永遠に続く奇跡

結婚式を無事に終えた7月。要と私は、美和さんの会社近くのマンションへと引っ越してきた。子どもが生まれてからという選択肢もあったけれど、そうなると暫くは無理になる。父さんや兄さん達とも相談して、お腹が大きくなってからでは大変だし、妊娠9ヶ月以降は早産になりやすいことから、このタイミングになった。

────いつでも連絡して。

そう言ってくれたのは雅臣兄さんだ。昔からそう。自分でも気付かないフリをしていた不安を誰より早く察知し、声をかけてくれる。要もそういう所があるけれど、今回は彼も当事者だ。たぶん私と同じように、不安に思っていることもあるだろう。その穴を埋めるような言葉だった。辛い時期に、一人で抱え込んでも良い事なんてない。それは身を以て理解している。だからそう言われた時には、迷いなく頷いた。

「貴方の家族は優しい人達ばかりね」

そう呟きながらお腹を撫でる。まだ目立った変化はないけれど、ここに確かにいるのだ。目を閉じれば、一人一人との思い出が浮かんでくる。泣きたくなるような出来事もあった。それでも、どれもかけがえのない記憶で、その全てのお陰で今の私がいる。大好きな自慢の家族。早く、会わせてあげたい。普通よりもかなり大人数だから、驚くだろうか。貴方はもうその一員なのだと、伝たえられたらいいのに。

「何か言った?」

新しいマンションへと移動する車内で、要に尋ねられる。いけない。無意識に声に出していたらしい。でもどうやら聞こえてはいないみたい。別に恥ずかしい事じゃないけれど、内緒だ。小さく笑って返事をする。

「別に何も」

要とは恋人の期間が長いから、ふたりで旅行をしたり同じ部屋で過ごしたりするのは慣れている。だけど、一緒に暮らすというのはまた別の話だ。それを今、実感している。ずっと近くに要がいるのは嬉しいのだけど、なんと言うかそう、緊張してしまう。いつもと何も変わらないはずなのに。そして改めて、気付くこともある。

「どうして私より荷物が多いの?」
「いやぁ、モテ男を持続させるのは大変ってことかな」
「結婚したのにモテる必要ある?」

運び込まれた段ボールを前に、呆れたように返した。とりあえず仕分けしてみたら、明らかに要の方が荷物が多い。絶対に可笑しい。一般的に女性は服とか美容とか、男性より気遣うことが多いはず。下着一つにしたって、重量が違う。たぶん光が見たら「女子力の無さの表れだな」とか言いそう。この場にいないのに、なんかムカついた。

「勿論。名前に見合う男でいたいからね」
「なにそれ。私は別に、貴方の見目が整ってるから好きになったんじゃない。寝癖付いてたって、髭生やしてたって、朝日奈要だってことが大事なの」
「……引っ越して来て早々なんだけど、キスしていい?」
「駄目に決まってるでしょ。ちょっと、本気の顔やめて。今は手を動かして」

今にも腰に回ろうとする腕をピシャリと叩く。イチャイチャしてる場合じゃない。荷解きしなければ、落ち着いて眠れやしない。人が怒っているのに、要は楽しそうに笑う。ふとその手元を見やると、段ボールの中はきちんと整頓されている。私の視線に気付いたらしく首を傾げてくるから、正直に言葉にする。

「いや、要っていつも冗談ばっかりのくせに、昔から部屋は綺麗だし、整理整頓は出来るんだよなぁって。前以て言っておくけど、私のズボラさに幻滅しないでね」
「幻滅?俺が名前に?それはないよ」
「あのね、ホテルに泊まるのと一緒に住むのとじゃ違うの。別に今まで猫被りしてたつもりはないけど・・・」

保険を掛けようとしたのに、即効で否定された。本当に分かっているんだろうか。恋人として過ごしていた時は、私と要の間にはそれなりの緊張感があった。でも結婚したら、ずっとそんな張り詰めてはいられない。それこそ疲れてしまう。例えば今までより少しだらし無い格好で寛ぎたいし、何もない休日は化粧だってしたくない。

「Tシャツでゴロゴロしたり、一日スッピンだったり?」

返ってきた言葉にギョッとする。思ってたままを言い当てられた。なんで。私の反応で図星だと分かったのだろう。要が肩を揺らして笑うから、恥ずかしくなる。

「笑い過ぎ!私にとっては死活問題なの!」
「ごめんごめん。でもそれなら大歓迎だよ」
「大歓迎って・・・ッ、ひっ、何するの!」

急に後ろから抱き締めてくるから、吃驚した。あっという間に抱えられて、胡座をかいた足の上に座らせられる。5歳の子どもになった気分だ。ゴツゴツしててお尻が痛い。裏拳でもお見舞いすれば解放されるのに、されるがまま。なんだかんだ言って、満更でもない証拠だ。それを見透かしたように、私の右肩に顎を乗せて要が微笑む。

「そんな姿、見せるのは俺の前だけだろ」

やけに低い声で囁かれる。吐息と、鼓膜に直接触れられるみたいな感覚に、身体が熱くなった。本当に質が悪い。誰にでも優しいのに、時々どうしようもなく意地悪だ。だけどそれは私にだけだと知っているから、また好きが積もっていく。

「あ、当たり前でしょ。弟達に見せられるわけないじゃない。特に私を頼ってくれる子にはね。なんとなくバレてる気がするけど。要も・・・ッ、その……、
「ん?珍しいね、言い淀むなんて」

クスクス笑いながら、お腹に回った腕の力が更に強くなる。この男、楽しんでるな。どんな顔をしているのかまで分かる。悔しいのに、幸せだ。

「要も、情けないところ見せるのは私の前でだけにしてね。じゃないと、許さない」
「破ったらお仕置きしてくれるの?」
「うわ。なにご褒美みたいに言ってるの。破ったら1週間お触り禁止だから」
「・・・それは身が持たない。参った、約束するよ」

冗談のつもりで振り向いてそう言えば、真顔で返してくるものだから笑ってしまった。私だって、1週間も触れ合えないなんて耐えられない。アメリカに行っていた間、離れていたのが嘘みたいだ。思えば要は、私のことを生まれた時から知っているわけで、こうして結婚したのだから死ぬまで隣にいるのだろう。夢だと思っていたつもりなんてないのに、今更ながら実感する。

「なんか不思議な感じ」
「何が?」
「私と要、家族なんだなぁって。他の兄弟達とは今までも家族だったけど、要とはずっと恋人同士だったでしょ。だからかな、少しムズムズする」
「嬉しいってこと?」
「もちろん嬉しいけど、恋人らしさも捨てたくない自分もいるんだよね」

どんなに歳を取っても、こうして触れてほしい。同じ瞳で見てほしい。一番大好きな人と結ばれて、一緒に生活を始めても、また新しい望みが湧いてくる。私は存外、欲張りだ。でも隠すことはない。きっと要も、同じ望みを抱いている。だってほら、耳元で微笑む気配がするから。

「え、ちょっと待って!」
「おわ、吃驚した・・・どうかした?」

視界に入った物に、思わず声を上げた。要の腕を抜け出して、段ボールの中から緩衝材に包まれたマグカップを手に取る。驚いた。これは確か、私が高校の時にあげた物だ。つまり10年近く使っているということだ。

「これ、そんなに高いやつじゃないよ。お金持ちなんだから、もっと良いやつ買えばいいのに」
「値段なんてどうでもいい。たとえ君のお願いでも捨てないよ。このマグカップは特別だからね」
「特別って・・・私からのプレゼントだからってこと?」
「まあそれもそうだけど、これは恋人になって初めてプレゼントしてくれた物だよ。いやぁ、あの時の名前は本当に可愛かった。真っ赤な顔してさ。いじらしくて初々しい感じが堪らなかったなぁ」

うんうんと頷きながらそんな事を言うから、居た堪れなくなってくる。今思い出しても、あの時の私は異常なくらい緊張していた。子どもの頃、私にとって要は憧れだったのだ。近くにいるのに遠い存在。そんな相手と恋人同士になるなんて夢みたいなことだった。涼しい顔でプレゼントなんて出来るわけがないだろう。それにしても、どうしてこの男は、そういう恥ずかしい事ばっかり覚えてるのか。

「仕方ないでしょ。この恋が叶うなんて想像もしてなかったんだから。ましてや貴方と結ばれるなんて、夢にも思ってなかったし。あの頃の私には、隣にいられるだけで奇跡だった。今も…今でもそれは変わらない。この時間は当たり前なんかじゃない。だからこそ、愛しいの・・・なに?」

思い返すように話していると、要がやけに柔らかく笑うからそう尋ねた。私の問いに答えるより先に、腕が伸びてくる。拒む理由なんか無いから、無抵抗で受け入れた。男性にしては綺麗な指が、私の唇を掠めていく。

「やっぱり君は、素晴らしい女性だよ」
「は・・・」
「俺の全てを懸けて、その奇跡を守る。だからどうか、ずっと傍にいてほしい」
「残念でした。頼まれたって、離してなんてあげない」

あんまり真剣な表情で言うから、得意げにそう返した。そして、大きな手が頬を包んで目元を撫でたのを合図に、瞼を閉じる。そっとキスを交わす瞬間、あの頃と同じように鼓動が高鳴った。触れては離れてを何度か繰り返してから瞼を上げると、至近距離で視線が絡む───嗚呼、幸せ。声に出していないのに、要も同じ気持ちだと分かる。擦り寄るように額を合わせて、ふたりで笑った。

「ねぇ、次の休みに新しいマグカップ買いに行かない?今度はお揃いのにしたい」
「仰せのままに」

まるでお姫様にするみたいに、要が恭しく私の手を取った。手の甲に唇を落として、流れるようにそんな台詞を吐く。それが絵になってしまうのだから、狡い。あの頃からずっと、貴方は私の王子様。きっとこれから先も永遠に。

−−fin.−−


まな様へ
素敵なリクエストありがとうございます😊ど、どうでしょうか?いやぁ、甘い話を書くのが苦手なので、不安で不安で(笑)私的にはこれでもめっちゃ糖度全開です。このふたりはお互いに掌の上を転がされてほしい。揶揄われる夢主もいいんですが、照れてる要を書くのも好きなので。子供ちゃんも登場させようか迷ったのですが、出産後に引っ越しって大変だと思うので、未登場。ものすごく現実的な理由で申し訳ない!でもとても楽しく執筆させていただきました〜。今後も不定期になりますが、番外編更新していきますね。これからも当サイトをよろしくお願い致します🙇‍♀️

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