《山ノ井組七代目組長の名前…、斎木征爾》
「名前なんてどうだっていい。俺が知りてぇのは住所だ、住所」
《待って……ふふ、最近のおヤクザさんは親切だね。ホームページまであって、ご丁寧に本部の住所まで記載してある。…どうかしてるよ》
「住所、LINEで送ってくれ」
《今送ったよ。…湊、いると思う?》
「いねぇわけがねぇ。これでいなかったら、赤っ恥もいいとこだ。指詰めさせられるかもな」
キューブのガレージ。
ライダースーツのファスナーをあげながら、イヤホンの向こうの瑞樹に陣が返事をする。
目の前には、新調したバイクが一台。
ガレージがゆっくりと上がっていく。
おもむろにバイクに跨ると、陣はフルフェイスのヘルメットをかぶりながら、その様子を目を細めて見つめていた。
ガレージの向こうは、いつかのように、叩きつけるような雨が降っていた。
−−1時間ほど前。
慌てた様子の夏から陣に一報が入った。
『湊が消えた』
夏のその一言が陣に与えた衝撃は大きかったが、しかし、ショックを受けている場合ではない。
居なくなった湊がどこへ消えたのか。
その日オフだった陣は、すぐさま瑞樹に連絡を取った。
対応した瑞樹と、陣の見解は一緒だった。
このタイミングで湊が消えるとすれば、山ノ井組が関係しているに違いない、と。
瑞樹が山ノ井組の情報を探る間、陣は物憂げに窓の外を見つめていた。
キューブの外には、陣やその他のメンバーの動向を探ろうと、週刊誌の記者が常に詰めている。中にはバイクに跨った追跡者までいる。
…雨の中、これらをどうやって撒いていくか、が陣の焦点だった。
《亮介は?》
「さっき話した段取りで動く」
《分かった…くれぐれも事故には気をつけて》
「あぁ。サンキューな」
《感謝するなら無事に湊を連れて帰ってからにして》
そこまでやりとりすると、陣のイヤホンから瑞樹の気配が消えた。
陣はグローブを両手にはめ終えると、勢いよくバイクの右頬を蹴った。
−−ヴォオオオン、
唸り声をあげたバイクに跨り、陣は颯爽とキューブから飛び出していった。
(二台か……思ってたより少なくて助かるぜ……)
風と雨がヘルメットを撫でながら流れていくその最中、サイドミラーをちらりと見遣る。
キューブから飛び出した陣の後をつけてきているバイクは、その数たったの二台。
東京都郊外の山ノ井組の事務所までは、高速道路をしばらくひた走る。
その道すがらにあるSAに立ち寄ろうと、陣はウィンカーを出して、バイクを左側に寄せた。
サイドミラーを確認すると、キューブからずっと追跡をしてきているバイクも、SAに入ってきていた。完全に尾けられている。
「………」
バイクを停止させると、フルフェイスのヘルメットを被ったまま、陣はSAへと入っていく。
「陣」
広々としたエリアに入った直後、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには陣と揃いのライダースーツを着た、亮介が立っていた。
亮介が差し出した両手には、柄の違うフルフェイスのヘルメット。陣はヘルメットを脱いでそれを受け取ると、亮介に自分のヘルメットを渡す。
「わりぃな、手伝わせちまって。久しぶりだったろ、バイク」
「まぁな。久しぶりすぎて、かえって新鮮だった。…と、これもか。バイクの鍵だ。緑のカワサキのバイクが俺のバイクだ」
「おう、わかった。あぁ、俺も渡さねーと。鍵」
二人はバイクの鍵を交換すると、周囲を注意深く見回した。
「つけられてるぜ。バイク二台だ」
「了解。先に俺が出るから、お前は五分したら出てくれ。俺がパパラッチを引きつける」
「サンキュ。頼んだ」
それだけやりとりすると、亮介は陣の肩をポン、と叩いてから、人ごみの中へと消えていった。
うまくいけば、きっと亮介がパパラッチのバイクを引きつれてSAから出ていくはずだ。
「………」
遠巻きから自分のバイクを見つめる。
すると、どこからか現れた、ヘルメットを被った亮介が、陣のバイクに跨った。
エンジンをスタートさせると、バイクを唸らせながら、亮介がSAの駐輪場から出ていく。
それにつられように、二台、バイクが亮介の後を追って出ていった。まちがいなく、さっきまで自分を追ってきていた二台だった。
それを見届けると、陣も駐輪場へと出ていく。
亮介から言われた通り、緑色のバイクを見つけると、まだ真新しいそれに跨り、バイクのキーを回す。
さっきまで乗っていたバイクとは違う振動を感じながら、亮介に次いで駐輪場を出る。
サイドミラーを確認するが、そこには先ほどまでの二台の姿は見えなかった。
高速道路を降りて、市街地に入り、さらにそこから少し小高い丘の上にある住宅地へと、ナビが導く。
高級住宅街なのか、どこもかしこも塀が高い。
(ここか……?)
ナビが案内を終了した地点にあったのは、堅牢な造りをした門を構えた、和風の屋敷。
高い塀の上から、監視カメラが二台、こちらを覗き込んでいる。
(これで湊はいません、だったら……生きて帰れねぇかもな)
陣はおもむろにフルフェイスヘルメットを脱ぐ。
そうして、一台の監視カメラをじっと見つめる。
山ノ井組本部。
自分たちの予感が正しければ、湊はここにいるはず。
陣はそのまま黙ってバイクに跨ったまま、雨の中、監視カメラをじっと見据えた。自分の顔さえ向こうに分かれば、あとは野となれ山となれ、だ。
するとしばらくして、施錠されていた門が、ゆっくりと開いていく。
ゴゴゴ、と音を立てて開いていく門扉を正面に、陣はようやくバイクから降りた。
門が開く。
扉が開ききると同時に見えた日本庭園。バイクを降りた陣の前に、まるで出迎えに現れたかのように、スーツを着込んだ一人の男が現れた。
「神名陣さん、ですね?」
「神名湊。いますよね、ここに」
「………」
「迎えにきました」
男の問いには答えず、陣はそのまま邸内へと足を踏み入れる。
「…ご案内します。こちらへ…」
男は踵を返すと、庭園の中を歩き、屋敷の中へと陣を導く。
(やけに……静かだな……)
しっかりと手入れされた庭園に相反するような、人の気配のなさ。
どこか不気味さを感じながら、陣は前を行く背中について歩いた。
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