「ごめんなさい」
それしか言葉がでなかった。
誰に対して言っているのかも、その言葉に含まれた意味も、渦巻く感情すら上手く言葉に表せなくて、ただただ同じ言葉を繰り返すことしかできない。寒いわけではないのに詰まる息が声を霞ませる。流れる涙が唇を震わせる。桜は目の前にいる男の瞳を見ることができなかった。
「そんなに俺は、頼りないかよ」
「いえ、そういうわけではなくて、」
「じゃあ何だよ、何で、そんなになるまで我慢してんだよ」
「べ、別に、平気で、…」
「平気なわけねーだろ」
腕を強く掴まれたと思ったその瞬間には背中越しに強い衝撃が走る。思わず瞑った目をゆっくりと開けると目の前には悔しそうに歪んだアーサーの顔があり、視界が開けていくと自分の両端に彼の手があることに桜は気付いた。
「辛いなら、辛いって言え」
「…だい、じょうぶ、です」
「目を逸らすな、俺を見ろ桜」
ぐ、とアーサーの近付く気配がして桜は俯こうとする。鋭い緑色の瞳に射抜かれるのを恐れ、逸らすなと言われたそばから顔ごと背けようとする桜にアーサーは舌打ちをすると人差し指と親指で桜の顔を無理やり上げさせる。顎を上向きにされた桜は当然抗えるはずもなくその瞳に緑の瞳を映し、そして遂に堪えていたものが流れ出す。
「泣いてんじゃねえか」
「泣いて、ません…」
「どんだけ強がりなんだよ」
「つよがって、ません…」
頑なに否定し続け、人に甘えることを許さないとでもいうような意志を貫き通す桜はその小さな身体を震わせながらも弱さを見せないように気丈に振る舞う。その姿がアーサーの余裕をなくしていくとは気づかずに。
「俺はお前の何なんだよ」
「アーサー、さ、…」
「俺にくらい甘えろよ馬鹿!」
先程よりも強めに発せられた声に桜が息を止める。大粒の涙が目尻に溜まっているその瞳が大きく開かれた後、寂しそうに細められてから呟くように言葉を紡ぎ始める。一言一言、絞り出すように話す恋人の桜の声にアーサーは耳を傾けるも徐々に表情が険しく変化していく。
「アーサーさんに、気を使わせて、私、本当に、御迷惑で、情けなくて…」
「…」
「私、こんなんじゃ、アーサーさんに釣り合わなくて、…」
「っ、」
「だから、きっと貴方に追いついて見せるから、だいじょ…」
そう言って何でもないように笑い涙を手の甲で拭く桜にアーサーが何もしないはずがなく。
桜の右手を押さえつけ、流れる黒髪すらも逃がさないように押さえつけて強引に唇を奪う。一度触れた唇に桜がびくりと震え腰を引こうとするもアーサーがそれを許さない。更に強く押さえつけられた唇がやがて熱を運ぶ。唇が離されたころには桜はただただ静かに立ち尽くすのみになっていた。
「やっと落ち着いたかよ」
「あ、の…」
「俺はお前に甘えてほしい、皆の前では気丈に振る舞っていても俺の前では素直でいろよ」
ひゅ、と息を吸い込む音が聞こえる。アーサーは桜の腕を自分へ引っ張るとそのまま優しく腰と頭に手を回す。桜の頭を自分の肩につけるようにして抱きしめるとその手で軽く頭を叩きながら言葉を続けた。
「涙を見せたくねえなら胸でも肩でも貸してやる」
「っ、」
「全部ひっくるめてお前のこと、愛してやるから」
「アーサー、さ、」
「情けねえとか迷惑とか、そんなこと考えんじゃねーよ」
分かったかよ馬鹿、と落ち着かせるように将又あやすように普段とは違う優しい声色で言うアーサーの瞳は真っすぐと桜を映している。やがて桜は小さく何度も頷くと再び涙を流し始める。零れ落ちた涙はアーサーの人差し指に拭き取られた。
「泣くな」
「だって、」
「なんだ、また情けないとか言うんじゃねーだろうな」
「いえ…」
柔らかく表情を崩して目を潤ませながらにこりと笑った桜に、眉間にしわを寄せていたアーサーは眉をそのままに顔を赤く染めた。
「……私、アーサーさんのこと、本当に好きだなぁって、」
「!!ば、ばか、おま、っ!」
04..不意打ち
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