04 噂通りの冷血辺境伯

 剣が刺さったところから御者の体は溶けはじめ、粘り気のある銀沼色に変わって土へ吸い込まれていく。目玉や髪の毛が最後どろどろとした液体に呑まれ、そのまま消えた。

「なにを? なにをなさったのですか? 御者は……? 何か不埒な行いをされたのですか……?」
「城の位置を知られたくない。念の為、な」

 卒倒しそうになったのを、降りてきていたナタリーが支えた。この時ばかりは、ナタリーが来ていてよかったと思った。

「辺境伯様? それは殺人罪ですよ……! 軽率に人を殺めないでくださいませ。領主様であっても、無実の人を殺すなど……。外交問題に発展する可能性も……!」
「証拠は隠滅した。帰り道に馬車が魔物に襲われて、御者も馬も魔物の餌食になった>氛氓サういうシナリオ」

 そのあと彼は、轡を解き馬を解き放った。それから、懐から小さな箱を取りだし、二匹の魔物を馬が繋がれていた箇所に投げる。魔物はネズミのような見た目をしている。辺境伯様が何かを唱えると、みるみる大きくなり、ユニコーンの姿に変わった。驚くわたしを尻目に、彼はユニコーンに軽く馬車の紐を投げている。
 変身魔法を動物に!? しかも小動物をあんなに大きくするなんて。そもそも変身魔法自体習得者はほとんどいないと言うのに、まるで息をするように魔法を使う。
 彼はわたしの腰に手を当て、馬車へ戻るよう促す。

「辺境伯様! お話は終わっておりません。あなたは魔族で……人間を助けているのではないのですか?」
「助けてますよ?」

 彼はけろりとして答える。

「助けているから、お前とも結婚したし、こうして〈魔の森〉から魔物を出さないよう日々狩りをしているんだ」
「ですがさっきの御者の男が……」

 彼は目を細め、氷のように冷たい声を低く落とす。

「あまりしつこいと噛み殺すぞ」

 ひゅっと心臓を剣で刺されたような感覚がして、唇を噛み締めた。

「私を殺したら……結婚式がご破算になります」

 妻がいない結婚式など、すぐに王族から調べられて処罰されるはずだ。……はずだ、よね?

「結婚式がご破算になったら、誰が困るんだ?」
「辺境伯様が……投獄されます」

 彼はわたしの頬に手を伸ばし、長く尖った爪で頬を緩やかに引っ掻く。辺境伯様の冷たい指先に、ひやりと顔が粟立った。

「セラエル嬢……、私めはこの〈魔の森〉をひとりで管理しているのですよ? 俺が投獄されるんじゃない、国が滅ぶんだ」

 彼はくつりと嗤い、軽々とわたしを横抱きにすると馬車へ担ぎ入れた。ナタリーに目配せをすると、彼女も怯えながら馬車に入ってくる。
 椅子に下ろされたあと、拳を握って唇を噛み締めた。


 そうして御者も馬もいなくなったユニコーンの引く馬車は、ゆるやかに〈魔の森〉を進み始めた。

 シャーロットが彼と結婚しなくてよかった。……というか、見た目に騙されただけで……全然、ちっとも、好青年でもないし、国を助けてくれる優しい魔族でもない! 人をひとり殺しておいて、あんな平然として……。
 馬もこんな〈魔の森〉で逃がしてしまったら、本当に魔物の餌食となってしまうだろう。可哀想に。
 
 それに彼の言うとおり、国が辺境伯様を取り締まることはできないのかもしれない。取り締まってしまったら、〈魔の森〉を管理する人がいなくなる。毎日王国騎士団をここに派遣していたら、他の仕事が回らなくなってしまうだろう。かといって、|獄門《カロンド》から漏れ出てくる魔物たちを野放しにしたままにもできない。

 それに辺境伯領に入ってしまった時点で、一介の平民を殺害した事件などさほど問題視されないだろう。特に力のある辺境伯様だから……。……だけど、わたし個人が嫌なのだ。

 こんな最悪の永久機関になっていることに、そして今自分が何も出来ないことに、少し腹が立った。
 
「辺境伯様、……嫌いです」

 思わず口をついて出てしまった。……ど、どうしよう。とんでもない失態だ。これで怒ってしまわれて〈魔の森〉の管理をやめるとか、王国へ侵攻するとか、それはないよね……?

 彼は愉しげに笑う。

「嫌いで結構。そのほうが愉しい夫婦生活になりそうだ」

 ……夫婦。この人が……本当にわたしの旦那様になるの? お先真っ暗だ。


 ✶


 城門に馬車が到着すると、辺境伯様は下車して、早々に馬車を破壊してしまった。魔法で跡形もなく燃やしてしまい、灰は吹き飛ばして消えてしまう。……本当に、証拠隠滅するつもりらしい。
 だけど、わたしも見ていたし、なにより、ナタリーも目撃している。

 辺境伯様は息をするように魔法を使うし、息をするように破壊行動と殺人罪を犯す男なのかもしれない。いけない子だ。


 門番はいないみたいだ。辺境伯様が顔を上げると、門扉に飾られたガーゴイルの瞳が光った。ぎぎぎと音を立てて大きな扉が開いていく。
 広い庭がわたしたちを出迎える。辺境伯様の瞳と同じ、真っ青な薔薇の花壇が並んでいる。中央には天使の噴水があり、水が流れている。そして花壇のあちこちから、子気味良い音が聞こえてくる。見れば、薔薇の花壇を整えている|鋏《ヽ》|が《ヽ》|い《ヽ》|る《ヽ》。
 ──えっと、つまり。庭師はいないのに、鋏だけが浮いて、勝手に花壇の葉を整えているようなのだ。

「魔法……」

 こんなところにまで魔法を使うなんて。信じられない。そもそも、物体を勝手に動かしたままにしておき、自我があるかのように庭を整えさせるなんて、どんな魔法をかければいいのか皆目検討もつかない。
 辺境伯様はわたしの腕を引き、何歩か庭を進んだ。とても広い庭だから、歩いて城の扉まで行くには、夕方までかかってしまうだろう。馬車を壊すのが早すぎたんじゃ?

「次のマスに進んだら、一度立ち止まって、そのあと三歩大股で進むんだ」
「はい?」

 マス? なんの話?
 わたしは辺境伯様の前に立たされる。下を見ると、たしかにマス目を書いたように芝生に線が入っている。

「そこから大股三歩」

 よくわからない。わからないまま、ともかく言うとおりにするしかないとできる限りの大股で三歩進んでみた。びゅんびゅんと景色が飛んでいき、最後の一歩で城の前に着いた。

「……ど、どうなってるの?」

 あの距離をこの一瞬で飛んできたの? 何があって? 転移円でもなく? これはなに!?
 いつの間にか隣に来ていた辺境伯様が、こちらを見下ろし、ふっと笑みを繕う。

「すごいだろ?」

 す、すごいけど。


 辺境伯様が扉に触れようとすると、ドアノッカーがまたひとりでに音を立てた。獅子の顔をしたドアノッカーが大きく口を開き、顎を揺らしている。

 しばらくすると重々しく扉が開いた。

「旦那様。お帰りなさいませ!」

 同じく、尖った耳の魔族が立っている。角は生えていなかったし、辺境伯様みたいに特別人外じみた容貌もしていない。どちらかというと、耳が尖っている以外は人間の平民みたいだった。
 肩すぎまで届く、あちこちに跳ねて転がるオレンジ色のパーマヘア。これはシャーロットのようにウェーブをかけるためのパーマヘアではなく、頭が爆発したみたいなくるくるパーマだ。

 辺境伯様が言った。

「彼女はマーマレード。ナイトメアという種族の魔族だ。この城のスチュワードとして働く。何か用事があればすべて彼女に頼め」
「わかりました」

 既にわたしの荷物は、魔法で階段を通り、部屋まで移動したようだ。辺境伯様は歩みを再開する。
 わたしの公爵家と同じくらい、いや、それ以上に豪華な城だと思った。青白い大理石の床は傷一つなく艶やかで、鏡面反射が美しい。紺碧の絨毯が長く廊下に敷かれ、歩くたびに沈み込むような柔らかさを感じる。ガラスのシャンデリアには青い宝石が吊り下がり、光に瞬くと星のように煌めいた。



 部屋に着くと、もちろん離宮よりもずっとずっと広く絢爛な光景がわたしを迎えた。

 ……本当に、あの古びた離宮から、出られたんだ。
 こんな大きなお部屋を、ひとりで使っていいんだ。

 今更感極まってしまって、熱くなってしまった目頭を擦った。

 壁はアイボリーとゴールドで彩られ、繊細なレリーフが波打つように装飾されている。ドレッサー、ベッド、タンス、テーブル、家具は何もかも揃えられ、きちんとお揃いの愛らしいロココ調のデザインが施されている。シルクのカーテンが柔らかく揺れ、ここが〈魔の森〉の中にある城だということを忘れるくらい、暖かな陽光が降り注いでいる。
 もしかすると部屋の豪華さは、シャーロットの自室にも勝るかもしれない。

「お前の趣味を知らないから、適当に揃えた」
「……はい、こちらで問題ありません」

 姉だから、勉学に励まなければいけないから、離宮しか与えられてこなかったから。理由をつけて見ないようにしていたけど、本当はこういうデザインが好きだった。まさに妹のシャーロットの好みとも同じなのだけれど、わたしも本当は……こういうお姫様みたいなお部屋に住んでみたかった。

「荷解きをする」
「それは私どもで行いますので」
 
 ナタリーがすかさず声を上げると、辺境伯様はひやりと視線を移した。

「発言の許可はしていないが?」
「あ、いえ……その」
「俺は魔族だが、ヴァーシック王国に辺境伯の爵位を賜っている。お前は侍女だ。それとも、ダスメリカ公爵家でもその礼儀知らずで過ごしていたのか?」
「たいへん失礼致しました。申し訳ございませんでした」

 あれだけわたしに横柄な態度を取っていたナタリーが、しおらしく顔を俯かせている。だけど、この場を収めるためにそういう素振りをしているであろうことは、普段の彼女の様子からよく知っていた。

「あの、辺境伯様」

 わたしが声をかけると、彼は顔を向けた。

「ですが本当に、わたしたちでやりますので。辺境伯様のお手を煩わせることではありません」
「何か魔法がかかっていないか、確認がしたいんだ」

 早々にお父様の企みがバレてしまいそうだ。どうしよう。
 辺境伯様は箱を開けると、荷物のひとつひとつを確認し始めた。ナタリーといい、辺境伯様といい、わたしの荷物のプライバシーは一切尊重されないらしい。

「あの……わたくしの……。殿方にあまり見られたくないものも入っているのですが……」

 彼は慎重に魔法の波動を確認しながら答える。

「下着くらい買い換えてやる。そのまま捨てろ」

 だ、だとしても、見られたくはないのですが……!? 公開処刑はこのまま続くのですか……?!
 泣きそうな目でマーマレードと呼ばれた、魔族のスチュワードに視線を移した。彼女は意図を察し、彼の腕を引っ張る。

「旦那様。さすがに可哀想だぞ? 僕が見よう」

 辺境伯様は鬱陶しそうに顔を上げ、気だるげに声を放る。

「じゃあどこに入っているか言え。その殿方に見られたくない何某≠ニやらが」

 それだって嫌だけど……もう言うとおりにするしかないんだろう。わたしはしぶしぶ箱を指さし、代わりにマーマレードが開けてくれた。彼女は辺境伯様の目に触れないように確認し、タンスに仕舞う。


 辺境伯様は侍女のナタリーへ視線を移した。

「お前の荷物もだ。お前の下着は考慮しなくていいな?」
「……は、い」

 さすがに可哀想だよ、辺境伯様! 女の子はみんな嫌だよ!
 最初あんなに美しい容貌をしていると思ったのに、女性の荷物をあけすけに漁る姿を見て、本当にかっこいいのかわからなくなってきた。

「お前は服を脱げ」
「……え?」

 ナタリーが目を点にしている。

「主人の命令が聞けないか? 早くしろ」
「辺境伯さま……」
「旦那様、僕が見ようか?」

 マーマレードが声をかけると、彼は軽く返す。

「このナタリーとかいう女は抜け目がなさそうだ。俺がやる」

 馬車で一緒になっただけなのに、そういうの、もうわかっちゃうんだ……。
 わたしはせめてもの救いと、パーテーションを使うことを提案する。

「侍女にその気遣いが必要か? ──まあ、いいだろう」

 ただそのあと、マーマレードが口を挟んだ。

「奥方様の前で、裸の女性と二人きりになるのか? 旦那様、それはおいたが過ぎるぞ?」
「俺は気にしない」
「セラエル様が気になさるという話だ!」

 この家令、ずけずけ言うのね……。言われてみればたしかにとは思ったけど、既に辺境伯様は譲歩してくださったし……。

「あれもただの貢ぎモンだ。どうでもいい」

 さらりと零された言葉に、ずきんと胸が傷んだ。
 ……そっか、辺境伯様にとっても、これはただの政略結婚で、外交のひとつでしかないんだな。



 辺境伯様は無理やりナタリーを引っ張ってパーテーションの奥へ連れて行った。布擦れの音と、床にぱさぱさと置かれていく服の数を見て、なんとも言えない気持ちになってくる。そわそわと辺りを見渡すと、マーマレードと目が合った。

「旦那様は人の裸体を見慣れておりますゆえ、ご安心ください」

 ん!? これって辺境伯様のクズ説濃厚ってこと……!?
 わたしがさらに首を傾けたのを見て、マーマレードは慌てて言い繕った。

「待てよそれは語弊が……いや……ないか? いやそうじゃなくてだな……」
「に、二千年も生きているので、見慣れているということ……ですよね?」
「そうだ! いえ、そうです! あれくらいで感情が昂ることはないということです」

 そう……。まぁたしかに、ただチェックをしたいだけという風で、むしろナタリーが可哀想なくらい関心がなさそうではあった。ナタリーからの色仕掛けで……というのが気にならないわけではないけれど、シャーロットとのやり取りを見るに、大丈夫だと思いたい。



 確認が終わったのか、服を着替えたナタリーがパーテーションから出てきた。辺境伯様は、荷物を入れていた箱に視線を止める。

「あ。あの、お邪魔でしたね。箱はわたしが処分いたします」

 お父様の企みがバレないようにしなきゃいけない。それとなく箱を掴み移動させようとすると、ぱっと冷たい手で手首を掴まれた。彼は顔を顰めた。

「細すぎる。ろくに食ってないな」
「いえ、少食なのです。お手をお離しくださいませ」

 すすすと箱を隅に移動させようとすれば、そのままわたしも箱も見えない力で引っ張られた。辺境伯様の真下に戻ってきてしまう。

「辺境伯様!」
「箱に魔法を施しているな。そんな慌てなくても、一目見て気づいていた」

 ……ど、どうしよう。
 辺境伯様はお父様が夜なべして書いていた魔法円を一瞬で無効化してしまい、マーマレードに運ばせてしまった。

「あの。あの、ごめんなさい。申し訳ありません……。ただわたしのことを心配して……魔法をかけてくださっただけなんです」

 これで王族との関係が悪化してしまったら。でも辺境伯様はわたしの言葉には無視を決め込み、冷ややかな声色で問いかけた。

「これはダスメリカ公爵家のものか? なぜわざわざ運んできた?」

 ナタリーのポケットに入っていたのだろう、母の形見のネックレスがその手に摘まれている。どうしても諦めきれなくて、小さく呟いた。

「それはわたくしのものです……。わたくしのお母様がくださったものです」

 ナタリーはずいと前に体を寄せ、食い気味に言葉を投げる。

「発言を許していただけますか?」

 辺境伯様はちらと一瞥し、彼女へ冷たく放った。

「話してみろ」
「たしかにセラエル様のものですが、セラエル様の母上は、ダスメリカ公爵様のご援助を受けていた身。そのネックレスは、ダスメリカ公爵様のお金で購入したものかと。ですので、家に持ち帰ってほしいと言伝をいただいております」

 嫌だ……返してほしい。本当のところは聞いていないけれど、お母様だって遊女としてお金は稼いでいたのだ。他の貴族から稼いだお金で買ったものかもしれない。証拠があるわけじゃない。

 彼は所定の位置に仕舞われた衣服や小物を見ながら、わたしへ問いかける。

「さて。ではセラエル。たしかに王族からの持参金は受け取っているが、公爵嬢が辺境伯家へ嫁ぐにしては、あまりにも嫁入り道具が少ないのでは? ドレスは着古したものばかりだが? まさか初夜も古着で迎えるつもりか?」

 彼はからかうように言葉を重ねる。羞恥に目を泳がせ、それでも声を上げた。

「あの……それはっ!」

 辺境伯様に公爵家での冷遇が伝わるような真似はするなと、お父様にキツく言われてある。このナタリーも、わたしが粗相をしないように連れてこられたんだろう。

「わたしがいいと言ったのです。公爵家は今後妹の嫁入りがありますし、また跡継ぎがさらに生まれるというお話も出ておりました。少しでも実家に恩を返せるよう、今回は身軽な荷物にしたいと」

 彼はまだ冷たい仮面を貼り付けている。

「あのっ。荷物は少なくていいという辺境伯様の条件に甘えてしまいました。着古したドレスのみで辺境伯様と生活しようなどと、失礼を……」
「察して余りあるな」

 辺境伯様はそのままネックレスをわたしの掌へ落とした。

「なっ! 彼女に渡すのですか!?」

 ナタリーの一声に、彼は視線を細める。

「既にダスメリカ公爵からはいくつもの無礼、そして契約違反を働かれた。初めは第二令嬢の醜態。そのあとは姉と妹を取り替えろいう巫山戯た発言。挙句の果てに、妻の荷物に、盗聴や監視、追跡の魔法まで付けるときた。仮にこのネックレスがダスメリカ公爵のものだとして、これら無礼の詫びにはとうてい届くまいが? それとも王族に報告するか?」
「……い、いえ」
「まあ安心しろ、お前がダスメリカ公爵へ咎められることは生涯ない」

 どういうこと?
 ナタリーに向けるものよりは、いくらか鋭さの落ちた声が届く。

「セラエル。この侍女との関係性は?」
「え……関係……?」

 どういう意味? 侍女と令嬢以上の関係性ってあるの?

「ごめんなさい、質問の意図がよく……」
「侍女と令嬢以上の関係はないんだな」
「はい」

 ナタリーははっとして黒髪を揺らした。

「俺は妻に親しい者がいるなら、それをひとり侍女や騎士として付けてもいいと伝えた」

 ……どうしよう。墓穴を掘ってしまった。
 それにその口ぶりは、王族側が強気に出て「侍女はひとりしかつけられないぞ」と言ったのではなく、辺境伯様ご本人が自ら条件にしたの?

「つまり、お前は特に親しくもないが、ダスメリカ公爵の命を受けてこの城にやってきたわけだ」

 ナタリーは焦ったように口を開く。

「い、いえ……! セラエル様のことは幼きころより知っております。ですので……」

 ナタリーは助けてほしいとばかりにわたしに訴えかけてくる。どうしよう、どうするべき?

「辺境伯様、ナタリーは一応、昔から公爵家にいた者ですわ。ですから……その、家の中ではいちばん親しい者ですわ。最初は戸惑ってしまって……」
「戸惑ったんじゃない、唐突な質問にただ正直に答えてしまっただけだろ。この侍女が友達で、セラエルが望んで連れてきた相手ならば、俺にすぐ伝えるはず。だが……まあそんなものなくとも、お前らの関係性は明白だ。だから」

 辺境伯様は首をかしげ、薄く笑みを浮かべて喋った。

「お前はいらない」

 彼が指を弾く音の直後、ナタリーは急に白目を剥いたかと思うと、全身の力が抜け、そのまま床に倒れ込んだ。

「辺境伯様!?」
「マーマレード」
「はい」

 マーマレードは倒れた彼女を横抱きにして部屋の外へ連れて行った。
 わたしは泣きそうになって尋ねる。

「あの、あの。辺境伯様。また殺めたのでしょうか? ナタリーはどうなったのですか?」
「話を聞いていなかったか? 無礼を働いた者を罰しただけだ」
「人を殺めるのはどうかおやめいただけませんか? 懲罰を与えるのは致し方ないことですが、このように軽率に殺害を行うのは…………あまり見たくありません……」

 いくら恐ろしくても、こんな有様になったのはすべて公爵家の落ち度だ。あまり強く出ることもできなかった。
 彼の冷たい双眸が目に入る。

「懲罰を与えるほど俺は暇じゃない」

 彼はそう言うと、わたしの部屋から出ていった。


 ──ほんとに、ほんとに冷血辺境伯なんだ。老爺とか二千歳とかイケメンとか、そんなことよりも、性格が……どうしよう!
 わたしを迎えてくれた旦那様と、良好な関係を築きたかったのに……。