「届かないし....」

図書室に来たナギは自分の身長よりも高い場所にある本に手を伸ばすが届かず、悪態を吐いた。周りを見て近くに脚立がないことを確認し、今度は背伸びをしてつま先に力を入れても僅かに届かない。
ち、と小さく舌打ちして脚立を探しに行こうかと考えた、その時。ふとすぐ後ろに人の気配を感じた。

「これだろ?」

聞こえた声にナギはびくりと反応して勢いよく振り返ると案の定そこにいたのはテオだった。テオはナギの伸ばした手を軽々超えていき目的の本を指さしている。テオの影にナギがすっぽりとおさまった。
確かにそれなのだ、それなのだけれど、...近い。

「いや別にそれじゃなくてもいい」

ナギは咄嗟に逃げようとして、早口に答えすぐにその場から離れようとした。ともかくテオから距離を取りたかった。近くにいると無意識に顔に熱がたまり、それが悔しくて逃げる習慣がナギには付いてしまっていた。仕方がないのだ、ナギはそういった感情には酷く鈍感で疎く、どうしていいか分からなくなる。だから逃げ場を探すというのは当然であった。しかし、今日も今日とて逃げようとした瞬間。

------------ガシリ。   


「..........」

両腕をしっかりと掴まれ本棚に押さえつけられた。突然のことに一瞬気を取られたナギを見逃さず今度はグイ、と己の足をナギの両足の間に忍ばせてテオはナギを絶対に逃がすまいと固定させる。ひやり、とナギが冷や汗を流すのと、テオが意地悪気に目を細めるのは同時だった。

「また逃げるの?」
「わっ!!」

耳元で息を吹きかけられナギは思わず自分の意識に反して声を上げてしまう。慌てて自分の口を押えようとして、両手が塞がれていることを思い出し、そんな自分を見下ろしているテオをギリリ、と睨み上げた。睨み上げて、しかしばちりと目が合うと、反射的に目を逸らしてしまう。

どうしてこうなった?
自分はただ、図書館に本を借りに来ただけのはずなのに、どうしてこんなことに。
冷静になれ、冷静に。大丈夫、どうにかすれば逃げ切れるーーー。

ナギはどうにかしてこの状況から抜け出そうと頭を回転させた。いっそ助けを呼ぶか?いや、そんなことできない。そもそもこの状況を見られたら終わりなのだ。だったら目の前の男を思いきり押す、いやダメだ。両腕を押さえつけられている。それどころが自分の両足の間にこの男の足が入り込んでいる。まるで身動きが取れない。必死に考えを巡らせるも浮かんでは消え浮かんでは消えていく。どうすれば、どうすれば。

「考え事?余裕だね」
「え、...ちが、....」
「こっちに集中してよ」

いたずらに耳に舌を這わされたナギは思考を遮断させた。逃げ出すことなんて考える余裕はなく、ただ必死に声を抑えることに徹するしかなかった。ナギは耳が弱点だと知っているテオは容赦がない。耳に歯を立てられ、耳朶を食べられ、耳元で囁かれればナギにはもう成すすべがなく、ひたすら声を押し殺すしかなかった。次第に声を抑えるどころか立っているのも辛くなり、重心が傾いていく。

「図書館だから静かにしないとみんなにバレちゃうよ」
「ぅ、ぐ....っ...ふ、んん、」
「でもナギ、そんな噛み締めたら血が出る」

そんなことを言われてもどうしようもない。手で口を押えられない以上、噛み締めて耐えるしかないのだ。ナギは必至に首を振りテオを訴えるように見上げた。しかし見上げたところで状況が好転するわけもなく。


「口、塞いであげよっか?」
「!?」
「それとも俺の首でも噛んでる?」
「な....っ」
「どれも部屋ではやってるじゃん。何でいちいち赤くなってんの?」
「ばっ....言わな、っんん!!」


抵抗しようと口を開いた瞬間、その言葉ごといとも簡単に食べられて、奪われた。ゾクゾクと肌が粟立つ感覚にナギは眩暈がして目を眇めた。綺麗な金髪がはらりと自分の顔にかかっていることに更に羞恥心が煽られ、やがて目と鼻の先で自分の髪と同じ色の瞳が見えたその瞬間、ナギは魔法にでもかかったかのように全身から力が抜ける。自分で自分を支えることができず、ふらりとテオに撓垂れ掛るようになり、それを察したテオが両腕を離してナギの背中に手をまわした。


「ダメだよ、ちゃんと立ってて」
「む、...り...」
「なんで」
「アン..タ、の..せい...!」
「そっか。じゃあ俺の部屋に行って続きする?」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「するの?しないの?」

ぶわ、と赤くなったナギを見てテオは更に悪戯心が沸く。素早く脇腹から片方の手を忍び込ませ、人差し指でナギの背中の真ん中を上から下までなぞる。ゆっくりと、ゆっくりと、ナギの瞳を見ながら。
たったそれだけで、ナギはもう限界だった。何かが弾けて焼き切れたような感覚に、ナギは思わずテオの名前を呼ぶ。それが、ナギの‘‘答え‘‘だった。