エスパータイプ使いの人って狡いんだ私知ってる

雲間から覗いた細い月が、仄かに長い影を小路に落としている。その陰を踏んだ先輩がふと止まって、空を見上げた。雲でほとんど覆われているというのに、何かに導びかれるように銀白色の月の僅かな光が一直線に先輩を差している。先輩だけが別世界にいるように照らされていた。そこで、ふと思ったことを聞いてみる。

「先輩は、太宰さんのこと、どう思っているんですか」
「ん?」
「太宰さん、多分、先輩のこと好きだと思うんです。他の女性とは違う意味で」
「それ聞いちゃうかぁ〜〜〜〜?」
「あ、えっ、その、えっと、すみません....?」

一瞬。ぼんやりしていると見逃してしまうくらいの一瞬だった。月の光を浴びている先輩の表情は、同情と困惑が半分ずつ内在していると言うべきか、形容のできない妙な表情をした。気がした。
しかし、次の瞬間には先ほどの表情とは打って変わって笑っていた。てっきり「何とも思ってない」とか「後輩だよ、それ以上もそれ以下もない」とか割り切った答えがくるものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。先輩は笑ったまま、あろうことかこう言った。

「結構...うん、かなり素敵だと思うよ」
「....へ?」

笑っているというのに、こちらを見た先輩の瞳は独特な雰囲気があった。何かの意思がこもっているのは間違いないのだが、それは僕を見ているのか、その先の何かを探っているのか、将又"僕達"など最初から眼中にないのかが分からない。そんな、真意が測れない目に一瞬時が止まったように静寂が訪れてから、暗闇の中で先輩は軽快に話し始めた。

「顔良し声良しスタイル良し。性格は難ありだけど今は探偵社員という立派な肩書もある。案外面倒見もいいし大局観もあって、頭の回転も早い。彼がモテるのも頷ける。モテを通り越してある種の魔性すら持ってそうだ。芥川君の執着だって凄いし、敦君だって...こんな時太宰さんがいれば、なんて考えたことはないかい?」
「あ、あります!」
「だろう?彼は自殺マニアだけど必要とされる人間だ」
「はい!....ん?えっと?」
「だから、勿体ないよね太宰君」

軽快に話しているというのに、どこかに何か違和を感じる。太宰さんに対してあれだけ良いことを並べて、その実、どこか線引きをしているような、先輩に聞いているというのに俯瞰的に物事を見ているような、何とも言えない感じだった。
やがて、首を傾げるようにして少しあどけなく、でもどこか大人びたように、これまたなんとも言えない笑みを浮かべた。

「他の子に惚れていれば実っただろうにさ」

ーーーーー
敦君と別れた後、コートに両手を入れて、深く息を吐いた。

「太宰さんのこと、どう思っているんですか」敦君に言われた言葉。そこに対して私は好き嫌いの単純明快な回答ではなく「勿体ない」という返答を出した。他の女性なら太宰君に惚れるかもしれないし、現にマフィア時代も彼に纏わりつく女性はいた。現在だって太宰君を見ては顔を赤らめる女性もいるのだから、自殺偏執狂であることを隠せば女性から寄ってくるほどだろう。そういう子達を相手に恋愛感情を抱けていれば、太宰君が幸せになれるのかはさて置き、恋心自体は実ると思う。

というのに、太宰君は何やら私を好いているらしい。最初は憧憬だと思っていたのだが、あれだけ宣言され続ければ流石に私でも理解はした。同時に、毎日のように熱烈な言葉を投げかける姿と、私がそれをそっけなくかわす度に項垂れる姿を見て、「ああ、太宰君って本当に人を好きになれるんだ」なんて失礼なことも思ってしまった。偏見ではあるのだが、マフィア時代の彼をよく知っている私は、太宰君が誰かに本気になるというのは想像し難かったのが正直なところだ。

だから太宰君の気持ちを理解した時、人を愛せる程までに感受性や心境が変化して、より人間らしくなった彼に少し嬉しくなったのは事実だ。しかし、その相手が私というのは駄目だ。駄目すぎる。

「なんでこうなったかなぁ〜〜」

太宰くんが初めて抱いた感情なら、それを尊重したい。しかし、私はそれに応えることはできない。私はふと、フョードルとの会話を思い出した。

***
「貴方に僕の異能が効くのか気になります」
「いいえ、今ではありません。世界が成った時です」

「なら、君が成した世界でも、私は私のままで変わらないことを証明してみせようか」
「それを君もお望みなんだろう?」
***

「異能が効くのか気になる」と彼は私に言った。「証明してやろう」と私は彼に言った。つまるところ、私達は互いに誘発し、誘発されている関係だ。フョードルが成した世界で証明しようとする私はフョードルを助長していることにもなるし、彼だって、恐らく私を本気で殺そうとしたことはない。彼と私の道は、いずれこの先交差する。

しかしフョードルが目指す世界というのは、きっと太宰君は理解を示さない。いや、探偵社もポートマフィアだって抵抗するだろう。彼が世界を成そうとすれば、そうはさせないとあの手この手を尽くしてヨコハマーーーー強いては世界を守ろうとするはずだ。

はっきり言おう。私は、守ろうとは思っていない。

「君が...君達が見ている私は、私の一部にしか過ぎないよ」

もうひとつはっきり言おう。私は善人救う側の人間ではない。

太宰君が探偵社にいるということは、人を救う側に来たということだ。きっと人を救える仕事を探してここへ来たはずだ。しかし私にとって価値があるのは、人助けではない。自由な意思、退屈のない世界。そして、世界がどうであれ、ーーーーーーー例えフョードルが何かを成した世界でもーーーーー私自身は変わらないという己の証明、生き様だ。


「さて......賭けをしようか太宰。私を知っても、君は私を....好きでいられるかい?」

**************
しかし、そんな私の心境は余所に、翌日。事は起きた。

「うふふふふ......んっふふふふ......はぁ素敵だなぁ!素敵な日だよ今日は!.........私は遂に辿り着いたのだねアツシクン!!!」
「.........何がですか....」
「ふふふ......胸の高鳴りが止まらないよクニキダクン....!!」
「いや、国木田さんは今いませんけど...」
「私は今とても頗る嬉しい気持ちだよ」
「敦、あの太宰は置いておいて、買い物行くかい?」
「与謝野さん....是非行かせてください......」
「さて、余興はここまでだ、私の話を聞いてくれ給え先輩!!私の!!大事な報告を!!先輩の人生にも関わるのだよ!」
「あーうん手短に頼むよ」
「やっぱりドライ!!!」

太宰君が変だった。
いや、普段から正常かと言われるとそれはそれで疑問なのだが、どこか浮わついている雰囲気が隠せていない。遂に心中希望の美女を見つけたのかと思ったがどうやらそうではないらしい。「太宰の機嫌が良い時は碌なことが起こらない」と国木田君は理想と書かれた手帳を手にしてどこかへ消えていった。敦くんは引き攣った顔をして、丁度買い出しに行こうとしていた与謝野さんにお供する形でつい先ほど出ていった。賢明な判断だ。

賢二君と谷崎君は昨日から遠方に出張しているためこの場にいない。今頃商店街のおばちゃんに採れたての果物でも分けてもらっているのではないだろうか。平和だ。

そうして残ったのは私と乱歩と太宰君である。机に両脚を上げラムネを飲んではコロコロとガラス玉を回している乱歩は恐らく太宰君のことなど気に留めていない。そして当の本人は大きく開いた瞳をキラキラと宝石のように輝かせ、頬を少し染めて身体をくるくると回転させながら私の元へ来ると、今度はさながら騎士の如く自信と敬愛が混ざったような表情でさっと床に片膝をついた。ゆっくり深呼吸するとわざとらしく咳払いをした。先程までの浮わついた空気が一変し異様な緊張感が漂う中で、前髪をかき上げるとどこか確信めいた眼差しが向けられる。

「では、手短に端的に話そう」
「....」

今度は横上を耳にかけ、息を吐くように笑った。

「私は形から入ることにしたよ」
「....うん?」
「だがら私と先輩は結ばれたのさ。つまり今日は記念日だよ」

端的すぎて話が見えない。それが表情に出ていたのか、太宰君は私を暫し見つめてからうっそりと微笑んだ。

「分かるかい?」
「分からないね」
「仕方ないなぁ...」

本を読んでいた指を掴まれ、そのまま左手の薬指をするりと撫でられる。若干の悪寒がしたが太宰君は愉しそうな、それでいて有無を言わせないような瞳でじっと私を見ている。流石元ポートマフィア最年少幹部、獲物を仕留めにかかるような眼光だ。目力が強い。

「こういうことなのだけれど、分かるよね?」
「分からないかな」
「分からないわけがないよね?」
「分かりたくないかなぁ...」
「分からせてあげようか」

目力に加え声でも圧力をかけてくる後輩が怖い、そんな後輩に育てた覚えはないなんて現実逃避をしたいところだが、太宰君が言わんとしていることは何となくわかる。しかし。だ。私が思うにややこしいことになっていそうなので、ここは探偵社随一の頭脳の持ち主にご協力いただいた方が事態の収束が早いだろう。そういう魂胆でちらりと名探偵を見れば、微かに瞳を開けた名探偵も私を見ていた。あれは「面白そうだから協力してやろうか報酬次第だけど」の瞳だ。

「...乱歩」
「んー」
「頼む」

私の声を聴くなり乱歩の口元が上がった。

「先輩が振り向いてくれなくて何が最適かを吟味した結果、婚姻関係を結び周りから固め逃げ場を無くすように囲っていくのが合理的且つ最もリスクが少なく穏便だと判断した。先輩の証明が必要な箇所は偽装して誓約を結び法を以て事を成せば正式に且つ合法的に先輩を縛ることができる。この世界において夫婦の形は1つではないのだから愛は後から深めていけば問題ない。いや寧ろ型にはまらない生き様を背中に語る先輩にふさわしい馴初めの形だ。要するにつまるところ、君は君の預かり知らぬところで太宰に婚約入籍させられ配偶者になっている。だから今日は記念すべき結婚記念日ってこと。結婚おめでとう因みに太宰が手を回しているせいでそう簡単に破棄はできない。通訳代は薯蕷饅頭」

そこまで言うと乱歩は自分の机に常備していた駄菓子のうちの一つを摘まむ。袋を破いてぱくりと食べると「お、なかなか」などと言い、続けて違う味のお菓子も口に放り込んだ。この状況で動じないのは流石である。

「太宰君」
「なんだい先輩、礼はいらないよ」
「感謝する要素が何処にあったよ」
「ないのかい?」
「あのな......偽装している段階で法に効力はないんだよ太宰君」
「やだなぁ.......効力なんていくらでも作り出せるのだよセンパイ」

恐ろしい事を平気で言ってのける後輩に思わず頭を抱えて溜息を付けば「そういうことで先輩の苗字も今日から太宰だから」などと頭上から聞こえてきた。まぁ元最年少ポートマフィア幹部だからなぁ...で納得したくはないのだが、確かに太宰君ならあの手この手を駆使し、法なんて踏み越えていくらでも偽を正と出来るだろう。残念ながら彼はそういうことに長けている。誰だ教育したの。...私か.....??

「さぁ先輩、観念して私と愛を深「乱歩、太宰くんが手を回した奴等の買収方法は」
「追加報酬次第」
「世界最高峰のガラス職人が手掛けたガラス玉入りラムネ、欧州から取り寄せた絶品卵糖。あと最高級日ノ本駄菓子百選」
「よろしい、買収するにはまずギルドの「え???乱歩さん??先輩???言ったそばから金にものを言わせ婚約破棄しようとしないでくれるかい!?私の苦「太宰うるさい僕の追加報酬の邪魔をするな」
「........乱歩さぁん.....私の恋路地は邪魔するのですか?」
「お前のそれはストーカーの域」

一喝された太宰君を横目で見ながらパソコンを付ける。例えば買収に大金がいるとして、その資産を作れそうなのはギルド...いや、白鯨の件で財産は彼に横領されていたはずだ。となれば彼に協力を依頼した方が確実か。...いや、彼は無条件で快く協力してくれるようなは人ではない。何か貸しを作るか...なんて考えている横で太宰君が乱歩を笑顔(目は笑っていない)で見ている。

「乱歩さん、先輩の用意できる報酬以上の報酬をご用意するので今回は手出ししないでもえませんか?」
「えー.......どうしようかな」
「乱歩、太宰君に協力するっていうなら、先ほど言った報酬は無しね」
「えー.......それは困るな。あれ、僕ってもしかして、今、太宰と君に取り合いされてる感じ?いや参っちゃう。こういうの三角関係っていうの?いやぁ大変だねぇ」
「話をややこしくするな乱歩」

それ以上面倒しないでくれと乱歩を見れば、彼は心底不思議そうに私を見て、こう言った。

「そうは言うけどさ、君。あながち三角関係ってのは間違いじゃないんじゃないの?」

ひやりとして、心臓は電撃を受けたような衝動を感じた。
まさか、フョードルとの関係性を知っているのだろうか。いや知っていてもおかしくはないかもしれない。自分の表情が若干険しくなっていきそうなのが分かり、しかし、その言葉に動じてはいけないと理性が働いて、表情も声も変えず、すぐにいつもの平静を装う。

「いや、なんの話」
「何のって....あーーー.....なるほど」

何かを察したらしく、乱歩は珍しく瞼を上げレンズ越しに緑色の瞳を私に向けた。

「なぁに、最終的に君が向かう先はどこだろうね、という話さ」



「ま、僕は太宰でもいいと思うけどね」
「......」
「個人的なことを言うと僕は君とは戦いたくない。太宰を相手にするよりめんどくさい」

扉を開けてその場を去ろうとしたその刹那、後ろからそんな声が聞こえた。全てを察しているような断定した言い方に思わず足が止まる。振り返らず、ただ静かに続きの言葉を待ってみるも、静寂が続くだけだった。きっと、これ以上何か言う気はないのだろう。私は振り向いて彼を見た。

「善処しよう」






静かな湖の水面は、波と波紋が交錯し夕日を反射させてか細かくきらきらと光っていた。まるで、時間潰しのように池の水面で戯れているようだ。ときおり風がなぎ渡り、水面に光のひだを走らせている。心地よい、そういわざるを得ない場所だ。

「先輩、どういうことかな。説明してもらおうか今すぐに、ここで私が納得するまで。まぁ納得するとは思えないのだけれど言い分があれば聞こうじゃないか」

「先輩!!!??一体どうやって!?!?!?一千も使わずに破棄したんだい!?!?!?!?」
「君になった」
「いや意味が分からないんだけれど説明する気あるかい?」
「だから、太宰君になったのさ」
「.....」
「簡単だよ、手続した本人が取り消しをすればいい話だ。なに、少し脅して急かせばあっという間さ。君は裏社会では元マフィア幹部って評判だからねぇ、みんな震えながら迅速にやってくれたよ。案外ちょろいな」
「........それって、先輩が私に変装したってことかい?」
「私の変装を見破った人はいない。君を含めてね」



「連れなんて酷いですねパルトニョールシャと言ってください」
「問題はそこじゃないのだよ!!何故先輩がこの魔人と一緒にいるのかってことを聞いているんだよ!!........いつからだい?いつから繋がっていたのかな?」
「あぁ、パルトニョールシャお気に召さないのなら伴侶でも恋人でも構いませんよ」
「ちょっと待ってどういうことだい?????」
「そのままの意味ですが」
「先輩、ひょっとしてもしかして私というものがありながら魔人と浮気していたのかい?いや私が浮気されていたのかい?私はそれでも構わないのだよ元より貴方を捕えられるのなら浮気の有無は問題ではないし」
「私がいながら貴方に浮気なんて天変地異が起きても有り得ないですよ。貴方が彼女を捕えることも有り得ません。そろそろ現実を見たらどうですが彼女は貴方の先輩ですが恋人ではありません」
「私は君の恋人でもないよ」