薄暗い部屋の照明は、晒された事実を時として和らげる。

今自分と向かい合っている二人の仲間の間にある『何か』から目を背けたい気持ちがどこかにあって、それが部屋の明るさに表れてしまったのかもしれない。

二人が来る前に照明を少しだけ落とした自分を省みて、陣はぼんやりとそんなことを思っていた。



「わざわざこんなところで話す必要もないだろ。うちで話せばいい」


壁にもたれかかる亮介が、不快そうに眉を顰めた。
キューブで話せばいいという亮介の提案に、ソファに腰掛けている瑞樹が顔を俯かせる。亮介の提案に対して陣がどんな反応をするか、瑞樹はすでに分かっていた。


「そりゃ無理だ。志朗や湊にこの話聞かれたらどうする?パニクるのは俺だけじゃすまねぇぞ」

「……それにとてもじゃないけど、今はキューブに帰る気にはなれない。…そうなんでしょ?陣」


「だからホテルに連泊なんてしてるんでしょう?」と、瑞樹が陣に問い掛けた。だがその問い掛けに、陣は無言を貫く。


瑞樹と亮介とのキスを目撃した陣は、それを誰に打ち明けることも出来ず、また打ち明けるわけにもいかず、一人動揺するしかなかった。

混乱の末行き着いた先が、キューブから離れるという選択肢であり、このホテルの一室だった。


陣が帰宅を拒絶することは、容易に想像出来た。



「…いつからだ。お前ら」


瑞樹と向かい合わせにソファに腰を下ろしている陣。その唐突な質問に、瑞樹は少し戸惑ったような表情を見せる。それを見てとったのか、亮介が少しだけ壁から背を浮かせた。


「誠真にいた頃からだ」

「…高校の頃から…?」


随分長い間二人が付き合っていたのだと知り、それを知るべきだったのか否か、今更頭を抱えたくなった。今に始まったことではなかったのだ。もはやため息しか出てこない。

…それにしても。


「あれで今までよくバレずにやってこれたな…」


キッチンで無防備にキスをするような大胆さで、よく今まで隠してこれたものだ。

今回ばかりは、瑞樹と亮介の迂闊さを呪うしかない。


だが、知ってしまったものは、もう仕方がない。


自分の中で噛み砕いて、なんとか消化せねばならない。


時間はかかるにしても、だ。


陣はソファに座りなおすと、瑞樹の目を見つめた。その瞳に戸惑いが映り込んでいることは、陣のその表情を見れば明白だった。少しだけ身構える瑞樹に、陣は何度目かのため息をつく。



「…俺にはしばらく時間が要る。悪いがキューブに戻る気はねぇから、ナツにはテキトーに言っといてくれ」

「戻らない?仕事は!?」

「仕事にはいく。…そこまで腐ってねぇよ」


ソファの背もたれに背中を預け、天井を仰ぐ陣の姿に、亮介も瑞樹も返す言葉がない。

ただ、ここで腹を割って話をしておかなければ、それこそ以前のような関係には戻れないと。

3人とも、そんな気がしていた。



「お前の気持ちを察してやりたいが…」

「が…なんだよ」


瑞樹の背後に立つ亮介が、目の前にある瑞樹の肩に、そっと触れる。
瑞樹は左肩に置かれた亮介のその手に、一瞬だけ視線を送った。


「瑞樹のいない日常は俺にとって何の意味もない」

「…そこまで言うかよ…」

「黙ってたこと…悪かった」

「っ、亮介…!?」


そう言うと、亮介は瑞樹の腕を掴み、半ば強引にソファから立ち上がらせ。その手を掴むと、そのまま部屋から出て行く。

その様を呆然と見送る陣に一瞬視線を走らせた瑞樹が、何か言いたげな、切ない表情を浮かべたが、しかし陣には二人を呼び止める気力はもはやなかった。

あまりにも真剣そのものの亮介の態度に、気圧されてしまった。

再び天井を仰ぐ。

そして、深い、深いため息をついた。


「…そこまで言われちゃ…どうしようもねぇだろ……」













「亮介、放して」

「………」

「ッ…!!」


エレベーターの中。

亮介に掴まれたままの腕を、思い切り振り解いた。

驚いたようにこちらを見る亮介に、瑞樹は陣に見せた時と同じ、なんとも言えない表情を浮かべた。

亮介が悪いわけではない。

陣が悪いわけではない。

自分が悪いわけではない。

ただ、摂理に反している。


それは承知の上だったはず、なのに。



「…やっぱり僕たちは…こうなるべきじゃなかった……」

「…それは違う」


鏡面仕立てのエレベーターに、情けなく肩を落とす自分の姿が映り込む。
そしてそんな自分を慰め、包み込み、守るかのように。
自身を抱き寄せようとする亮介の姿も。


だが、瑞樹は亮介の腕を拒んだ。


今は、その腕の中に身を預けるべきではないと。そう思ってしまった。


「…今はやめよう…」

「………」


沈黙の後、エレベーターのドアが開いた。

開放的で明るいフロントが広がるが、それはエレベーターを降りた二人の心境とは、まるで裏腹なものだった。














「陣くん…今日も帰らないのかな」


キューブのリビング。

カウチに座りながらギターの弦を張り替えているのは、志朗だ。

その隣で退屈そうにスマホを弄る湊は、不満そうに口を尖らせた。


「どこ行ってんだよ…明日だって5人でロケなのにさ…」

「亮介くんと瑞樹くんが一緒にいないってとこを見ると、もしかして陣くんのところに行ってるのかもねー。ていうか、裏をかいて実は陣くんフツーに女のコんとこに行ってるのかも!」

「………」

「…『かも』だよ。かも〜」


冗談のつもりなのに本気にした湊を見て、志朗は慌てて取り繕った。
感情を包み隠さない湊のそばにいると、こうしてフォローに回ることが多い。もはや習慣となってしまっているせいか、志朗がそれを今更不満に思うことはないが。


アプリを立ち上げ、陣を呼び出す。耳にスマホを当てると、呼び出し音が鳴る。


「ミナトのそういう大胆なところ、オレ尊敬するよ…」

「……出ない」


呼び出し音は延々と鳴るだけで、陣の声は聞けなかった。

湊はスマホを目の前のローテーブルに放り投げると、ソファから腰を浮かせた。


「どこいくの?」

「寝る。…陣出ないし」

「明日早いしねー。オレも弦張り替えたら寝るよー」

「ん。…オヤスミ」


広いリビングに志朗を残して、階段を上る。

自分の部屋のドアを開けるその傍ら、陣の部屋のドアをちらりと見た。
主のいない部屋。
湊でさえ、中へ入ったことは数回しかない。それもその筈、陣は自分の部屋に、仲間ですら容易に入れようとはしない。

性分、なのだろう。


固く閉ざされたドア。


それはまるで、陣自身のようだと。



湊は一人、そう思ったのだった。


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