星に、手を伸ばした



第2話




 最上のエンタメを体感した後しばらくはその余韻に浸る癖があった。観劇のあとならその原典を読む、Re:valeのライブならRe:valeの曲を復習するように聴く、その作品のファンなら誰でもするような事だが明音はそれを当日中にせずにはいられなかった。
 先日IDOLiSH7のライブを体感した。IDOLiSH7はまだ無名の、出来たばかりのアイドルグループだ。曲も『MONSTER GENERATiON』一曲しか出していなかったので、アンコールで盛り上がったあのライブでもその一曲を何度も嬉しそうに、楽しそうに、大事に歌ってくれた。観に来てくれたお客さんを楽しませる為に、たった9人の観客の為に最高のエンターテインメントを魅せてくれた。7人のアイドルの卵が明音に、観客一人ひとりにステージ上からファンサービスを贈ってくれているのを時間になるまで眺めているとあっという間に終わってしまう。
「(モンジェネのCD、売ってるかな…)」
 関係者らしき人物の元へ明音は思い切って駆け寄った。髪の長いスーツを着た好青年と朗らかそうな男性が良かったよかったと感涙するほど浸っていたけれど。
「あの、IDOLiSH7の関係者の方ですか?」
「そうです。どうされました?」
「CDを買いたくて。あの、モンジェネの…」
「ありがとうございます!販売用の持ってきますので、少々お待ち頂けますか」
「は、はい!すみません」
 長髪の青年がどこかへ走っていくと、隣にいた朗らかそうな男性が明音に話しかけた。IDOLiSH7のライブはどうだった?感動した?応援したくなってくれた?と。明音は短い間に感じた事を話すと、うんうんと相槌を打ってくれる上にとても嬉しそうだったので途中から自分の父親と重ねていた。出来なかった事を出来る様になった時の、良かったねと褒めてくれた優しい笑顔と同じ表情だったから。
「お待たせしました。こちら受け取ってください」
「ありがとうございます。えっと千円でしたっけ」
「たしかに受け取りました。IDOLiSH7の曲、たくさん聴いてあげてくださいね」
「はい。これからたくさん聴きます。今日のライブ、とても感動したので」
 元々少なかった観客は、この数分でもう誰もいなかった。少し余韻に浸っていた人たちはいたが、関係者以外がここにずっと留まることはあまりよくない。彼らにお礼を言って、明音もその場を後にした。
「あの子、見たことある?」
「え?多分お客さんとしては初めて見たような気がしましたけど…」
「眼鏡をして、帽子も被ってたからね。しかもこの暗がりだ、すぐに気付かなくても無理はないよ」
「社長、それはどういう…」
「とってもすごい子の心を、うちの子たちは射止めてしまったということだよ」

🎼

 ドラマの撮影の休憩時間、スマホを手元に用意しながらイヤホンを耳に装着する。あれから何度も聴いている曲を流して、明音は束の間の息抜きを始めた。
「……何を聴いてるの?」
「最近のお気に入りの曲ですよ」
「僕たちの歌?」
「…も、聴いてます」
「“僕らの歌も”か〜」
 共演している千がすれ違い様に話しかけると、そのまま出て行ってしまった。彼女の休息を邪魔しないでおくというように。
(目を閉じると、流れ星が降ってくる。あの日を思い起こさせるように、それはひとつ頭上の夜空を明るく彩った。)

「千さん」
「なぁに、明音ちゃん」
「ライブってやっぱりすごいですね」
「Re:valeは最近やってないけど、どこに行ってきたの?」
「台場野外音楽堂です。アマチュアのアイドルグループのライブに先日行ってきたんですよ」
「へぇ。そんなに良かったんだ?僕も気になるなぁ」
「きっとこの先芸能界入りすると思います!その時は千さん先輩ですよ」
「TRIGGERに続いて?明音ちゃんのハートを掻っ攫われる前に摘んでおくべきかな」
「それはダメですよ!」
「わかってるよ。冗談だから」
 セットの外で風にあたっていた千に明音は声をかけた。今日の撮影がもうすぐ終わるので、先程話が出来なかった分を千にぶつける。彼は楽しそうに話す明音の表情を眺めながら聞いていた。

🎼

 数日ぶりのオフの日の朝、明音は制服を着て支度する。IDOLiSH7のライブを観に行った後の初登校だ。
 居たらどうしよう。でも居なかったらそれはそれでがっかりしてしまう。とドキドキなのかハラハラなのか、明音の心中は忙しなかった。

「星上さん、これから少しお時間ありますか」
「あ、あります」
「では5分後、ここに来てください。お待ちしています」
 朝のドキドキハラハラをお察しされたかのように、放課後に呼び出しをされた。IDOLiSH7の和泉一織が用件も伝えず時間をずらして目的の場所へ向かうよう指示してきているあたり、周りを警戒しているのが分かる。一織と直接話をしたのは、これが初めてだった。
 言われたとおりに空き教室に入ると、そこには一織しかいなかった。当たり前だけれど、周りは人が疎らだ。少し怖い顔をした一織を目の前にして、何を言われるのだろうと明音は彼の口が開くのを待っていた。
「この間IDOLiSH7のライブに来てくださいましたよね」
「えっ!」
「…人違いではないと私は確信していたのですが」
「あ、あたり。でも変装してたのに一応……客席で話しかけてくれた人も、関係者の男の人たちもみんな私の事分かってなかったのに…」
「(関係者の男の人…?社長か大神さん?)七瀬さんにコールをされた時に、貴方だって気付きましたよ。聞いたことのある、よく通る声でしたから」
 目が合ったと思っていたのは錯覚ではなかったらしい。
 一織は明音を認識していた。昔からよく出演ドラマを親と一緒に見た事があったこと、同じクラスにいると知り過去作をいくつか見たことを真剣な目をして話されて照れ臭くなってしまった明音はしばらく黙ってしまう。
 それよりもどうしてわざわざ呼び出したのか、その理由を知りたかった。
「あの和泉くん」
「はい、なんですか」
「どうして私を呼び出したの?ライブを見に来てくれたのを確認したかっただけ?」
「そうですね…あの日貴方がIDOLiSH7を見に来てくれていたのか答え合わせをしたかったのと、貴方にとってIDOLiSH7はどういう存在となったのかも聞いてみたかったんです」
「どういう……。楽しそうに歌ってくれるからこっちまで楽しくなるアイドル。あと、芸能界に来てくれそうって思ったよ。IDOLiSH7のみんなとお仕事してみたいなってワクワクもした。だから、頑張ってほしい」
「貴方からそんなエールを送られてしまったら、精一杯応えなければいけなくなりましたね」
「大袈裟だなぁ。でも、応援してるよIDOLiSH7!」
 私なんかのエールで良かったのだろうか。アイドルがアイドルとして世に出ていきたいなら、トップアイドルのRe:valeに応援してもらった方がやる気出るんじゃないか。でも多分和泉くんが欲しいのはそういうのじゃないのだろう。自分たちの評価を、体験した人に彼は意見を聞きたかったのかもしれないと思うと今回の行動の意味も納得できた。
「時間を取ってもらいありがとうございます。これからもIDOLiSH7を推してくださると嬉しいです」
「和泉くんはマネージャーじゃないよね…?」
「アイドルですが」
「だよね。最近忙しくてライブには行けないかもしれないけど」
「名前を覚えて下さっているだけで充分ですよ」
 突如始まった密会は思った以上に短い時間で幕を下ろした。一織は自分の直感の確認が出来た事とIDOLiSH7のファン獲得に鼻歌を歌いたくなるくらい上機嫌になった事だろう。


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