け寄ってきた。


「陣ッ…!!よかった、気がついて…!!」

「おぉ……とりあえず……まだ生きてんな……」


湊に、ぎゅっと手を握られる。

その温かな感触に、自身が生きていることを実感する。




「陣!!目が覚めたの!?」

「陣くん!!」

「ようやくか……心配した」


瑞樹、志朗、亮介。

三人も立て続けに病室に入ってきた。

さすがに大の男が4人も病室にやってくると、すこし手狭に感じる。




ベッドサイドの丸い椅子には、湊が腰掛けて。陣の手を、ずっと握っている。

握る力が、すこし強いと感じる。


「湊……手ェ……イテェよ……」

「ごめん、でも俺、嬉しくて……!!」

「湊さー、ずーーっと塞ぎ込んでたんだよー。陣くんが死んだら、俺も死ぬー!とか言い出しそうなくらい」

「志朗。茶化すな」

「あはは〜、ごめんごめん〜。でもよかったよ、陣くん目が覚めて。このまま目が覚めなかったら、どうしようかと思った〜」

「本当に。よかったよ、陣…」



瑞樹が志朗の言葉に安堵する。
だが、その安堵も長くは続かない。

神妙な面持ちで、瑞樹が陣に語りかける。



「陣、目が覚めたとなったら、きっと…警察の事情聴取が入ると思う。数日以内には…ここに警官が来ると思うよ」

「あぁ……わかってる……さっきテレビで見た……俺とぶつかった車……」

「山ノ井組の末端構成員のものだったらしい。さっき警察から夏さんに連絡があった。運転手、じきに逮捕されるそうだ」

「でもそいつが暴力団の構成員かどうかまでは…まだ分からないんだよね?」

「あぁ。だが、十中八九、運転手も山ノ井組の構成員で間違いないだろうとのことだ。詳しくは…また警察から話があるだろうが」


ワイドショーよりも、当事者の周辺の方が、情報は早かったようだ。

亮介の説明を受けて、陣は天井を仰いだ。


「クソ……めんどくせぇ……」


自分を狙うかのように、執拗に幅寄せを繰り返してきた乗用車。


その運転手と乗用車の所有者は、日本最大の指定暴力団、山ノ井組の末端構成員。


暴力団に狙われるような心当たりは全くない。


だが、事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。


ベッドの正面、テレビの画面に目をやる。


そこに反射して映り込んでいたのは、さも不快そうに眉をひそめた、自分の姿だった。


不運な事故に巻き込まれた。


そう思いたいが、どうにも嫌な予感がする。


拭いきれないその予感を、陣は1人、胸の内に抱えていたのだった。



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