raz 15 加虐本能の下僕

 ──なんかおかしい。
 セラエルが俺を嫌う素振りがない。
 こいつ、なんで嫌いにならない?

 マーマレードに呼び出されたと思ったら、部屋でセラエルが泣いていた。なんで? 俺何かしたか? むしろことごとく空振りで手を拱いていたんだが?



 魔法学園の実践授業、〈魔の森〉の洞窟で泣いている彼女を見て、|こ《ヽ》|い《ヽ》|つ《ヽ》|に《ヽ》|し《ヽ》|よ《ヽ》|う《ヽ》と決めた。王から散々とやかく言われていた婚約≠ノついて、相手を選ばなければいけなかった。
 王族から出された条件はひとつ。「王族の血が入っていること」。でないと辺境伯である俺と王族の契約だと、国民に示しがつかない。

 だが現在未婚の王女は──顔馴染みもいるが、〈魔の森〉で生活するのは嫌がるだろう。特にあれこれ侍女に世話を焼いてもらって育ってきている者たちだし、一から百まで世話をすることはできない。王宮レベルの扱いを求められちゃ困る。まあ最悪向こうに選ばせて受け入れるのも致し方なしとは思っていたが、たまたまセラエル≠見つけた。
 彼女にも王族の血が入っているという話は聞いていた。不遇の出で苦労しているなと思っていたが、あくまで他人事。あの洞窟で彼女の涙を見なければ、あのままその他大勢と同じように扱うだけだっただろう。

 え? なんで涙が重要かって?

 俺は人を虐めて泣かせて苦しませるのが大好物だからだ。

 違う違う、俺のせいじゃない。俺の生まれ≠フせいだ。持って生まれたもの、「人の苦しみを悦びなさい」と神サマがお作りなされた。仕方ない、本能が求めるんだ。

 人間だって、美味しそうなハンバーグを見れば涎が零れるだろ? 女の裸を見れば男は欲情するし、堂々巡りの無味乾燥なスピーチを聞けば欠伸が出る。

 俺の種族は、涙を流す少年少女を見ると殺したくなるんだ。生理現象、本能、魂に刻み込まれている──だから俺は悪くない、証明終了。

 ……とはいえ御歳今年二千歳。ほとんど遊び飽きたゲームだと、特段俺から手を出して人間を玩具にすることはなくなった。


 だが洞窟でセラエルが泣いているところを見て、そのうえ俺を恃んで引き止めてくるものだから、……不覚にも、どうもその本能が擽られたらしい。
 こいつなら愉しめそうだと、妻ではなく玩具として嫁がせることにした。

 学園の様子を見るに、妹のシャーロットから散々いびられているようだ。「不貞の子」であり「|聖魔法手《エンジェル》のなり損ない」。あの様子からするに、家でもろくな扱いを受けていないのだろう。どこまで酷いのかと調査を入れれば、離宮でひとり、使用人も付けずに暮らしているという。

 ──どおりで。あんな可哀想≠ネ少女なわけだ。

 可哀想な子は好きだ。御しやすく、涙も流しやすく、苦しめやすく、依存させやすい。ディアンシャという名前で学園で彼女と過ごすうちに、すぐに心を開いて受け入れてくれた。……な? 簡単だろ。


 彼女はまだ歳若い。「ひとまず婚約を結ぶだけでもいいぞ」と王には言われたが、なるべく早く俺の手元に置きたかった。これ以上家で傷ついてほしくない。自分の玩具にすると決めた以上、別の誰かに壊されたくない。泣いていればたいがいかわいいが、できることなら泣く理由はすべて俺≠ナあってほしい。
 もちろん学園で妹にいびられているのも、見ていて嬉しいものじゃない。ただディアンシャとして仲良くしてからは、虐められるたびに俺に話すよう仕向け、悲しむ顔を味わえたので、──まあ、良しとする。


 「ディアンシャもラゼスキアも俺である」という件は伏せるつもりでいた。そのため、婚約者でいるあいだに魔族は嫌だと突っぱねられても困るので、とにかく強引に婚姻まで話を進めさせた。

 彼女を取り巻く不快材料を取り除くべく、侍女はひとりにしろと条件づけた。××にしてはなんて親切な計らいだろう、話せる相手がひとりでも近くにいるなら、新しい環境でも過ごしやすいと思ったんだ。

 ──だが、蓋を開けてみれば友達の影など露ほどもない、ただのセラエルの監視係だ。そのうえ荷物のあちこちに監視魔法やら盗聴魔法やらがご丁寧に施されている。
 無駄に複雑な作りだ。隠蔽魔法も上からかかっている。おそらく謎の多い辺境伯の情報を少しでも探ろうという下心もあったのだろう。ひとまず魔法を調整し、「解除されたのではなく、自然に魔法円がエラーを起こして壊れた」という風を装って無効化した。

 侍女が持っていたネックレスを見せると、セラエルは自分の母の形見だと答えた。
 そこで侍女が口を挟む。

『たしかにセラエル様のものですが、セラエル様の母上は、ダスメリカ侯爵様のご援助を受けていた身。そのネックレスは、ダスメリカ侯爵様のお金で購入したものかと。ですので、家に持ち帰ってほしいと言伝をいただいております』

 ジョークのつもりか? 鬼でも笑わないから学び直したほうがいい。
 可哀想なセラエルは、侍女がいたり魔法がかかった荷物があったりすれば、自由に屋敷で過ごせないだろう。できるかぎり等身大でいてほしかったし、素直に話せる場所を作ってやりたかった。……だってそうじゃなきゃ、「お父様に怒られるから」「淑女として相応しくないから」と言って、泣いてくれない。頼ってくれない。甘えてくれない。

 今も変わらず、侯爵家での洗脳≠フせいもあって、まだまだ謝り癖が抜けてない。何かあればすぐに自分が悪いと思う。自分を責めて謝りにくる。もう少し健康的になってくれないと、ちとつついただけで朽ち落ちてしまいそうだ。


 ──当初の俺の予定としましては。辺境伯家では突き放したり無下に扱ったりしてセラエルを泣かせ、その涙を堪能するはずだった。……とはいえ、傷つけすぎて速攻で玩具を駄目にしたくもない。王にも怒られる。
 だからある程度は優しくして、手をかけてやり、たまに意地悪をして愉しもうと思っていた。それに学園ではディアンシャ≠ニしてサポートができる。セラエルが辺境伯≠ノ怯えすぎていれば「辺境伯も何か考えがあるんじゃないですか」「ただ素直になれないだけかもしれませんよ」などとアドバイスを送り好感度調整をしつつ、一方で「完全に嫌われてますね」「それはセラエル様の顔も見たくないという意味では?」等とあることないこと言って追い打ちをかけ、ディアンシャ≠フときに泣かせて遊ぶつもりだった。

 ──だが。

『昨日徹夜されたのですか?』
『んー、まあ。そうだな』
『お口が乱れているのも、普段通りなのですか?』
『あー、うん。悪りい』

 外面用の冷徹漢は取り払ったとはいえ、おおよそ妻≠ノ向けるものとは思えないほど、雑な返事をしててきとうにあしらったつもりだった。

 なのに、なぜか、喜んでいる。

『ラゼスキア様のお屋敷の一員になれて嬉しいです!』

 ??????
 ドMか? なら一気に関心が干上がるんだが?

 俺は昨日、「抱くつもりはない。興味ない」と言ったはずだ。その前にも「ただの貢ぎモンだ。どうでもいい」と言い放った。そのときはたしかに落ち込んでいたはずだ。(かわいかった)
 傷んだ髪の毛を乾かしてやったが、あれがまずかったのか? あの髪を見ると、これまで侯爵家の振る舞いで彼女が傷ついたという証のように見え、不快感を覚えるんだ。他人で負わされた傷はすべて俺で埋めてやりたい。そうすれば多少玩具の強度が上がるはずだからな。


『一週間に二日くらいはお仕事がしたいです。もちろん学園から帰ってきてからも。もともと学園では、あくまで授業の単位さえ取れれば出席は自由とされています。きちんと最後まで卒業し、魔法でもお力になれるように頑張ります!』

 妻として仕事がしたい、お力になりたいです!、とぴょんぴょん跳ねるような勢いで健気に俺を見つめてくる。……なんでだ。

 貴族令嬢の夫としては、それなりに冷たく振る舞ったつもりだ。

 |玩具《あいて》によっては、腹を蹴りつけて髪を靴で踏みちぎり、酒でも引っ掛けて嗤ってやるとか、爪を剥がして「泣くな」と頭を撫でてかわいがってやるとか、そいつにわかるように別の女を抱き絶望させてやるとか、「これが俺の愛だから」と言って硝子や蟲を飲み込んでもらうとか──まあ、いろいろ思いつくし方法はあるんだが、貴族のご令嬢相手にここまでやるのはまずい。

 だから相当手緩い方法で、──だが、それなりにはダメージを受けるように、「知り合ったばかりの旦那様にここまで冷たくされるなんて」としばらく落ち込む姿が見れると思っていた。

『さっき俺の魔法見たよな? お前ごときの魔法が必要になると思うか? お前を使うくらいなら魔族を新しく雇う』
『事務仕事は……できますから……』

 ようやく目を伏せ、落ち込んだ顔を見せてくれた。

『あー、あー。今度な。お前は歳も若いんだし、好きに遊んで暮らしてろ。仕事なんてしなくていい』

 それでも雑な言い回しに終始して、てきとうに頭を叩いてやった。ディアンシャとして振る舞うときはよくそうしていたから、つい癖で手を出してしまったのだろう。
 彼女は伸びてきた俺の手に一度怯え、でもそのあと照れたようにはにかんだ。

 ……怯えたのは、これまでの虐待のせいだろう。まったく、毎度こんな顔を見せられるのか。だから彼女に暴力は振るえそうにない。|俺《ヽ》|の《ヽ》|悪《ヽ》|戯《ヽ》が父親の思い出に取って代わられるなど、たまったもんじゃない。
 だが照れるのはどういう了見だ? せめて戸惑う≠ュらいだろうが?

『ただラゼスキア様とお近づきになりたいだけです。こうして体を触れていただけるのは、少し距離が縮まったということでしょう……?』

 思っていた以上にこの子は丈夫らしい。二日前に出会ったにしては、俺のことが好きすぎる。あんなに非道な辺境伯ぶりを見せたというのに、俺を信じすぎだ。……どうなってる?



 そうして本日のメニューでございますが。
 部屋に呼びだされたと思ったら、なぜか泣いていた。俺は泣かせてないのに。むしろ昨日はドレスを作ってやって喜ばせたはずだ。

 そういうことをするから嫌われないんだって?

 だが、実際問題あの古着ドレスで学園に行けば、あとから王にとやかく言われるはずだ。「持参金をあれほど用意したのに、すべて宝飾品に使ったのか!? 今までセラエル嬢には目をかけてやれなかったから、ある程度は優しくしてやれと伝えただろう!」……と、王サマのお怒りが飛んでくる。
 だから作ってやったのに。

「……あの。ごめんなさい……とても身勝手なお願いだとはわかっているのですけれど、」
「ああ」
「このドレス……戻してほしいのです。宝飾品も……」

 まあまあ、想定外のこととはいえ、とりあえず泣いていればかわいい。できればもう少し涙を見せてくれるとさらに美味しいんだが、どうしたら上手くいくかな。

「どうして?」
「せっかくラゼスキア様が魔法をかけてくださったのに、ごめんなさい。こんなこと言って……。宝飾品も、石だから嫌とか、そういうのではないですよ。でも、魔法道具まで使ってくださったのに、」

 彼女はまた謝っている。涙声がかわいい。

 はて、おおよそ検討はついた。新しいドレスを見た妹に、あれこれ言われるのが嫌なのだろう。……ああ、あのシャーロットとかいう女、殺せたらいいんだけどな。市中引き回しにして泥水でも飲ませ、野犬に襲わせて生き地獄に晒してやりたいな。

 頬に指を添え、囁くように言った。

「理由を聞かせて」

 彼女の顔が見たくて、そっと顔の角度を変えた。ふるふると目を震わせ、上目遣いに俺を見つめている。

「あの、あの。ごめんなさい。でも……妹にドレスを見られるのが嫌なんです。きっと彼女は……」

 それきりセラエルは口を閉ざし、また俯いてしまった。

 とてもかわいいので、できることなら抱きしめてキスでもしてやりたい。だが今羽目を外せば、ますます嫌われなく≠ネる。
 もしくは「せっかく俺が作ったのに、お前は着たくないと言うんだな。もう顔も見たくない」などと吐き捨てて部屋を出ていきたい気もするが、そんなことをしたら永久に心を閉ざすだろう。辛いときに俺を頼ってくれないと、泣き顔を見せてもらえない。

 ──ああ、まったく面倒な本能だな……。

 結局彼女は、「妹に虐められている」という事実は述べなかった。それもそうか。まだ会って数日の辺境伯に話せることじゃない。彼女の性格からするに、「妹のせいなんだ」と一方的に責めるような物言いをする淑女だと思われたくないのだろう。
 どこからどう見ても妹のせいだし、セラエルが自分を責める必要はないのだが、──まあ、このままのほうが傷つきやすいからそれはそれで。

 それにドレスを着たまま出かけていったので、彼女の予測通り、妹に嫌味を言われるかもしれない。それで本当に傷ついて泣いてくれれば、俺≠ェ慰められる。

 ──じゃあ、ディアンシャ≠ノバトンタッチだ。

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