「........は????」
俺は今大変なものを見てしまった気がする。
見なかったことにすればいいのかもしれないけれど、ばっちり目が合ってしまって仕舞には「あ、」なんて言われたから無理な気がする。いや、向こうは気にしていないのかもしれない。分からない、分からないけど俺は目の前で起きた奇妙な出来事に、思考がシャッターを降ろしたように中断された。
とりあえず処理が追い付かず思考を放棄してしまった脳を正常に戻したい。先ほど見たことが言葉にならずぐるぐると頭を駆け巡っている今の状況を脱するには、不本意だけど状況を整理するしかない。脳内でカオスになっている情報を一つ一つ繋げて再編集するべく、俺は一旦頭を振ってゆっくり息を吐いた。
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ここはアンバー寮だ。
俺は来期アンバーに転科するから、その下見を兼ねてアンバーの寮がどんなものか見て歩いていた。稽古が終わり夕飯も食べ終えて、外はもう暗くなってきた頃だった。本当は明るいうちに見たかったけれど夜しか時間が取れなかったのだから仕方ない。
廊下を歩きながらオニキスとはやっぱり少し雰囲気が違うななんて考えていたところ、とある寮部屋のドアが開いた。それは別に問題ではないのだが、中から現れた人物がそれはまあ色々と問題だった。
俺より小さい背丈の人が、ぶかぶかの服を着た状態で、目を擦りながら部屋から出てきた。しかも髪は濡れていて、明らかにサイズを間違っている服に水が少し染みている。見方によってはワンピースに見えなくもないような微妙な長さの服の下は生足だった。いや下履いてよ。
まるで、「風呂上りの寝ぼけた人が髪を乾かさず適当なシャツを着て寝室に行こうとして間違えて外につながるドアを開けた」みたいな状況だ。いや待てどんな状況だよ。そんなアホみたいなことあるか。だいたいその恰好で寝ぼけて部屋を出るって危ないだろ。っていうか下履いてよ。
色々突っ込みどころがあって思わずじっと見てしまった。頭の中で疑問符が乱舞している。
そうしたら、赤い瞳が俺に気付いて何度か瞬いた。そうして何かに気付いたように「あ、」と言った。いや「あ、」じゃないんだけど。俺この人の横を通り過ぎないと目的地にいけないんだけど。ちょっと早く部屋戻ってよ、なんでこっち見てるのあの人。
「あれぇ・・・」
寝ぼけているのか、うとうとしながら目を擦り「ん、」やら「む、」やら言葉ですらない何かをぶつぶつと発しているけれど、身体をゆらりゆらりと心地よく揺らしていて、今にも立ちながら寝そうな雰囲気だ。大丈夫かなこの人。
廊下を歩く俺との距離がどんどん近くなっていく。そういや、あの特徴的な髪型、どこかで見たことがある気がする。クリーム色で柔らかそうな髪、耳の横から瞳と同じ綺麗な赤い髪が揺れている。......確かロードナイトの.......え?なんでアンバーにいるの?
クエスチョンマークが飛び交う俺の耳に、ドアが開いているその部屋の奥から「おい馬鹿」と声が聞こえた。
「お前、その恰好でどこ行くつもりだ」
「えーー....あ、樂満くん、いた」
「いや、ずっと部屋にいただろ。風呂上がってそのまま部屋出る馬鹿がいるか」
「んー...へへ、眠い」
「お前なぁ.....誰かに見られたらどうすんだよ、ほら行くぞ」
「ん〜〜」
ぱたり、とドアは閉まった。
「........は????」
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そして冒頭に戻る。
誰かに見られたらどうすんだよも何も、俺見てたんだけど。とは言えず、誰もいなくなった廊下で俺は一人呆然と立ち尽くしているという状態なわけだ。
「樂満先輩と蜘糸先輩....だったよね」
あの人は樂満くん、と言っていた。
確か、樂満先輩はアンバーの3年生だ。対して、馬鹿と言われ腕を引っ張られていたのは俺の記憶が正しければロードナイトの蜘糸先輩だ。その二人が何故か一緒に部屋にいて、片方が寝ぼけて部屋から出てきた。ぶかぶかのシャツは、もしかしたら樂満先輩のだろうか、あり得る。夜遅くまでゲームでもしていて風呂を借りたのだろうか。いや、だとしたら自分の部屋に帰るだろう、でも蜘糸先輩は樂満先輩の部屋に連れ戻されていた。おかしい、もう夜なのに。
ちょっと待って。ってことは、あの人、部屋に泊まるってこと?・・・・・なんで??
深刻ではないけれど気にはなってしまう、そんな質の悪い疑問が次々浮かび頭が旋回するような感覚だった。
「.....なんか、あるんだ、..............なんか、、、、たぶん....」
これ以上考えるのはよそう。無理矢理疑問を着地させて、俺はその部屋の横を通り過ぎた。
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<翌日>
「お前、昨日のアレ、寝ぼけて部屋でるのもうやめろ」
「え〜、別に問題ないよ!樂満君が気付いてくれるから」
「いやそういう問題じゃなくてな、誰かに見られたら、」
「あっ、そういや目があった気がするな〜。確かね〜、あー.....名前わかんない。水色の髪に黄色い瞳の〜」
「・・・・・・」
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