築いてきたものが、強固なものだと信じていた。


自分たちがやってきたアイドルとしての活動は、全て、決して無駄ではなかったと。


だが、時として現実は、その想いを打ち砕く。


無残なまでに。残酷なまでに。


……粉々に。








陣が緊急搬送されてから、1ヶ月が過ぎた頃。


回復の兆候が見られてきた陣は、帰宅が許された。


けれど、退院の際もその詳細は極秘。マスコミが病院前から散ったのは、陣がキューブへ帰ってから1日経っての事だった。


陣の出自に関する記事が出てから、報道は加熱の一途を辿った。


このままでは、残された4人の芸能活動にも、影響が出てしまう。


誰もがそう思い始めた矢先、だった。


…キューブに、プロダクション社長の榊真哉が現れた。








「全員と顔を合わせるのは久しぶりだな」

「………」



榊の呼びかけに、誰1人として反応しない。

リビングに集まった5人の表情は、どこかどんよりとしていて暗い。

それ程までに、今のBUCKSは消耗していた。


静養中ということで一歩もキューブの外へ出ていない陣は、その苛立ちと比例するかのようにタバコの本数を増やす始末。


「陣…タバコ消して」

「………」


瑞樹の呼び掛けに、陣は無言でタバコを灰皿に押し付けた。

燻る紫煙が、榊とBUCKSのメンバー、その間を揺蕩う。


「今日はお前たちに、ある提案をしにきた。というのも、昨今の状況を鑑みれば、なんとなく察しはつくとは思うが…」

「………」

「BUCKSはこの騒ぎが沈静化するまで、ひとまず5人での活動を休止。今後はソロ活動に専念する。その発表を、一週間後に開く記者会見でお前たちにしてもらいたい」

「活休!?社長、本気…!?」

「志朗は嫌なのか?」

「そんなの…嫌に決まってるじゃん…!!」


榊の言葉に、志朗が珍しく狼狽する。
ソファに腰掛けながら項垂れるその姿を、陣を始め亮介も湊も、黙って見つめていた。

だが、ただ1人。

榊に鋭い視線を送る人物がいた。




瑞樹の視線に気付いた榊が、「何か言いたげだな」と瑞樹に向かって眉山をあげて言葉を促す。


「榊さん……僕たちに活動休止を言い渡す前に教えてください……陣と湊のこと…僕たちに何か隠し事をしていますよね……?」

「瑞樹くん……?」


思いがけない瑞樹の言葉に、ふいにその名前が志朗の口からこぼれ出る。

腰掛けていたソファから立ち上がった瑞樹は、ダイニングまで歩いていくと、棚から書類を取り出してきた。

バサ、と無造作に茶封筒を榊の前に置くと、瑞樹は無表情に言い放つ。



「いけないとは思いましたが……僕なりに調べさせてもらいました。陣と…湊のことを」

「………」

「何?何を調べたの…?」



カウチに腰掛ける湊が、瑞樹を不思議そうな顔で見上げるその間。榊は目の前に置かれた資料に手を伸ばした。

茶封筒から資料を取り出し、サッと見ると、一瞬、その眉間をぴくりと動かした。

瑞樹は相変わらず、それを怜悧な瞳で見つめている。



「僕の口からは言いがたい事実です。どうして陣が狙われたのか…本来狙われるはずだったのが、誰だったのか」

「本来狙われるのが…誰だったのか…?」

「………」



志朗の問いかけにも、瑞樹は応じない。ただ、ジッと、ソファに腰掛けている榊を見下ろしている。



「…それを暴いてどうする、瑞樹」

「どうもしません。ただ、真実を知りたいだけです。…身勝手かもしれませんが」



榊は胸元のポケットからシガレットケースを取り出すと、ゆったりとした動作で、それに火をつけた。

視線がその一挙手一投足に集まる。

亮介も、志朗も、湊も。ジッと榊を見つめている。

陣だけが、何かを予感したのか、俯いたまま。床に視線を落としている。



榊がふっと息を吐くと、張りつめた空間に煙が漂う。

それを目で追いかけながら、どこか遠い目をして。


榊はおもむろに口を開いた。



「陣……湊……。お前ら2人……父親こそ違うが……同じ母親を持っている……。お前らは………」








「………異父兄弟だ」









「兄弟……?ハ……嘘だろ……?俺と……陣が……?」

「………」


呆然とする湊と、俯いたままの陣。

志朗も亮介も驚いた様子で、絶句している。

だが、瑞樹はなおも榊に詰め寄る。

真実を知る、ただ1人の男を相手に。

容赦無く。



「本来狙われるはずだったのは……陣じゃない。湊だった。違いますか?」

「……あぁ。そうだ」



愕然とする湊に、榊が向き直る。そして、その口から真実を告げられる。



「湊。お前の父親は山ノ井組の元組長…山ノ井拓馬。そして…母親は榊真弥。俺の……姉だ」

「榊真弥は……社長の姉……!?」

「……榊さん。まだ隠していることがありますよね。陣の本当の父親は?…そこに書いてあることは本当ですか?」



瑞樹が顎で示した、茶封筒の中の資料。それは瑞樹が夏の妹であり芸能ライターでもある秋に、独自に調べさせたものだった。


茶封筒の中のそれに一瞬目を走らせた榊は、言いづらそうに目を伏せる。

それを見てとった瑞樹が、自身の左手をぎゅっと握り締め、怒りに震わせた。



「どこまでシラを切るつもりですか榊さん…!」

「よせ瑞樹もういい。どうでもいいだろ、んなこと…!」

「いや、よくないよ陣。…榊さん。この際ハッキリ言ったらどうなんですか」

「………」

「陣を湊の身代わりにした、と」

「身代わ、り……?」

「やめろっつってんだろ瑞樹ッ!!」



震える声で呟いた湊を庇うように、陣が声を荒げる。ソファから立ち上がり、瑞樹の胸ぐらめがけて手を伸ばす。

だが、すんでのところで、それは亮介によって阻まれる。

亮介の大きな手が、陣の腕をがっちりと掴んでいた。



「亮介ッ…テメ、……!!」

「瑞樹を殴ったところで意味はない!!分かるだろ陣ッ…!!」

「ッ…、…!!」



亮介の言葉に、陣がそのまま引き下がる。どさり、とソファに腰を下ろすと、再びジッと床に視線を落とした。



「陣は俺の兄弟で……俺の身代わりに……襲われた……?」



震えながら、小さな声で。

湊はそう呟いた。


その瞳からは、堪え切れないのか、大粒の涙が溢れ出ている。


…自分のせいだ。自分のせいで。


陣が、こんな目に。


……遭ってしまった。




「陣が6代目組長、山ノ井拓馬の息子だという嘘の情報を週刊誌に流したのも……榊さん自身じゃないんですか?」

「……そうだ。俺が…火元だ」



榊は瑞樹の問いかけにそう答えると、陣のタバコが捻じ込まれている灰皿に、自身のそれを捻じ込ませた。

手元のグラスから灰皿に水を注ぐと、ジュ、と音を立てて、煙が一本立ち上った。


煙越し、怒気を孕んだ瞳で、瑞樹と亮介が榊を見つめる。



「あなたは陣を湊の身代わりにした。世間に陣を榊真弥の息子だと、山ノ井拓馬の息子だと思わせて。…その狙いは何なんですか?」



そこまで問いかけられると、榊は、やおら、湊を見つめた。

陣に対する罪悪感で、言葉を失ったままの湊を。他のメンバーには決して見せないような、どこか優しい面差しで。



「姉との約束だ。7代目の粛清から……湊を守るようにと」

「7代目の粛清……?」

「山ノ井組の6代目と7代目の間にあった抗争……その結果、6代目側の人間に対する、断固とした粛清……6代目組長と関係のあった榊真弥の息子だと知れれば、その矛先は当然湊にも向けられることになる……」

「知らぬ存ぜぬでは済まされなかったんですか…」

「姉は見抜いていたよ……やがて7代目の粛清が自分にも…そして湊にも及ぶであろうことをな……」

「だからって…!!陣くんを身代わりにするって…!!そんなのおかしいよ!!」



ぼろぼろと。止めどなく涙をこぼす湊の隣。湊の肩をさするように抱きながら、志朗が榊に懸命に反論する。

だが、それを聞き流した榊の冷徹な眼が、項垂れる陣を捉える。目を細め、それこそ、先ほどの湊に対する視線とは真逆なまでに。



「陣の風貌は姉そのものだ。上手く育てれば、ゆくゆく姉のように花開くことは分かりきっていた。湊の身代わりにするには……もってこいだった」

「その為だけに……わざわざ施設から陣を先に掬い上げ……育てたんですか……」



確固たる理由があってスターダムに乗せられ、担がれた陣。



それでは、自分たちは?

幼い頃から、陣の隣で笑っていた、自分たちは?



瑞樹は榊に向き直ると、勢いその襟に手を伸ばした。

そしてそのまま襟を掴むと、ぐい、と自分の方へと引き寄せ、低い声で問いただした。

最も聞きたくない質問をぶつける瑞樹のその瞳は、感情的になっているのか、少しばかり潤んでいる。




「最後に一つ…聞かせてください。…僕たちは…あなたにとって……一体何だったんですか……?」



瑞樹の問いかけに、榊は虚ろな目を見せる。だが、それも一瞬のこと。

瑞樹の目を見る次の瞬間には、その瞳は冷徹なまでの冷たい光を帯びていた。



「……お前らは……最高の人形……最高の……偶像だ……」












「…………」

「湊………」



榊の言葉に、絶句する湊。

傷つきながらも、虚脱する湊に寄り添う志朗。

目で殺せるのならどれだけでもと言わんばかりに、榊を睨み据える瑞樹と亮介。

そこへ声を上げたのは、陣だった。

顔を上げ、榊をじっと見据えながら。鼻で嗤う。



「…狙われたのがあんたの目論見通り俺でよかったな…」

「…………」

「身代わりである俺は死ななかった。…それでいいじゃねぇか、もう」



陣がソファから腰を浮かせる。

少しだけ痛む体を庇うようにゆっくり立ち上がると、陣はおもむろに二階へ続く階段へと足を進めた。



「陣!!」

「仕舞いだ。…怪我人だぞ」



瑞樹の呼び止めに後ろ手に手を振ると、陣は二階の自室へと上がっていった。

ギシギシと、階段の軋む音が、リビングに虚しく響く。





カウチに座り込み、涙を流す湊は。

自身の代わりに陣が傷ついたことに、激しく動揺していた。

そんな湊を見下ろすように立ち上がった榊は、瑞樹の手を振り払うと、静かにその襟を正す。



「…会見は一週間後だ。原稿は夏の方から改めてお前らに渡す」

「こんな話をした後で…僕たちがその原稿通りに読むと思ってるんですか……」

「あぁ、読むさ。なにせお前らは……よく出来たアイドルだからな」


そう言うと、榊は立ち上がり、リビングから玄関へと消えていった。

青年たちは、為すすべもなく。
その狡猾な背中を見送るしかなかった。











榊がキューブから去ったあと。

リビングに取り残されたのは、陣を除いた4人のメンバー。


カウチに座り込んで泣いている湊の肩を、志朗がさすりながら抱きしめている。



「……最高の……偶像か……」



亮介の自嘲が、冷え切ったキューブのリビングに響く。



「……僕らは……ただのお飾りの人形でしかなかったっていうことだね……」



榊が消えたリビングで、瑞樹が呟く。



「ごめん……みんな……ホント……ごめん……」

「やめてよ湊……湊は……何も悪くないじゃん……」

「…うッ……、ぅ………ッ……!!」



優しいはずの志朗の言葉が、今は心に突き刺さる。

その場で涙を溢れさせるしかない自分が情けなくて、不甲斐なくて。

いっそ消えてしまいたいとさえ思う。


陣を傷つけた全ての元凶は自分の父と母、そして榊真哉という叔父であり。


自分という存在そのものだった。


まして、兄弟だった、などと。


しかし今は、それを信じるほかない。いや、むしろ、信じざるを得ない材料は、そこかしこにある。


昔から、どこか似ていると思っていた。


違っているようで、何かが繋がっていると、ずっと感じていた。





陣が自分が、血を分かつ兄弟であると。


今ならば、それを感じることが出来る。


それがまた、湊にとっては苦しかった。




「一週間後の記者会見……向こうの用意した台本を読むのか……?」

「読む気になれるの?」

「……どうだかな……」



瑞樹と亮介は、おもむろに二階へと視線を移す。

閉ざされた陣の部屋を、2人は黙って見つめていた。



「このまま黙って榊さんのシナリオに沿うのはごめんだよ……」

「……俺も同じ気持ちだ」



陣の部屋を見つめながら、瑞樹と亮介は意思を確認しあった。





罪悪感に打ち震える弟。


身代わりにすべく育てられた兄。


腹を同じくした、種違いの兄弟。



唐突に訪れた、その真実に。


5人はただ、打ちのめされるほかなかった。









そして、一週間後。



某ホテル、某会場にて。





BUCKSの緊急記者会見が開かれる……。








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