01 〈聖魔法〉の使えない無能令嬢
古びた離宮へわざわざ呼び出しがかかり、父親であるダスメリカ公爵当主の元へ尋ねてみれば、顔を合わせてそうそう、機嫌のよい声で言った。
「使い道、と言いますと……」
わたしセラエル・ダスメリカは、ダスメリカ公爵家の長女だ。でも、「使い道」なんて言い方をされてしまっているとおり、|曰《ヽ》|く《ヽ》|付《ヽ》|き《ヽ》の長女だった。
お父様と義母様は、結婚してしばらく、跡継ぎに恵まれなかった。後継ぎ問題で家がみるみる不穏な空気に呑まれていくなか、ついにお父様が不貞行為を働いてしまう。
そうして生まれたのがわたしだった。
わたしの母親は、遊女として働いていた第五王女のリリー殿下。でもこのリリー殿下もワケありで……彼女もまた、当時の王が侍女と不貞に及んだことで生まれた子供、王族から逃げ隠れて生きていた子だった。
不貞によって生まれた子が、また不貞によって子を産んでしまう。呪われた子供とさえ言われたけど、子宝に恵まれないダスメリカ家は、しぶしぶわたしをダスメリカ公爵家第一令嬢として育てはじめた。
「お前には散々金を使ったんだ。ようやく家から追い出せるのかと思うと、酒が進むわい」
お父様はそう言いながら、ひとりワインを飲んで意地汚く笑う。……お父様はいつも飲んでいるけどね?
──散々金を使った=B
お父様の言うとおり、幼少期はすごく目をかけてもらっていた。
腐っても王族の血を引く娘──「もしかすると〈聖魔法〉が使えるようになるかもしれない」そう期待され、さまざまな礼儀作法、教育、魔法を厳しく叩き込まれた。
王族の血を引く者だけが、稀に聖属性の魔力≠持って生まれることがある。〈聖魔法〉を使える者はそれはそれは重宝され、もしわたしが使えたなら、このダスメリカ家は一躍脚光を浴びたはずだった。
『セラエル様にはたしかに聖魔力が宿っているようですが、〈|聖《ヽ》|魔《ヽ》|法《ヽ》〉|は《ヽ》|一《ヽ》|切《ヽ》|使《ヽ》|え《ヽ》|ま《ヽ》|せ《ヽ》|ん《ヽ》』
このときわたしは齢八歳。一流の魔法士によって告げられた言葉で、義母様とお父様は絶望した。
……そしてわたしは、「期待外れの無能」と蔑まれ、離宮に放り捨てられた。
「持参金も王族側が用意するそうだ。今後もうお前の面倒を見なくてすむと思うと……ふはははっ。これで王族に恩も売れるしな」
「お話が……読めないのですが?」
「お前の婚姻が決まったんだよ! 無能で穀潰しのお前のな!」
お父様はそう大声で言い、わたしはびくりと肩を震わせた。幼少期に勉学に励んでいたとき、〈聖魔法〉の練習が上手くいかないとき、何度も何度も怒鳴られた声だ。無意識に震えていた拳を落ちつかせ、静かに問いかける。
「そうなのですね。ご縁を結んでくださり、ありがとうございます」
いろんな感情がせめぎ合っている。
お父様と義母様はきっと毒親……なんて言葉を使うのはよくないよね。あまりいい両親ではなかったのかもしれないけど、たしかに幼い頃から高等教育を受けさせてくれて、期待をかけてくれた。離宮で暮らせと言われたあとも、最低限の食事は与えてくれたし、魔法学園に通うようになってからは、みすぼらしくない程度には服飾品を揃えてくれた。
二才時点で聖属性の魔力を持っているとわかったときは喜んでくれたし、期待させておいて──裏切ったのはわたしだ。
離宮で暮らせていたのも、むしろ家で息苦しい思いをせずにすんでよかったと思ってる。そのうえ諦めていた結婚まで叶えられるんだから……っと、その前に、相手はやっぱり……ちょっと気になるな。
「お前の婚姻は王命で決まったのだ」
「お、王命ですか!?」
いつもより声が大きくなったせいで、お父様は顔を顰めた。
「一応お前は王族の血を引いているからな。相手の求める条件に当てはまっていたのが、お前だったらしい」
「その……お相手というのは」
お父様は翠眼をいやらしく細め、ますます悦に入ったように言う。
「辺境伯だ! 〈魔の森〉を支配している、あの辺境伯だよ!」
……辺境伯、様。
お父様は饒舌になって続ける。
「お前も知っているな? 正体不明で、ほとんどパーティに顔を見せないサファイエ辺境伯のことは」
「は、はい」
「あの〈魔の森〉を管理しているんだ、残虐非道な行為を好み、日々血潮を浴びて嗤いながら魔物を狩っていると聞いたぞ」
でも、そのサファイエ辺境伯様のおかげで、わたしたちの平和が守られているのはたしかなんだから……そんなふうに言うのはあまりよくないですよ……。
「お前はいずれ知ることになるだろうから伝えるが、王族によると、彼は魔族らしい」
「魔族!?」
応接間になぜか盗聴防止の魔法がかけられていると思ったけど、もしかしてこの話をするため……?
「近いうちに世間にも公表するそうだ。ふむ、冷酷魔族辺境伯か。お前にはぴったりじゃないか!」
わたしは膝の上に手をのせたまま、左右を怯えたように見回した。
魔族の差別をなくそうという動きがあるのは知っているけど、わたしは人間以外の人と婚姻を結ぶの? ……しかも、黒い噂の絶えない、戦闘狂とさえ言われているサファイエ辺境伯と?
「それ以外に……サファイエ辺境伯様について何か伺ったのですか?」
「あぁ。なんでも二千歳を超えているらしいぞ」
どういう……こと……? つまりわたしは、お年を召した旦那様と結婚をするの?
「魔族の中でも、インキュバスという種族らしい。たしか淫行を好む種族だったか? よかったなぁ、お前の体もようやく日の目を見ることができそうだぞ! まぁ、そんなご老体でどこまでできるのかは知らぬが」
お父様は下品な笑い声を出して酒を含んだ。
やっと家から出て自由になれる、義母様たちに迷惑をかけなくてすむ、夢見ていた結婚の話が出た──と思った、のに。
「わたくし……そんなの……。ご年配の魔族と、だなんて……」
「嫌とは言わせないぞ」
お父様の声に威圧がかかっていく。
「わかっているな? 王命だ。王族の血を引くお前が指名されたのだ。そのうえ、身支度が自分でできる娘をと言われたそうだ。魔族の城だからな、十分な使用人もいないのだろう」
たしかにわたしは、離宮で暮らすようになってから、身支度のために侍女を送られることはなくなった。今も髪はただ伸ばしっぱなしにしているだけで、豪奢に結わえてもらったことはない。洗濯も自分でやっているし、着替えも魔法を使いながらどうにかこなしている。
それがこんな、──仇になるなんて。
「もちろんこの家に戻ってきたいと縋っても、お前の居場所はないからな。お前が出たあとは、離宮はすぐにシャーロットの倉庫にするつもりだ」
お父様は眼を光らせて言った。
「三日後に迎えに来るそうだ。お前の荷物は少ないんだから、それで十分だろう? さ、早く婚姻届にサインをしなさい」
「あの……サインはしますから。自室で書いてもいいでしょうか? 心の整理を、付けたいのです」
お父様は眼をぎらりと尖らせる。何か言いかけたけど、放り捨てるように言った。
「重要な書類だ。失くすなよ?」
わたしはとぼとぼと廊下を歩き、離宮へ戻った。
……ああ、どうせ魔族と結婚するなら、ディアンシャ様と結婚できたらよかったのに。次の日魔法学園に登校し、彼の姿を見つけると、──ふとそう思ってしまった。