慣れてそうで実は全く耐性がない先輩が太宰くんにめちゃくちゃキスされ死にそうになる話。そうだ自分の記憶を盗んで無かったことにしよう!


「ではまず、手を合わせてください」

包み込むように手のひらを合わせて、何かを試すような視線が私に向けられた。それからフョードルが絡めた指先をなぞるようにして私の固まった指を解そうとしたり、かと思えば手の甲を擦るように指を這わせた。最後にゆっくりと指を絡める。擽ったい。あと手が使えないと仕事出来ないから離して欲しい。

「あの、これは、いつまで続くのでしょう...」
「ふふ、恥ずかしいのですか」
「......」
「そう不服そうな顔をしないでください。苛めたくなります」
「ひ、」

まぁ、そうなのだけれど。もっと言えば宙に彷徨った視線はやがて自ずと斜め下にさがった。無意味に床を眺めて、それでも落ち着かず視線が床を行ったり来たりしている。いたたまれなくて手を離そうとすれば、握られる力が強くなり、まるで逃がさないよと言っているかのようなそれに簡単に動きを封じられた。

「ねぇセンパイ、好きだよ、凄く、好き」
「...」
「凛々しい背中を見せる先輩も好き、果敢に敵を蹴散らす先輩も、達観したように世界を見る先輩も、私を導いてくれた先輩も、楽しそうに笑う先輩も、困ったように笑う先輩も挑発的に笑う先輩も、全部が好きだよ。本当に好きなんだ。....どうしようね、....どうしようか....ねぇセンパイ....」
「長い告白をありがとう」
「ドライ!!!少しは照れて!!!!」

ああ、国木田くんがいてくれれば太宰くんを剥がすように指示を出すのに、なんでこんな時に限って私の部屋にいるのか。答えは簡単だ、私と太宰くんはポートマフィア時代からの先輩後輩で、セーフハウスに来ては情報や見解を探偵社には内緒に交換することがある。今回もその最中だったのだ、一体どこでおかしくなったのか。そんなことを考えていれば太宰くんが喉の奥を鳴らして笑っているのが目に入った。...人の気も知らずになんてやつだ。

「....全然笑いごとじゃないし...」
「いや、私の恋人はなんとも可愛いなと思ってね」
「...」
「普段は私をあんなに翻弄するってのに、色恋沙汰だと途端にこれだ。こうも容易く翻弄されてしまうなんて」
「手をそろそろ」
「やだね」
「言う前から即答....」
「もっと私に翻弄されればいいさ。いつでもどこでも、私を思わず思い出して慌ててしまうくらいに」
「っわ」

いきなり腰に手を回され、瞬きをした瞬間には距離が縮まっていた。目と鼻の先に端整な顔立ちがある。思わず情けない声が漏れたが、そんなのおかまいなしに太宰くんは人差し指で私の顎を軽く上げた。無理矢理に視線が合い太宰くんの瞳に自分が映っているのが見えて、思わず目を瞑る。耐えられない、頼みますお願いだから顔が良いのを自覚してください。あと近いです。

全身の血液が、熱が、顔に集中していくような感覚だった。いつでもどこでもでも思いだすようになんて、それは私が大分、非常に、頗る困る。困るのだが、今この瞬間を意識してしまえばしまうほど、忘れることなど出来なそうだ。やっぱり困る。逃げたい。逃げたいのに腕を捕まれているから異能力を使って逃げるのは不可能ときた。抜け目がないな、無理だ。

ふに、と何かが唇にあたった。自分の唇より少し硬いようなそれを確かめようと目を開ければ、笑いを堪える太宰くんと、彼の人差し指が自分の唇に触れているのが目に入る。

「期待していたところ悪いね」
「っ!してないけど?!」
「目を瞑ったじゃないか」
「あ、れは!そういうことじゃなくて!」
「赤面してるのに?」
「誰のせいだと!!!!」
「ねぇ、センパイ.....早く私を好きになって」

思わず叫びそうになった。言葉にならない何かを吐きだそうとして開いた唇は、今度こそ太宰くんによって塞がれた。電気が走ったような感覚が全身からこみ上げてきて体中がびりびりする。塞がれているのは唇だけのはずなのに、周りの音が遮断され自分の鼓動がやけに響いて聞こえた。

私の後頭部を支えている手とは別の、もう片方の手がいつの間にか服の中に滑り込み背中をなぞる。それに思わず唇を塞がれたままくぐもった声を出してしまえば太宰くんの肩が少し震えた。多分、また笑っているんだ。知ってる、太宰くんはそういう人だ。性格悪いんだ。そして私が根を上げる姿を見て楽しんでいるんだ。知ってる。だから私はこんなに追い詰められているだ。やっぱり困る。逃げたい。無理。

なんて逃避するように思考を巡らせていれば、背中の真ん中をつつ、と撫でていた人差し指が下着の金具で止まった。親指と人差し指が留め具に触れ、逃避していた意識が強制的に戻る。ホッグが外れた途端、下に落ちていくそれを思わず自由な片手で必死に押さえつけた。だって、ブラジャーが床に落ちてしまったら、服を着ていたとしても視覚的に「外された」と意識してしまう。そんなの、無理。絶対に無理、無理だ。叫びたい感情ととてつもない羞恥心と隠れたい衝動がぐるぐると混ざる。太宰くんは今どんな顔をしているのだろう、いや考えるまでもない、絶対に愉しそうな顔をしているに決まっている。そう思うと今度は悔しくて、唇が解放された瞬間に下を向いた。

「いじらしいね」
「..ずるい」
「へぇ?」
「...隠れたい」
「なるほど?」
「逃げたい」
「ふぅん?」
「・・・」
「あとは、いいのかな?」
「...手加減を」

こちらが言っている言葉の途中で再び唇が奪われる。巧みに舌を絡めとられ、そのまま壁に押さえつけられてしまえば、最後まで言わせてくれなんて抵抗する意思は消え去った。その衝動でブラジャーがはらりと床に落ちたのが視界の片隅に見え、いよいよ自分の置かれている状況に眩暈がしそうになってくる。どうにかして落ちたそれを拾おうと腕を伸ばすが、目的のものに届くより先に素早く腕を捕まれて、そのまま頭の上で両腕まとめて拘束されてしまった。もう片方の手で私の頬をゆっくりと撫でると、やがて身体に人差し指をゆっくりと滑らせ谷間のすぐ下で止まる。太宰くんの雰囲気が変わった。

「さて、焦らされてあげるのはここまでだ」
「て、てかげん、の程、は.....」
「ねぇ先輩」
「ハ、ハイ.. 」
「私と恋に落ちよう」
「!!!」

獲物を捕らえた目だ。相手を手中に収めた時の顔だ。気持ちを隠さない時の声だ。こうなったらもうこちらは成す術がない。こうなると私はもう太宰くんに委ねるしかないのだ。やっぱり、狡い人だ。そんな人が好きな私はきっとどうかしている。いや、彼にどうにかされてしまったのだ。そして今日もまた彼に暴かれる。