不感症というのも辛いが敏感すぎるというのもまた辛いものだ。と、どこかで聞いたことがある。
最初は「へー... 」と適当に聞き流していたが、いざ自分がそういう場面に遭遇し、そして実感すると想像以上に苦しいものだった。恋人から絶え間なく与えられる快楽に溶けていく思考。溺れていく身体。敏感な身体には些細な刺激ですら息を殺すほど甘い毒になる。それを知ってしまってからは崩れていく理性を守ろうと歯を食いしばり時に目を瞑りながら何とか逃げようとすることに常に必死であった。逃げられると追いたくなるのだと彼は言っていたが、しかし、逃げずにはいられないのだ。だから情事になると私は決まって俯せになり枕なりシーツなりに縋る。仰向けでもタオルか何かで顔を隠してやはり縋る。
「...っ、...ふ、」
必死に耐えようとしているが耐え切れず、苦し気な自分の声が漏れる度に彼は嬉しそうに笑うのだ。それが酷く恨めしい。こちらは必死だというのに余裕綽々といった感じで笑うなんて性格悪いと思う。だから私は負けず嫌いの意思が働いたりして、余計に声を出すまいと必死になる。これは私と彼の攻防戦だ。
「...う、っ、ぁ、」
びくりと身体が震えて少し甲高い声が出た。彼に名を呼ばれる。それでも首を振れば彼はくすりと笑ってこう言った。
【フョードルの場合】
「どうせ逃げられないのですから、愛されることに早く慣れてください」
なんてことを言うのか。フョードルは逃がそうとか休憩を挟もうなんていう、こちらを気遣った配慮の心は全く持っていないらしい。仰向けになっている私は枕に顔を埋め、シーツに爪を立てる。
「だ、..だった、ら、手加減、」
「しませんよ」
「きゅ、..け、」
「駄目です。惚けていても休憩を挟むとすぐ貴方は理性を取り戻してしまうので」
そうすると彼は枕を掴む私の手を上から握りしめ、手の甲ごと掴むように指を絡めとられる。耳に生暖かい息がかかりシーツを掴む手に力が入った。逃れようとする体ごと押さえつけられ、諫めるように首に歯を立てられる。彼の髪が私の肩に触れた。
燻った熱が全身を深く支配するように広がっていく。頭を麻痺させるような感覚が、じりじりと広がっていく。毒が染み渡るようにじっとりと惑溺される感覚に慣れろというなんて無理難題である。いや拷問だ。せめてもう少し手加減でもしてほしい、まるで 致死性の毒を受けてそれに耐えるなんて普通に考えて無理なのだ。
「貴方って強靭な精神をお持ちですよね」
ふいに、頬に彼の冷たい指が触れる。
「全てを明け渡すようなことは絶対にしません。情事もそうですが普段もそうです。何があっても動じず屈っせず、気づけばするりと隙間を抜けて自由に羽ばたいている。でも、いいですか。私は愛妻家なんです、愛でたいのは当然です」
最初こそ甘やかな熱だったはずなのだ。しかし気づけば猛毒になっている。箍を外そうとする。彼はそういう愛し方をする。
「だから、理性を捨てなさい」
「ひっ.....」
暴力的な程に美しい顔で、長い睫を揺らして、しかし彼は敬語を捨て死刑宣告をした。
勘弁してほしい。思わず息が詰まり口から出たのは空気を止めたような弱気な音だった。
「..........なんですかその反応」
彼が一瞬動きを止めたその隙に、近くにあったブランケットで身体を包む。そうすると彼の瞳が細められ、段々と口角が上がっていく。
「仕方ないですね。ご自身で捨てられないのなら、手伝ってさしあげます」
「い、いいえ、ケッコウデス...」
「ではもう一度言います。愛されることに早く慣れてください」
「っ、う、んん」
フョードルは私の弱点を知り尽くしている。我慢して隠していたところで無駄だったようで、私が理性を手放すか手放さないかの瀬戸際になると、いつも的確にそこを攻めてくるのだ。確信犯だ。そこばかり擦られ続けられれば身体は呆気なく昇り詰めようとしてしまう。そうなると、あとは私の精神力が最後の要となる。
「ふふ、....ほんっとう、に...頑固ですね、僕の、奥さんは...っ」
「!」
奥さんというワードに弱いことも知っていて、彼は私を追い詰める。揺さぶられながらあまりの快楽に力が抜けてくると、余裕の無さそうなフョードルは瞼にそっとキスをする。頭が朦朧とする。
「あ…っ、あっ、だ、だめ……」
「私の前でくらい、駄目に、...っ、なってください...!」
今までとは比較にならない強烈な感覚が全身を駆けめぐった気がした。きっとこうなれば甘い声しか漏れ出てこない。そういうわけで今日も、フョードルとの攻防戦は彼に軍配が上がったようだ。
太宰君の場合
「頭おかしくなるくらい気持ちよくなろう」
「...な、...っ、ぁ、だめ...!ゆっく、り」
容赦なく許容範囲を超えた快楽が波のように押し寄せる。多分遠慮というものがないのだろう。常に
「....だって先輩、思考する余裕があると自分の感覚とか感情とか盗んで無の状態になるでしょ。でしょ、そんなの絶対だめ、許さない」
否定はできない。しかしそれはだいたい太宰君のせいなのだ。思わず顔を背けると動きを止めた太宰君は下に転がる私をじとりと見下ろした。
「先輩、前々から思っていたけれど情事にその能力でやり過ごそうとするなんて絶対用途間違ってるよ。私は愛されていないのかい?」
「...はぁ、っ、そうじゃ、...なく、って」
「何?」
正直、私は今も息も絶え絶えだ。流暢に喋る余裕はない。しかし言わなければ変な誤解を生みそうだし、太宰君の表情はどこか怒っていたし、どこか辛そうだった。
「太宰君.........色気が、....」
「へ?」
「色気、が...すごい、から、無意識で.....自分の意識を...盗んで...逃げようと、....」
「.....................................................」
「わ、たしが、太宰君、に.....耐性が、ない....というか.......ごめん」
だから言いたくなかったのだ。恥ずかしいやら何やらで彼のことは見れないし、居た堪れない。視線をずらしながら聞かなかったことにして、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で何とか言えば、身体の急所を突かれた時に出そうな随分と苦しそうな声が上から聞こえた。反射的に視線を上げると顔を真っ赤にした彼がいる。
「先輩、勘弁してよ」
「え、ごめ...、」
「違う、責めてない......あーもう」
「酸素も思考も全部奪ってあげるから、逃げないで」
秘すべき場所を中まで見られているという羞恥と、頭が混乱するほどの悦楽が、体の中で混ざり合って熱となる。それを素直に享受できたらいいのだろう、しかし私はそれが出来ない。必死に耐えようとして、しかし触れられているところから跡形もなく溶けそうな感覚に眩暈がする。やがて酷く甘やかな刺激が電気のような痺れへと変わっていく。
「....まっ、て、...っ、ぁ、あ、だめ、」
砂のように積もった快感が、もうすぐ決壊してしまう。
みっともないと分かっているのに、嬌声が止められなかった。
「イってごらんよ」
「だざ、...っ、い、くん」
「だぁめ、イって」
もはや言葉では抵抗できそうになく、首を振る。積もり積もった熱が溢れ出しそうな予感がした、その途端、まるで外気が身体に通り抜けるようなすうっと冷える感覚がした。
「だめ、先輩、逃げちゃだめ、逃げないで」
「!?」
頭まで冷え切る前に、太宰君が下腹部に手を当ててから身体を屈める。
蓄積された快感が弾け飛び全身に一気に流れる。五感で感じるすべての感覚が身体中に流れ駆け巡り、冷える感覚を飲み込んで、私は多分我慢できずに泣くような声を上げてしまったと思う。気づけば身体を震わせながら激しく呼吸をしていた。
「先輩....どう?ちゃんと覚えてる?」
「.......................................ハイ」
「え、ちょ、っと!なんで布団に隠れるのさ!待って!私まだ足りな、...痛ったい!!!蹴らないで!!!!先輩ただでさえ武術強いんだから!!!!」
という世界線をポォの本で読んだ太宰君
「先輩今すぐ結婚しよう今すぐ愛を確かめ合おう先輩大丈夫恐らく優しくするから多分確実にとは言えないけれど」
「..........国木田君私ちょっと休暇とるから君の相棒何とかしておいて」
「先輩逃げないで!照れ隠しだって知っているけど逃げないで!」
「太宰!お前訳の分からん事を言ってないで仕事しろ!!!!!」
という世界線を何かで知った(?)したフョードル
「愛妻家っていいですね」
「はい?」
「そういや結婚していませんでしたね、しましょうか」
「はい???????」
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