「海外調整局と話をつけた。以降は、公安局と行動課の共同捜査とする」
「あくまで指揮権はこちらにあります」
「情報が共有される限り構いません。襲撃者の正体、目星がついているはずですね?」
「彼らは外務省海外調査部現地調査隊……通常ピースブレイカー。外務省の強硬派が、破壊工作のために海外に潜伏させた部隊です。5年前に部隊は解体。しかし誰一人帰国せず。行方をくらまし、現在も独断で活動中」
「飼い犬に手を噛まれた、と?」
フレデリカの説明に、霜月がチャンスとばかりに皮肉を言う。しかし、当の本人は気にする素振りも見せない。大人の対応だ。と言うより、相手にしている時間すら惜しいのだろう。
「ピースブレイカーの接近理由は、ストロンスカヤ文書の存在ですね」
「ええ」
「日本に現れた今が奴らを仕留める最大のチャンスだ」
「我々行動課は、そのために人員を集めた」
「人員?」
先の説明から、ピースブレイカーはプロの戦闘集団であることがわかる。そんな本物の兵士達を相手に戦うことが可能で、かつ外務省の繊細な工作活動にも対応できる人間はそう多くはないだろう。一体どんな人材なのか。朱の疑問にヒントを与えるように、禾生が感情の読めない声で告げた。
「一度首輪を捨てた猟犬を、公安は再び飼い慣らすことはない。だが、牙を剥く狼の群れには、奴らは適任だろう……上手くやれ」
**
公安局ビルの41階。刑事課一係のオフィスで、宜野座が吠えていた。悪びれる様子すらない
「貴様ッ……二度と姿を見せるなと言ったろ!」
「ギノ。ケースバイケースで、いかないか?」
本気で言っているのか。何も無かったみたいな顔でふらりと帰って来て、笑顔でお帰りと迎えられるわけがない。殴りかかる寸前の宜野座を前に、狡噛はやれやれと呆れたような顔だ。さらに怒りが湧き上がる。
「ふざけるな!!」
「落ち着いてくださいっ・・・局内ですよ」
慌てて須郷が止めに入る。彼らしい冷静な制止に力を緩めたものの、やはり納得などできるはずがなかった。再び狡噛を睨み付け、須郷を振り払おうとした宜野座が何かに気がつく。オフィスの外、廊下に朱が立っていた。視線が合う。朱には、宜野座の気持ちが理解できた。同じ監視官だったはずが、狡噛は執行官になり、終いには逃亡犯となった。好き勝手やらかしておいて、どの面さげて帰って来たのか。疑問も怒りも、言葉にできないくらい山程ある。一つ一つ言語化するのも億劫だ。それなら、全て込めた拳を見舞ってやればいい。
「騒がしい!何をやっているの・・・狡噛慎也」
霜月が真っ先に部屋へ入って来てそう叫び、呆然と狡噛を見つめた。そんな彼女を横目に、狡噛は朱に静かに言葉をかける。
「久しぶりだな、監視官」
「紹介の必要はないわよね」
あまりに自然な態度に口調。朱は何も言えなかった。そんな彼らを少し離れた場所で見守っていたのは、唐之杜と六合塚、それから雛河だ。狡噛を初めて見る雛河が、ぽつりと呟く。
「あの人が狡噛慎也……本物の殺人犯で逃亡執行官」
「彼がやってきたことが犯罪かどうかは解釈の問題ね」
「犯罪じゃないなら、何なんでしょう……」
「仕事」
無感情な答えだった。たった一言で、片付けられるものなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、雛河は重たい前髪の隙間から狡噛を見つめた。少なくとも、朱や宜野座が狡噛に抱いている感情は、一言で表せるような質量ではないように思えた。
「狡噛、ふたりはどこ?」
「便所だ」
「ふたり?」
フレデリカの質問に狡噛が答える。ふたりという単語にそれ以外の面々が首を傾げる中、宜野座だけは未だ収まりそうにない怒りと闘っていた。そんなピリついた空気が漂うオフィス内に、なんとも能天気な声が木霊する。
「ありゃ、もしかして遅刻しちゃいましたか。ごめんなさい、お花摘みに行ってて」
濃紺のパンツ、カーキ色のジャケットの下からは白いシャツが覗いている。男性に比べて線は細いが軟弱さは感じられず、筋肉のつき方や佇まいも常人のそれではない。今この場にいるはずのない人物────響歌・ルートヴィヒがそこにいた。
「うわぁ。この空間にいると、仕事しなきゃって気持ちになりますね。あー、嫌だ嫌だ」
ゆるゆると首を横に振れば、結われた髪もそれに合わせ、さらさらと踊る。台詞とは裏腹に、その横顔は穏やかだ。あまりの衝撃に宜野座はさっきまでの怒りを忘れ、目を見開き声を漏らす。続いて唐之杜が震える唇でその名を呼ぶと、隣の六合塚は無意識に拳を握った。表情を変えることの少ない雑賀ですらも、思わず目を細める始末である。
「響歌、その言い方は誤解を招くぞ。まるで仕事熱心だったかのように聞こえる」
続いて入室してきた長身の男が、心地のいい低音で指摘した。こちらは上着を羽織っておらず、暗い青色のシャツを身に付けている。一切無駄のない筋肉に、端正な顔立ち。癖のある髪と翡翠色の瞳が印象的な色男だ。彼は赤井秀一、響歌の相棒である。
「うぐっ、刺さる一言。流石です」
響歌は顔を歪めて大袈裟に胸を押さえて見せる。しかし、コミカルなのは当人達だけであり、周囲は思わぬ人物の登場に誰もが二の句を継げずにいた。2秒ほど経ったのち、やっと我に返った朱が戦慄く。
「響歌、さん……?」
「ん?おお、朱ちゃん!久しぶりだね。また随分と見違えて、別人だと思っちゃったよ」
「なんでっ、なんで戻って来たんですか!せっかく自由になれたのにっ、どうして!」
「え〜、なにこれ。全然歓迎されてない。拍手で迎えられるとは思ってなかったけど、ここまで責められるのは予想外だよ。流石にヘコむな」
響歌がまるで数日振りかのような挨拶をすると、朱は掴みかかる勢いで彼女を責めた。狡噛に対する反応と比べ、あまりに素直である。涙すら浮かべている元後輩に、流石の響歌も狼狽えてしまう。そんな両者の様子を興味深げに観察しながら、雑賀が眼鏡を弄りつつ揶揄うように笑った。
「常守を泣かせるとはやるじゃないか、ローズ」
「ジョージ先生…どうも。ちょっと会わない間に皺が増えたね。不健康が服を着て歩いてるみたいだよ」
「俺も今や自由に出歩けない立場なんでね」
「はは、どの口が。元から引きこもりじゃん」
同情を誘うような雑賀の言い方に、響歌は鼻で笑い皮肉を返す。僅かに場の空気が緩む。しかし彼女は、すぐに表情を引き締め朱に向き直ると、毅然と言った。
「私は誰かに命令されて帰って来たわけじゃないよ。自ら望んで、今ここにいる」
「それなら尚更疑問です」
「まぁ、そうだろうね。まさか再会を果たすことになるなんて、正直私も思ってなかったし……26年前のあの日からそうだったけど、日本を出てからは死をより身近に感じるようになった。一つでも選択を誤れば、頭を撃ち抜かれる。地雷で四肢が吹っ飛ぶ。とても刺激的で、充実した毎日だったよ。今日救った命が、明日にはただの肉の塊───それが、今の世界の日常」
通常なら精神を蝕まれるような環境なのは、想像に難くない。ほとんどの入国者の色相がクリアでないのがその証拠だ。それでも、響歌は笑う。たとえ巫女が測る魂の数値が正常でなくとも、その笑顔は誰が見ても美しい。朱は胸が熱くなるのを感じた。この人の本質は変わっていない。出会った頃のまま、強かで眩しく、真っ直ぐだ。世界の実情を目の当たりにしてもなお、彼女の心は輝きも潤いも失ってはいなかった。むしろ一層増していると言える。
「私もさ、そのことを遣る瀬無いって、やっとそう思えるようになったんだ」
穏やかに笑う顔に、皆が息を飲んだ。赤井と狡噛だけが、誇らしげに目を細める。それぞれ形は違えど、骨の髄まで愛している女がまた一つ成長したのだ。当然の表情だろう。
「大切な人達が持つ、他者に寄り添う心。それはきっと先天的なもので、私には芽生えることはないと思ってた。だけど、人生って本当に、何が起こるか分からないよね」
愛おしそうに胸を撫でるその所作は、さながら母親のようだった。新しい
「どうして戻って来たのか。さっきそう訊いたけど、愚問も愚問だね。私の行動原理は今も昔も変わらないよ。いつだって、一つ────私が、そうしたかったから。強いて言語化するなら、そうだなぁ……今よりもっと強くなれる。んでもって、懐かしの面子で喧嘩と洒落込める。ついでに世界がちょっとだけ平和になる。最高だと思わない?今ここにいる理由なんて、そんなものだよ」
なんとも単純な答えだ。しかし、そこに至るまでに大きな葛藤があったことは、言葉がなくとも伝わってくる。それでも容易く納得はできない。彼女は、20年もかけてシビュラと訣別したのだ。この地に立つことに、抵抗はないのだろうか。再び巫女の目に触れることに、嫌悪感を抱かないのだろうか。そう考えてすぐに、朱は腑に落ちた。ああ、そうか。響歌にとって、シビュラは言わば他人。興味も執着もない。故にもう、抵抗も嫌悪感もない。
「ねえ、ちょっとちょっと、感動の再会は朱ちゃんだけなのかしら?」
「拗ねないでよ、志恩。はい、ただいまのハグ〜」
「んもう、私のこと忘れちゃったのかと思ったわ」
両手を広げ駆け寄って来る響歌を、くすりと笑って唐之杜は受け止めた。以前のままの少女のような雰囲気に安心したのも束の間、端々から感じる変化に、一瞬瞠目してしまう。抱き合うだけでわかる。あの頃よりもずっと濃くなった匂い。火薬や土、血液────苛烈な場所で戦ってきた者だけが纏う、特有のにおい。嗚呼、と。胸の中で唐之杜は嘆く。あの頃よりもずっと強くなってしまった。これ以上、強くなんてならなくていいのに。妙に感傷的になってしまうのは、歳のせいだろうか。それとも、相手が彼女だからだろうか。
「ふふ、志恩のにおいだ」
唐之杜の心の裡を見透かしてか、響歌はやけに優しく笑った。そこでふと何かに気付いたように顔を上げると、今度は一転して、隣の人物へと意地の悪い声で語りかける。
「六合塚さんもハグしますか?」
「お断りします」
「相変わらずクールビューティーですねぇ。ゾクゾクしちゃいます」
六合塚の冷たい返しにも、愉快げに肩を揺らす始末。命知らずな態度に、雛河や須郷は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「それから・・・ああ、いつぞやの。へぇ、監視官になったんですね」
「私のこと、ご存知なんですか。話したこともないのに」
唐之杜との抱擁を終えた後、響歌がにっこり笑って握手を求めた相手は霜月だ。しかし、彼女はそれに応じようとはしなかった。刺々しい口調で睨み返す。
「ええ、自分が関わった事件の顛末は全て、頭に入っています。日時、内容、関係者、交わされた言葉、対象の犯罪係数に至るまで詳細に」
「まさか、コンピューターじゃあるまいし」
「心外ですね。自分で言うのもなんですが、私ほど人間らしい人間はそうそういませんよ。ただ少し、人より記憶力がいいだけです」
トントンと、人差し指で顳顬の辺りを軽く叩きながら、響歌は肩を竦める。彼女の病気のことを知っている面々は、『少し』という点に内心首を大きく傾げた。
「では何故、監視官だと?私が監視官になったのは、貴女がいなくなった後です」
「この部屋に呼ばれた時点で、共同捜査の為の顔合わせだということは、簡単に予想がつきます。そして、ここに来た時、貴女は常守監視官や花城課長と一緒でした。タイミング的には局長から正式な命令を受けた後でしょう。そんな場に、執行官は同席しない。あとは彼女の部下、という可能性もありますが・・・、
そう言いながら、響歌はフレデリカに視線を送り、その肩に手を置いた。そして値踏みするような目で霜月を見ながら言う。
「それはないでしょう。だって貴女、国内の事案なのに出張ってきやがって、外務省クソ野郎この野郎って顔してるじゃないですか。あんまり眉間に皺作ってると、そのうち消えなくなりますよ。とまあ、こんなところです────それでは改めて、響歌・ルートヴィヒと申します。よろしくお願いしますね、霜月美佳監視官。私もこう見えて元監視官です。所属の違いはありますが、仲良くしましょう。狩るべき相手を見誤るのは、あまりに愚かというもの。手は繋げずとも、同じ方向を向くことはできるはずです」
嘘くさい笑顔じゃないのが余計に気味が悪い。そのくせ、NOと言わせぬ圧を感じる。これが、響歌・ルートヴィヒ。ぞくりとした寒気を覚え、霜月は無意識に一歩後退る。そんな彼女に親しみにも似た笑みを浮かべ、響歌は強引に距離を詰め手を握り、ブンブンと大きく振った。
「せ、潜在犯が気安く触らないでくれますか」
「わお、すっごく生意気。いいですね、太々しくって。昔の誰かさんを見ているようで、微笑ましい」
「誰かって、誰です?」
「さあ」
のらりくらり。霜月が顔を引き攣らせると、ケラケラと笑い肩を叩いてくる。なんなのだ、この人は。珍妙な生物を前にしたような顔をしている彼女を、宜野座が同情の眼差しで見つめていた。
「そして、初めましての方が一人、二人、三人…」
そう言いながら、初対面の雛河と須郷と順に視線を合わせ、握手を交わす。続いて、狡噛の側に立っていた人物を数に加えようとしたところでピタリと動きを止めた。凝視された本人−宜野座−は、居心地が悪そうに顔を逸らす。
「あ、響歌さん。その人は、
見た目だけで言えば、今の宜野座に監視官の頃の面影はない。朱が思わず助け舟を出そうしたその時、響歌は宜野座の前まで来ると、彼の頬を両手で鷲掴んだ。包み込むなんて生半可なものではなく、強引に視線を合わせる程の力である。そして、行為とは裏腹に、呆然と声を震わせた。
「マサさんだ」
「おい、離せ」
「宜野座さ。伊達眼鏡だったのは知ってたけど、もしかしてあれって、ファッションじゃなくてこれを隠そうとしてたわけ?」
「………だったらなんだ」
「ぶっ、ふははは!ほんっと素直じゃないよね!!」
「うるさい、黙れ」
「もうガミガミ眼鏡って呼べないじゃん」
「俺の知った事じゃない、そもそも呼ぶな」
まるで子どもの喧嘩である。遂には宜野座の横髪を摘み上げ、遊び始めた。狡噛もそうだが、宜野座もまた、響歌の前だと精神年齢が急激に下がる時がある。そもそも彼女が年不相応なのが問題なのだが。幼稚な言葉の応酬に、周囲の反応は様々であった。以前の彼らを知る赤井や狡噛は微笑ましく見守っていたが、抱擁力のある落ち着いた宜野座しか知らない須郷達は目を白黒させている。
「でも、ちゃんと生きててくれて安心した」
「……お前に心配されるほど落ちぶれてちゃいない」
再び視線を合わせ、響歌は言った。さっきまでとは別人のような声で。全身から伝わってくる深い情を感じ取り、宜野座は皮肉を言うのがやっとである。
「うん、宜野座は強い。流石はマサさんの息子だね」
微笑みながら返事をすると、響歌は目を伏せ、彼の左腕に触れる。人体とは違う、硬く無機質な感触。スーツ越しに肩から二の腕を伝うように撫でて、最後にその手を取った。
「だからって、こんなところまで似なくていいのにさ」
響歌には、懐かしいという感覚がよく分からない。特に、対象が大切な人であれば尚更。なぜなら、大事である程に、彼女の中にある記憶は鮮明になるからだ。そういう記憶は、脳内のすぐに取り出せる場所に置く。その行為こそ、響歌にとって愛情の形なのだ。だから征陸の姿が色褪せることもなければ、彼のことを懐かしいと感じたこともない。それでも、宜野座の左手を握った瞬間、胸が疼いた。心は共にあろうとも、死者には実体がない。こうして触れられるのは、生きていてこそ。
「落ち着いたら連れて行ってよね、お墓参り」
「…そうだな、親父も喜ぶ」
宜野座が笑うと、響歌も目元を緩める。そして振り返り、再会を喜ぶ時間を貰った礼を述べた。それを合図に、朱とフレデリカから説明がなされる。ピースブレイカー、グローツラング号での襲撃について。今後は外務省との共同捜査となること。まず向かうべきは、博士が文書を保管したという出島だ────戦いが始まる。
**
「あの、宜野座さん・・・彼女が、前に言っていた?」
ヘリポートへ向かおうとすると、須郷にそう声をかけられた。宜野座は彼の視線を追い、『彼女』が誰を指すのかを理解する。苦い再会を、容易く己の色に染めてみせた女。昔は姿を見るだけで胸が騒ついたものだが、今はどうだ。前を歩く響歌の背中が、何よりも頼もしい。不気味なほど穏やかな表情で赤井と会話する横顔を見つめ、宜野座は頷き返す。
「ああ。響歌・ルートヴィヒ。俺や狡噛の同期で、元監視官。まあ、見ての通り相当な変わり者だ」
散々な評価だが、その声に嫌悪や敵意は少しも感じられなかった。それどころか誇らしげで、須郷は一瞬面食らう。狡噛に掴みかかった時とはえらい違いである。
「確か、行方不明だったんですよね?」
「行方不明と言えば聞こえはいいが、事実上は逃亡犯だ。あいつも潜在犯、見つかれば即執行されていただろう」
「しかし、監視官だったのでは?」
「逃亡前まではな。潜在犯堕ちが分かったのは逃亡の後だ。それも公的な記録じゃなかった。色相チェックの記録が、現場に残されたデバイスから見つかってな。とても監視官を続けられるような色相じゃなかったが、あいつは堂々とそれを置いていった。もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに、またこうして同じ敵を追うことになるとはな。本当に、つくづく予測のつかない女だ」
そう語る宜野座は、これまで見たことのない表情をしていた。朱に向ける、信頼や羨望の眼差しとも違う。須郷達に向ける、兄のような眼差しとも違う。だがそれでも、確かにそこには情があった。それを何と呼ぶのか、須郷は知らない。それに呼び名など、さほど重要ではないだろう。響歌・ルートヴィヒ────これから共に戦うことになる人。彼女のことを須郷はよく知らないが、宜野座がこんな瞳を向ける相手ならば、案ずることは何もない。それだけで、信じるに足りる。
「親父の話なら響歌に聞くといい。よく晩酌に付き合ったり、非番の日は連れ回されたりしていたからな。親父も親父で、いつも目に見えて乗り気だった」
「彼女・・・ルートヴィヒ捜査官は、他の執行官ともそういった関わり方を?」
「いや、どうだろうな。ただ、他人の心に入り込むのが上手いのは確かだ。特に親父のことは、仕事上の仲間というより、家族のように思っていたのかもしれない。俺よりも余程、親子らしかったよ」
父と彼女が並んで歩くのを見る度に、胸の中を黒い靄が支配した。当時、あれは執行官と馴れ合うことに対しての嫌悪感の表れだと本気で思っていたが、ただの嫉妬だったのだ。自分が立てなかった場所に容易く収まった彼女への。響歌は、実父の影を征陸に重ねていたのだろうか。いや、違う。ふたりの絆は決して偽物などではなかった。監視官も執行官も関係なく、ひとりの人間として互いに尊重し合う。今はそれをとても美しいことだと思える。色褪せてしまった、二度と見ることの叶わぬ情景を浮かべ、宜野座は頬を緩めた。