日本、と聞いて創造する印象はいかなるものか。
奥ゆかしい、和の心、わびさび、おもてなしの心、そういった穏やかで落ち着いた雰囲気を思い浮かべるだろうか。空気を読むだとか、波を立てない、周りに合わせる、そういった協調に似た部分を思い浮かべるだろうか。無論、間違いではないだろう。だが、それだけではないのだ。
「さ……、」
偶然にも桜の姿を見つけいつものように声をかけようとした。明るい調子で名を呼ぼうとして、フェリシアーノは、思わず言葉を飲み込んだ。それは少し離れた向こうにいる桜の前に可愛い女の子がいたとか、美味しそうなピザを焼いているお洒落なカフェがあったとか、そういう話ではない。視線の先には月明りに照らされながらどこか遠くを見据えている本田桜の姿があった。
青白く光る月明りに照らされる彼は何と神秘的で美しいことか。だが美しさだけではなく他を圧巻するような冷たさが息巻いているのも確かだった。普段の本田桜からは想像ができない暗さや黒さがそこにあるようでフェリシアーノは身体が凍てついたように動かない。
「桜」
そこに、自分ではない声が聞こえた。
桜と呼ばれたその彼女は自分に背を向けて声のした方へ振り向く。視線の先には黒いロングコートに身を包んだ金髪、澄んだ緑色の瞳をした男の姿。それを認知途端フェリシアーノは静かに息を吐くと近くのレンガ調の壁に背を預け腕を組む。聞き耳を立てるものの、その視界に本田桜を映すことを躊躇う様に瞳を細めた。
「待たせたな」
「いいえ、…私の方が、むしろ、返事を、待たせてしまって…、」
「いや…それで、考えてくれたのか」
「…私は、」
月明りだけが映える街の外れ。幻想的で美しいといえば聞こえはいいがフェリシアーノの目にはそうは映っていなかった。自分が今まで仲良くしていたはずの桜が、自分の苦手とする相手と話している。それもなにやら秘密裏に。察するにこれはアーサーから桜に事前に何かを離していたのだろう、返答に困るような、何かを。そこまで考えてフェリシアーノはとある一つの可能性に目を見開くと桜をその視界に捕らえた。
「私は、フェリシアーノさんが、好きでした」
どきり、と心臓が高鳴る。だか、それは一瞬だった。
「好きだったんです、本当に、…好きでした、前までは」
でも今は分からないんです、と続ける桜にフェリシアーノは何か大きな衝撃を頭から直に受けたように動けなくなった。
「この国は美しいですが、私には眩しすぎました。フェリシアーノさんも、そうです」
「…」
「アーサーさん、貴方を好きかどうかは分かりません。でも私は、今は、この地を離れたいんです」
「そうか。歓迎するぜ、出発は明日の夕方18時だ」
「いいんですか」
「悪いわけがあるか。…俺はまだ、お前を諦めてねえしな」
明日の夕方18時。それを聞き逃すはずもなく脳内に植え付けたフェリシアーノは桜を自分の手元から逃がすまいと普段使わぬ思考を全力で働かせ始める。冗談じゃない、よりによってイギリスなんかに行かせてたまるか、アーサーなんかに渡してたまるか、なんて独占心が強くはないと思っていた自分には似つかわしくない感情が次々と浮かび上がっては心に火を灯していく。
本田桜は一体どうすれば自分の元に残ってくれるのか。好きだった、なんて終わったような言い方は耐えられない。優しく愛を囁けばいいのか。激しく恋幕をぶつければいいのか。いっそ閉じ込めてしまえばいいのか。フェリシアーノは下した決断は、
「桜、ねえ、俺は、君を」
ーーーーーー愛しているんだよ、
03.この恋がきみを殺すまで
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