Reiven
──宝石狂いの海賊。
そう呼ばれる男は、宝石の如く美しい男だった。
磨き上げられた硬貨よりも煌びやかな銀糸の髪。
真珠のように艶やかで日焼け痕もない完璧な白肌。
形の整った上に光沢のある爪に、精巧な石像のように端正な顔立ち。
そして、首飾りの青玉と同じ青いの双眸。
初めて目にした時、貴公子の如き男の姿に、ただただ困惑した。
喧嘩を売って負けたのは海賊船だったはずなのに、敵の船から姿を現した男が貴族のように小綺麗な格好で、生物とは思えないほどに端正な顔立ちをしていたのだから無理もない。
見れば見るほどに、宝石好きという一点を除いて"海賊らしくない海賊"だと思った。本当に貴族として王族と謁見することもあるというから尚更。
その考えは乗船員になって十日で消えたが。
横目で見てみれば、今その男は装飾が施されたグラスの中の葡萄酒を傾けている。真珠が埋め込まれているんじゃ無いか、と疑うような喉仏をこくりと上下させればこちらもあわせてごくりと唾を飲む。
赤いバルーンバックの椅子に片脚を立てた、どこか荒々しい座り方は、普段と比べれば海賊らしい。無論、この男だからこそ自分の中の"海賊"の合格点が低くなった上での評価だ。そんな海賊が仕草一つに妖艶さまでも宿してしまうのだから……本当に何者なのだろう。否、考えるのは良そう。
思考を振り切るように視線を目の前に戻せば、普段からは想像できない豪華な料理の数々。勿論、犯人は他でも無いこの男。
詳しい話は忘れたが貴族のパーティーで振る舞われた食事の余りを乗船員にお裾分けということらしい。
珍しく気の利いたことをする船長の行動はどうやら機嫌の良さからきているらしい。心なしか口数も増えている。
普段はあからさまに喜んだりはしないが、素人目にもわかるほどに機嫌が良いのだ。
今目の前で調子に乗った乗船員にも冗談を言い返す男が、乗船十日目で目撃した、元同僚もとい船長室の宝石の窃盗未遂をした馬鹿を、雑巾搾りのように捻り上げて、四肢を結んだまま海へと叩きつけ、ヤバそうな鮫もどきに乱喰いさせた冷血漢と同一人物だとは思えない。
普段とは違う、前髪を後ろへ撫でつけた髪型が貴族として王城へ行っていたことの証だが、そこで何があったかを聞く馬鹿はここにはいない。普段は船長の奇行を疑い馬鹿な質問をしそうな奴らも今は目の前の料理に夢中になっている。実に結構。
もちろん、気にならないわけではないがこの男の機嫌が良いことには宝石が絡んでいるに違いない、と思っておくことにする。
「──だろう? まったく、笑える」
ふと耳に入った男の声に鼓膜が奮い立つ。
笑えるなどといいつつも、目を細めるだけにとどめた表情は笑顔というにはかなり控えめだ。
いつも照明に反射し光を帯びた青い瞳が向けられると同時に、心臓に直接触れられたような錯覚に陥る。
自分はもう知っている。
その男の瞳──それは青玉などではなく、奥深い海の青。
眩く輝くその美しさに魅入られ、呑まれ、溺れたならばそれが最期。四肢を食いちぎられ、魂さえも引き摺り込まれてしまうような、そんな深海の色と冷たさを宿した瞳なのだと。
「――なぁ、オマエはどう思う?」
え。
(……や、やばい。何も聞いてなかった)
額から溢れた汗が眉間を伝う。
今自分に聞いたのかと問いたくなるが、視線がばっちり合っている。気分は板の上で銛に貫かれた魚だ。
聞いていなかった、という素直な言い訳がこの男に通じるだろうか。
通じ──……るかもしれない?
嗜む程度にしか口にしていない葡萄酒で酔っているとは思わないが、乗船員でしかない自分に話しかける程度には超がつくほどのご機嫌。ならば、ここで言い訳を話しても問題はないのかもしれない。否、ご機嫌取りのために嘘をついてもバレるに決まってるに決まってる。
やばい。泣けてくる。実際、汗が目に入って沁みるし。痛い。え、痛い。マジで涙出る──などと心の中で喚いてはみるものの、涙が解決してくれるはずもなく。
そもそもいち乗船員でしかない自分に、この男が世間話を振ってくるなど想像できただろうか。普通に会話できると期待すること自体が烏滸がましいとすら思う。不運だと運命を恨むことしか出来ない。
なんでこんなこと考えてるんだっけと思考を放棄したくなる。
否、自分の意見などどうでもいい。
それよりも船長の言葉に応えないという状況が不味いのだ。不機嫌になればこの男が何をするかは残念ながら想像がついてしまう。
即座に素直に応えていたならば一言で事足りる。しかし、思考は見抜かれ、言う前に切り捨てられるかもしれない。
肉塊からの微塵切り。その後は海に撒かれて魚の餌。
もう何を言っても斬られるイメージしか出来ない。
とにかく応えなければ。
「すみません! み、見惚れていて、聞いてませんした」
あ、これは死ぬな。と、ヤケクソになって答えた後で自らの運命を覚悟するように視界に幕を下ろす。
それでも──
──綺麗な青だなぁ。
最期まで見えた色にそう思わずには居られなかった。
尚、死を覚悟した乗船員とは逆に、その男──ラムズ・シャークは、「ああ、知ってる。だから、わざと聞いてみた」と、いたずらっ子のような薄笑みを浮かべ、その場の全員の脳機能と心機能を一時停止させたのは言うまでもない。
@Re_ivu_n