「ねぇ、瑞樹。陣と連絡って取れる?」
陣がキューブを飛び出した翌朝のこと。
送迎に来た夏が、ダイニングで朝食の片付けをしていた瑞樹に問い掛けた。
片付けの片手間にそれを聞いていた亮介が何かモノ言いたげな表情をしたが、瑞樹は一瞬視線を亮介に走らせ、それをとどまらせる。
夏は陣と連絡が取れないことに少しだけ苛立っているのか、スマホを見て大袈裟にため息をついた。
台拭きを片手に肩をすくめると、瑞樹は苦笑いをして返事をする。少し演技めいている気もするが、本当のことを告げるわけにはいかない。仕方がなかった。
「いや…実は、昨日の夜…陣とちょっと軽い口論になったっていうか…」
「え?そうなの?知らなかった」
「湊は爆睡してたんでしょー、どーせ!」
「そんな、志朗だって知らなかったんだろ!?お互い様じゃん!」
年下組二人は、瑞樹と亮介の間に走る緊張など知る由もない。亮介が用意した朝食を食べ終わると、志朗と湊はリビングのソファでスマホを弄りながら、出発の時を待っていた。
爆睡していた二人が昨日の夜の出来事に気がついていないとわかって、少しだけホッとした瑞樹だが、しかし、目の前にいる夏の眉間に深い皺が刻まれる。
何故って、結局のところ、誰も陣の行方を知らないからだ。
「で?陣は今どこにいるの?」
「昨日何度も電話したんですが、繋がらなくて。…すみません」
すみません、イコール分かりません。
瑞樹の言葉の意図を汲み取った夏が、今度はあからさまに舌を打った。仕事に関しては厳しい夏のこと、翌日に仕事があるとおそらく分かっていながら出奔した陣のことを、心底不快に思っているのだろう。
それを察するには十分すぎる舌打ちだった。
「ったく、なんでこう5人で仕事って時にこうなのよ、あんた達は…!」
「すみません。電話、つながりませんか?」
「ぜんっぜんダメ。電源が入っていないためかかりません!…もういいわ、待っててもどうしようもないもの。4人で現場向かうわよ」
そう言い放ちくるりと踵を返して玄関へ向かった夏の後ろ姿に、首を傾げたのは湊だ。
「でもさぁ、陣が電源切るって、なんか変だよ」
「………」
蒸し返すような事を言うなと正直思ってしまった瑞樹は、少しだけ顔を俯かせた。だがそれを湊に言うわけにもいかない。
「口喧嘩したくらいでそんな事って…今までなかったじゃん」
その程度の事があったのだと、何食わぬ顔で言えてしまえばいっそ楽なのだが。瑞樹の隣に立ちながら、亮介はそう思った。
「ていうか…実は充電切れただけだったりして、スマホの」
「あ!それあり得るかも!陣ならやりそう!そういうの!」
「あんたらねぇ……」
夏が呆れたのは、志朗と湊の朗らかすぎるその性格だ。
楽しそうに笑う年下二人を横目に、「本当のところは全く違う」と、瑞樹と亮介はその一言を飲み込んでいた。
結局、雑誌のインタビューの現場には、4人で向かうことになった。
「なんだ、いるじゃん、陣!」
「よぉ。遅いご到着で」
「陣……!!」
現場に着くなり、目を見開いたのは瑞樹と夏だった。
自分たちより先に陣が現場入りしていたのだから、驚くのも無理はなかった。
ーーーバシッ、
「イッテ!なんだよナツ!!」
「なんだよじゃない!!ケータイの電源切るなって何度言わせるの!!」
「わりぃわりぃ、充電切れちまって。今度から気ぃつけるわ」
「ほら、やっぱり!ね、湊!言ったでしょ?オレの予想通り!」
「うわ〜、陣ダッサ!充電切れてスケジュール確認できなくてなっちゃんに叱られてんの!ダッサー!」
「うっせぇな。オトナの付き合いにケータイが邪魔だったんだよ」
「まーたそんな無理しちゃって!どうせ辰巳さんと飲んで酔っ払って寝てたとかじゃないのー?」
陣の後頭部を勢い叩いた夏は、その後の湊と志朗と陣のやり取りを聞いて、すっかり毒気を抜かれてしまった。
もっと真剣に叱りとばさないといけない場面なのだが、志朗達がいるとどうにもそれが出来ない時がある。調子が狂う、というのだろうか。
結局大きなため息の後に舌を打ち、そして苦し紛れにもう一発頭を叩いて、お咎めも終わってしまった。
「よかったな。陣が仕事来てくれて」
「……うん……」
志朗たちと笑顔で話す陣を遠巻きに見ていた亮介が、瑞樹の隣で安堵のため息をつく。
そこへ、陣が歩み寄ってきた。
瑞樹と亮介の間に、緊張が走る。
だが、歩み寄る時点ですでに違和感があった。
陣は決して瑞樹の目を見ようとはしていなかったのだ。…亮介の目も。
「陣……昨日は……?」
「とりあえずホテルに泊まった。俺の事はいい。……今夜3人で話そう。場所は後から教える」
「………」
目も見ないでそう口にした陣の心境は如何許りか。
亮介には容易に想像できたが、しかし、瑞樹は咄嗟に返事ができず、黙り込んでしまった。
「……分かった」
亮介が瑞樹の代わりに答えると、陣はそのまま踵を返し、メイクへと入ってしまった。
何事もなかったかのように仕事は進んでいく。インタビュアーの質問に、5人は笑顔で受け答えしていく。カメラのシャッター音が響くスタジオ内は、いつもの変わらない雰囲気だった。
だが、その最中。
陣と瑞樹、両者のその胸の内は、決して穏やかではなかった。
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