真夜中の繁華街は心地いい。

自分が誰であったとしても、何者であったとしても、誰も気に留めない。

女たちの香水の匂い。
酒の匂い。
夜の街の匂い。

それらに包まれているときは、自由でいられるような。

そんな気がしていた。


底なしの解放感。


だからこそ、自分は夜中にフラフラと繁華街をうろつくのだけれど。


今は、その解放感を心から楽しめない。


心の奥に、大きな腫れ物が出来てしまっているからだ。






と或るdining bar。

カウンター席に並んで腰掛けているは、陣と、あともう1人。

陣が唯一慕う、この世界の先輩。抱かれたい男ランキング三連覇中の、今、日本で一番セクシーな男性俳優。

辰巳結城、その人だった。

オールドグラスをぐいとあおると、辰巳はさも愉快そうに、陣に向き直った。


「で?親友がゲイだったっていうのがそんなにショックなのか、陣」

「……何にも面白くないっスよ……」


親友が、というだけで、お茶を濁したつもりだった。けれど、生憎辰巳は勘の鋭い男だ。抉られるだろうなと思った傷口は、確実に抉られてしまう。隠しても無駄なのに、つい隠してしまう。自分がその事実を認めたくないからだ。

辰巳相手に、それは意味のない事なのに。


「お前のいう親友っていうと…瑞樹か、亮介か。そんなところだろ、どうせ」

「………」


陣の沈黙が、辰巳の問いに解を与えている。
苦虫を噛み潰したような表情をしてから、陣も辰巳に次いでグラスを煽った。

それをみた辰巳が、声を上げて笑った。そして、陣の肩を叩く。強めに叩かれた肩をさすりながら、陣がため息をついた。


「実際目の前でキスなんてされたら、なんてコメントしていいかわかんねぇッスよ…」


子どもの頃からずっと一緒に育ってきて、隠し事など一つもないと思っていたのに。

子どもから、いきなり大人になってしまった。それも、得体の知れない大人に。

まさか、瑞樹と亮介が、という思いが先に来てしまって、己の感情をどこにぶつけていいのか、分からなくなっていた。それ故の逃亡だった。


「そんなショック受けるほどの事か?」

「…辰巳さんにしちゃ他人事ッスからね」

「ま、そりゃそうだ。別にいいだろ、瑞樹と亮介がどうだったって。あいつらの自由だ」

「それは……そうッスけど」


素直に頷けないのは、自分だけ取り残されたような、置き去りにされたような。そんな感情も併せ持っているからかもしれない。

いや、それより、何より。


「男同士ッスよ?」


そう言うと、自分の顔が情けなく歪んでいることに気がついて。陣は辰巳から目を逸らした。

男同士。

これ以上、違和感を感じる理由はない。


けれど、何故だろう。隣の辰巳は、それを聞いても眉ひとつ動かさない。むしろ、だから何だ、と肩をすくめる。


「……出るぞ、陣」


カウンター席に掛けていたジャケットを羽織ると、辰巳は突然陣の腕を引いた。


「ハイ、あ、すんません、ごちそうさまッス…」

「おう」


バーテンダーに色をつけて支払うと、釣りも貰わず、辰巳は陣を引いたまま、店を後にした。

辰巳が店を出るそのすがら、店内の視線が一斉に辰巳に注がれるのを感じた陣は、辰巳結城の存在感の大きさを感じた。まだ自分にはない大きなそれに、陣は抵抗するでもなく、そのまま腕を引かれていた。





店の外に出ると、秋の風が二人を吹きつけた。

思わずジャケットに手を突っ込む陣だが、辰巳に掴まれた腕は、まだそのまま。離されてはいない。

辰巳は、なにやら悪巧みをしている子どものように、陣に気づかれないよう、ニヤリと笑う。


「おい、陣。ちょっと実験するぞ」

「ハイ?な、にっ……!」


ぐい、と腕を引き寄せられた。
油断しきっていた陣は、そのまま辰巳の腕の中に収まってしまった。

そして、何をするのかと問うより早く、辰巳の唇が陣の唇を塞いだ。


夜の繁華街、その路上で。
辰巳と口付けていると陣が自覚するその直前、辰巳は陣の身体を腕の中から自由にした。

茫然自失、とはこの事だ。

陣は言葉もなく、何が起きたのかと目を白黒させる。
それを見た辰巳が、悪戯が成功したと言わんばかりに笑う。


「実験結果、大したことなかっただろう?」

「じ、実験って…!」

「お前がその辺の女とするキスと俺が軽はずみにお前にしたキスと、何が違うんだ?」

「それはッ………!」


……何が違うのだろう?


言葉が、出てこない。



それを察した辰巳が、陣に向かって両手を広げてみせる。


「こんなもんだ。男と女だろうが男同士だろうが、行為自体に大した意味なんてねぇんだよ」

「………」

「問題は中身だ、中身」


路上で突然腕を引き寄せられ。
腕の中に収められ。
抗うより先にキスをされ。

今だに呆然とする陣に、辰巳は何て事ないと言わんばかりに笑ってみせる。

中身が肝心なのだと、そう言って。


ふと、思う。

瑞樹と、亮介の事を。



「よーく考えろ青年。んじゃ、俺は先に帰るぞー」


流しのタクシーをつかまえて、辰巳は陣に背を向ける。タクシーが止まると、辰巳は陣にニヤリと微笑みかけた。


「また連絡する。次は油断すんなよ?またキスされたくなかったらな」

「お、お疲れっした……」


辰巳結城には、振り回されっぱなしだ。




タクシーを見送ると、路上には、陣一人が取り残された。

夜の風が、陣の頬を撫でる。

ひやりとして、冷たい。


頭の中は、辰巳にいわれた言葉でいっぱいだった。

瑞樹と亮介が、お互いに…好きだというのなら。

だとしたら、受け入れるしかない。


問題は、中身だ。


「……辰巳さんには敵わねぇな……」


教えを請うと、意外な方向からヒントをくれる。
伊達に抱かれたい男no.1を三年も守っていない。


夜の街を、ホテルへ向かって踵を返す。

秋の夜風が、突然のキスに火照った自身を冷やしてくれやしないかと。少し上がった体温を持て余しながら、陣は繁華街を歩いた。



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