二、松から松まで


チビ太さんからメールをもらって、部屋着でダラダラしていた私は急いで支度を始めた。
支度と言ってもまだ会社用のメイクも落としていない状態だったから、下はジーンズに上はパーカー、髪を高い位置で一つにまとめれば、それなりに身なりは整った。パーカーはセールで買った女っ気のないグレーのだけど、大丈夫だろうか。六つ子もこの辺の人って聞いてるし、きっとラフな格好で来てるよね。あとは今日使った鞄から財布だけを抜き出して、スマホはポッケに、玄関で家の鍵を引っ掛けたら準備は完了。徒歩5分のハイブリッドおでん屋へと向かう。
玄関を出たところでスマホを取り出し、今向かっていますと返信しておいた。春の宵特有の緩い空気が気持ちいい。早足になるのを抑えて歩いた。

チビ太さんのおでん屋はベランダの窓から灯りが見えるだけあって近い。この橋を渡って川の向こう側。一応家を出る前にベランダから目を凝らしたけど、中に人がいるかどうかまでは確認できなかった。
それがどうだろう。もう暖簾の下に並んだ足が確認できるところまで来てしまった。
ほとんどの人はジーンズを履いているようで、この格好で来て正解だったとまずはホッとする。次に並んだ足を数えてみると確かに六人分だった。でも奥から順番に、よく動く足、組まれた足、小刻みに揺れている足、じっとしている足、生足、内股の足、六つ子にしてはどれも似つかない感じがする。ん?生足!?
中の笑い声が落ち着く瞬間を見計らって、どきどきしながら暖簾をくぐった。

「こ、こんばんはー」

おう、芽衣子ちゃん!待ってたぜ!と前回と変わらないチビ太さんに笑顔を向ける。

「これが話してた六つ子でい。まあ今日は肩の力抜いてこいつらとゆっくり飲んできな。ろくな奴らじゃねえけどよ」

チビ太さんに対して六つ子達から一斉にブーイングが起きた。なんだよそれーとか、ボク達の第一印象悪くするのやめてーとか野次が飛んでいる。でもそのやりとりには棘がなくて、声には親しみが込められているようだった。緊張していた頬が緩むのを感じる。今日はこの場の雰囲気にとことん呑まれてみよう。

「みなさん初めまして。篠森芽衣子です。みなさんのことチビ太さんから聞いて、お会いできるのを楽しみにしていました。今日はご一緒してもいいですか」

六つ子に向かって挨拶をした。
いつの間にか野次は止んでいて、みんなこっちを見て耳を傾けてくれている。冷静に考えると同じ顔が六つ並んでいるのって壮観だなあ。

「もちろんだよ!僕たちもチビ太から芽衣子ちゃんのことは聞いてるんだ。すごく可愛い子がいるって。僕たちの方こそ迷惑じゃない?すごく騒がしい兄弟だけど。あ、僕は三男のチョロ松。よろしくね」

最初に声を掛けてくれたのは真ん中辺りに座る緑の人。あ、いくら心の中でも着ている服の色で呼ぶなんて失礼だよね。そっか、これからそれぞれの顔と名前を覚えなくちゃいけないんだ。

「チョロ松〜!自分は違いますけど、みたいに常識人ぶるのやめてくんない?おまえもクズだかんね俺らと同じ。ね、芽衣子ちゃん!そんなわけだからクズ六人と飲むよりクズ一人と飲んだほうが絶対ラクだよ。六つ子を代表してこの長男おそ松さんとこれから二人で出掛けない?」

どんな理屈だよそれ!とツッコむ緑の人チョロ松さんと、赤い人おそ松さんとのやりとりを見ていたら堪えきれずに笑ってしまった。

「ぷ、くく......ふふ、あははは!ごめ、ごめんなさい、我慢出来なくて、ふふ、本当に面白い方達ですね」

だろ?と口の端を上げて目配せをしたチビ太さんは、六つ子に向き直ると、てやんでいばーろい!いつまで芽衣子ちゃん立たせとくつもりでい!詰めやがればーろいちくしょー!と声を張り上げた。
そういえば入り口に立ったままだった自分のうっかり加減に呆れつつ、すみませんと謝りながら長椅子の右端にスペースが出来るのを待つ。
一人座れるぐらいの空きが出来たところで、一番手前にいるピンクの人がポンポンと座面を叩きながら声を掛けてくれた。

「お待たせ。ごめんね?足痛くなかった?ボク末っ子のトド松、よろしくね。芽衣子ちゃんの隣で嬉しいな。兄さん達に変なこと言われたら無視していいからね。ねえねえ、ところでLINEってやってる?ボクとふるふるしない?」

可愛いなにこの子、女子力高い。
トド松さんの印象はそれだった。口はあひる口だし絶妙に上目遣いだし、スマホを持つポーズだけでこんな風に可愛いって作れるんだね!感動してしまった私は弟子入りをする勢いでトド松さんとLINE交換をした。
ところで隣のトド松さんは末っ子だと言った。一番奥のおそ松さんが長男で、中ほどのチョロ松さんが三男。今までの自己紹介から察するに、この並びってもしかして。

「あの、もしかしてご兄弟の順番に座られてるんですか?」

六人の誰にとはなく推論を口にしてみた。すると、トド松さんのすぐ隣から、そう!と元気な答えが返ってきた。
あ、この黄色の人は生足の。

「でもなんでわかったの?すっげー!!エスパー?すっげー!ねえ芽衣子ちゃんって何してる人なの?占い師?予言者?ボクの名前もわかる?」

わかるわけないだろ!というチョロ松さんのツッコミが聞こえているのかいないのか、五男さんは笑顔でじっと私の顔を見つめている。

「え、ええっと、エスパーじゃないですよ!おそ松さんとチョロ松さんとトド松さんの並び順から予想しただけです。でも合ってたんだあ、良かった〜。じゃあ五男さんですね?あ、私は占い師じゃなくて社会人三年目で普通のOLをやっています。お名前は、当てられそうにないので教えてもらってもいいですか?」

私の言葉をニコニコしながら聞いてくれたこの人はこの人で、トド松さんとはまた違う愛嬌を持った人だなと思った。
身体から毒気がどんどん抜かれてふにゃふにゃになってしまいそうだ。
ボク十四松!すげえ野球が好き!と追加情報も教えてくれた。そうか十四松さんは野球が好きなのか、覚えておこう。
自分の職業を聞かれたことで、そういえばみんなの職業を聞いていないなと思った。

「あの、みなさんは何をされている方達なんですか?」

私は何か間違ったことを言っただろうか。
チビ太さんも含めてこの場にいる全員の空気が固まった後、おそ松さん、チョロ松さん、トド松さんが頭を抱えて叫び始めた。

「うわー十四松それはないわー!マジやらかしたよね。俺ら意図的に避けてたのにさー、もう!」
「しょうがないよおそ松兄さん、十四松兄さんだもん。でもまだワンチャンあるよ誤魔化せばいいんだよ、ね?チョロ松兄さん、なにかフォローしてよ」

「ニート」

そう発言したのは期待されているチョロ松さんではなくてチョロ松さんの隣に座る紫の四男さんだった。

「僕達ニートだよ。六つ子なのに揃いも揃ってニート。引くでしょ。ねえ、引いた?あ、僕は一松。まあ覚える必要ないけどね」

みんな既にそこそこ出来上がっていたけど、この一松さんは目も半分閉じていてほっぺも少し赤くて一番酔っているみたいだった。でも他のみんなのリアクションを見ると、オワッター!とか言って狼狽えているから多分一松さんのニートっていうのは酔っ払いの冗談ではないんだろう。
私は嬉しさが込み上げて来た。六人揃ってニートなんだ!なんて羨ましいんだろう!いや、嫌味とかじゃなく。毎日会社と家とを満員電車で往復するだけの私にとって、ニートという言葉には砂漠のオアシスに匹敵する響きがあった。
目の前の人達が憧れのニートだという事実にすっかり興奮した。

「みなさんニートなんですか?すごい!!私ニートって実は憧れてます!いいなー、働きたくないなー!!」

みんな私の反応にポカンとしていた。引くでしょなんて聞いてきた一松さんでさえ、びっくりして固まっていた。
私はまた間違ったことを言ってしまっただろうか。身を乗り出して目を輝かせてしまったのは確かにちょっとやり過ぎだったけど。ところで、どうしてみんなの顔が赤いんだろう。一松さんは下を向いてしまったし。
沈黙を破ったのはまだお話ししていない次男さんだった。

「フッ。ついに運命の待ち人が現れたようだな。マスター、そちらのカラ松ガールにこれと同じものを。俺か?俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松だ。芽衣子、照れなくていいぜ。なあ、俺を養わないか?」

ぼーっとしていたみんなもカラ松さんの台詞で正気に戻ったみたいだ。
不幸なことに当のカラ松さんはみんなから言葉やいろいろなもので集中砲火を浴びている。マスターなんて呼ぶんじゃねえやいばーろーと零すのはチビ太さん。

「あんなこと言ってるけどよ、芽衣子ちゃんあいつと同じ梅酒の水割りで本当にかまわねえ…かい……って、ええ!?」

わ!チビ太さんに見られてしまった。
男の人からの呼び捨てにもあんな風にストレートに口説かれることにも、免疫ないからね私!顔が赤くなるのなんて仕方ないじゃない!
チビ太さんの反応にみんなも気づいたようで、六人の視線が私に集まる。
ますます恥ずかしくて真っ赤になる顔を両手で覆ったら、えええええ!!??という五人分の叫びと誰かのクソ松殺すという声が聞こえた。

カラ松さんへの集中砲火が再開されたことは言うまでもない。



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