自分のことだけ考えていられるのは、子ども時代だけだ。

大人になってくると、そうもいかない。

BUCKSとして、これまで陣は、自分なりに仲間を思いやってきたつもりだった。

けれど今、その仲間に対して、どんな行動をとればいいのか、どんな言葉をかければいいのか、分からなくなってしまった。


『陣の特別でいたいから』


向けられた感情の正体は、何なのだろう?

発せられた言葉には、どんな意味があるのだろう?



今は何も、知りたくない。



(それは全部、きっと)




(……勘違いだ)


















写真を撮られたことは、これが初めてじゃない。女優やタレントなんかと写真を撮られることは、正直慣れている。

けれど、まさかよりによって、辰巳との写真を撮られるとは。

男同士の写真ということもあって、陣は少しだけ動揺し、気落ちしていた。

自室のベッドで寝転び、時間が過ぎるのを待つ。寝付けるわけがない。頭の中は、例の写真でいっぱいだ。


「陣!!いるの!?」


(…なんだよ……)


ドアの向こう、階下からだろう、夏の声が聞こえた。むくりと起き上がり、煩わしげに頭を掻き毟る。

逃げ込んでいたホテルから戻り、久しぶりの我が家のはずだが、なぜか窮屈に感じる。


「なんだよ」

「よかった、ちゃんと大人しく戻ってたわね」


舌を打ちつつ、階段を下りる。リビングには、湊をはじめ、他のメンバーたちも全員夏と一緒に帰ってきていた。

リビングのソファに陣が腰掛けると、夏がテーブルの上に写真を置く。まだ何かあるのか、と眉根を寄せると、夏は呆れたように肩をすくめた。


「出版社にはうちから手を回したわ。陰影を調整して、後ろ姿だけじゃあんただと判別はつかないようにした」


ため息混じりにそう言う夏だったが、だがその一言に、陣をはじめ、その場にいたメンバー全員が内心で安堵した。

辰巳結城と路上でキスをしただなんてメディアにバレたら、それこそ目も当てられないことになる。それは想像に難くなかった。

一旦は、その可能性がなくなったのだ。そう考えると、全員がホッとため息をつくのも無理はなかった。


「……わりぃ」

「ホントよ。今回ばかりは肝が冷えたわ。雑誌に載りたいなら、もっと別の方法で載ってちょうだい」


陣は写真を手にとると、グシャリと潰して。ソファの前のゴミ箱に投げると、くしゃくしゃになった写真は、綺麗な弧を描いてそこに吸い込まれていった。


「でも忘れないでよ。その写真が載った本誌が発売されることには変わりはないわ。今は辰巳結城との余計な接触は控えなさいよ、陣。わかった?」

「あぁ…わかった」

「ok.じゃあ、明日のスケジュールの確認だけど。いい!?全員聞いて!」


夏は翌日のスケジュールを確認した後、忙しなくキューブを出ていった。




残されたのはいつもの五人だが、しかし、どこか空気が違う。

和気藹々と会話をするでもなく。

陣はそそくさと自室へ戻ってしまう始末。


そしてそんな陣に視線を送りながら、しかし話しかけることができないでいるのは湊だ。


「………」

「どしたミナトー?疲れてる?」

「えっ?あ、うん…ううん、何でもない……」


やけに瞬きをしている。陣を目で追いかけている。そわそわとしている。

湊のおかしな様子に気がついたのは、志朗だけではない。無言でその様子をうかがっていた瑞樹は勿論、亮介ですら気がついていた。

そして、そんな湊の様子を目の当たりにしながら無視を決め込んでいる、陣のことも。三人は気づいていた。

ボタンを掛け違えたような、どこか不自然な空気が、五人の間に流れていた。














真夜中。

キューブが静まり返った頃。

たった一人、ダイニングで新曲の歌詞カードを読んでいるのは、陣だ。

テレビをつけるでもなく、黙々と歌詞に向き合っていると。


−−ギシ、


床が軋んだ音を立てた。それと同時に感じた、人の気配。

そこに立っているのが誰なのかなんとなく想像でできていた陣は、あえて顔を上げなかった。

すると、堪り兼ねたかのように、その人物は陣の名前を呼んだ。


「……なんだよ」


煩わしげな表情で、顔を上げる。

ダイニングテーブルの前に立っていたのは、湊だった。


(……何なんだよ)


面倒なことは苦手だ。嫌いだ。イライラする。

陣はおもむろに椅子を引くと、歌詞カードを片手に席を立とうとする。
それを見た湊が、慌てたように陣を呼び止める。


「待って、陣…!」

「静かにしろ、上で寝てる奴いんだろ」


本心では、湊と会話をしたくない。何故か、と聞かれたくもない。

けれど、湊はこちらのそんな都合なんて、御構い無しだ。

湊は、自分の気持ちを吐き出すまで、人に請われて立ち止まるような奴じゃないと、陣には分かっていた。


「俺っ、……あの写真見て、ごめん、ちょっと、カッとなっちゃって…」

「………」

「陣が辰巳さんと付き合ってるのかと思って…俺、すごい…なんか、ムカッとしちゃったんだ……」


湊がつらつらと話し始めること、その結論がどこにたどり着くのか。
それを推し量りながら、眉を顰めて聞いていた。


…嫌な予感しかしない。



「俺…みんなのこと、家族みたいに思ってるよ。…だけど……だけどさ」

「………」

「おかしいよね、自分でもさ、なに話してんのか、よくわかんないんだ。ただ、今回のことで…陣のことは、他のみんなとは…もしかして…少し違うのかなって……」


…違わなくていい。


自覚するな、悟るな、分かろうとするな。

そんな言葉を湊にぶつけたいが、しかし、目の前で微かに震えながら言葉を紡ぐ湊に、それを残酷に言い放てるほど、非情にもなれず。

ただ、黙り込む。


耳を塞ぎたい。

せめて、出来ることといえば。

傷が深くなる前に、湊を、拒むことだけ。


「俺……ホント、よくわかんないんだ、ただ、嫉妬しただけなのかな……辰巳さんに……」

「…フザけてただけだ、辰巳さんは」

「でも!…それでも、俺…全然、面白くなくて……全然、笑えなくて…」


やめろ。

やめろやめろ、考えるな。

何で嫉妬したんだろう、なんて考えるな。


歌詞カードを握る手が震える。微かに。湊の心の行方が分からず、恐ろしい。

頼むから、これが『恋』だの『愛』だのなんて、言ってくれるな。



「……これってさ、……これって……、………」


(もういいやめろ)


「…やめろ」

「っ、……!」


心のままに言葉を散らしていく湊を遮った。

このまま湊の言葉を聞いていたところで、自分の望まない結果になる気がして。

陣は今度こそ席を立つと、歌詞カードを机に叩き置いた。

大きな音に、湊の肩が揺れる。


「特別だなんだって言ったのは……単なる方便だ」

「……方便……?」

「ブタも煽てりゃ木に登るっていうだろ。それと同じだ。煽てりゃお前だって歌のひとつやふたつ歌えるだろ?だからそう言ったまでだ」

「……そう…なの……?」

「俺にいいようにされてたってだけだ。特別だとか何だとか…その辺でやめとけ。そんなのは勘違いだ」

「………」

「先に上、行くわ。…オヤスミ」


自身の口から放たれたばかりの言葉を、懸命に咀嚼しようとしている湊の隣を通り過ぎる。

かける言葉は、これ以上何もない。


陣にしてみたところで、ライブ前のあの言葉、『お前は特別だ』と言ったことは、嘘でも何でもない。ただ本当に、歌う神名湊は誰よりも特別な存在だと、本気でそう思っていたからこそ、言ったまでのことで。


そこに愛情だとか恋愛感情だとか、勿論、そんな他意はない。あるのは『尊敬』だけだ。


湊が『特別だ』と言った自分の言葉を、そんなに大切にしていただなんて。

それこそ、陣にとっては驚嘆に値する誤算だった。


そして、それが原因で、まさか、『陣の特別でいたい』だなんて、そんなセリフが出てこようだなんて。思いもよらなかった。



しかし、たった今、湊のフワついた気持ちを全否定したのだ。

いずれにせよ、これで湊との間に、瑞樹と亮介のような関係性が生まれることはなくなった。


まずはそれでいい。




陣は湊の横をすり抜けると、そのまま二階へと階段を上がっていった。

湊が呆然と立ち尽くしているのは、得体の知れない気持ちのやり場を失ってしまったからかも知れない。




自室のドアノブをひねる。

湊を振り返ることなく後ろ手にドアを閉めると、足元の埃が舞った。



(……嫌な気分だ)


困憊しきった瞳を伏せながら、陣はベッドへとダイブした。

そして、階下で今立ち尽くしているに違いない湊の、ライブ前、震えるその姿を、まぶたの裏に思い返していたのだった。



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