目がさめるとそこは白い部屋、もとい、独特な消毒液の匂いのする病室だった。
あの暗く長い長い廊下ではなかった。押さえていたために勢いよく開いた戸に頭をぶつけたせいか、あの後の記憶がない。夜ではあったが電気が薄らついた明るい病室の視界変化に困惑してる間に、ちょうど様子を見にきてくれていた看護師さんと目が合い、そこからあれよあれよと簡単な診察(痛いところはないか、とかそんな簡単なもの)を眼鏡の男性医者から病室でうけた。病室でうけた、のには理由がある。
まだ目覚めていないロクロウ少年と手を繋いだままだったのだ。
ぎゅう、とどちらとも無く握り合わさった小さな私の右手と少年の左手は眼鏡の男性医者や看護師さん曰く「なにをしても緩まなかった」らしい。私たちを連れ出した救急車に乗っていた人たちもそうだったらしい、と看護師さんに教えてもらった。
ぴったりとくっついた2人の手は混ぜ合わさって元から1つのものだったのかのようにはなれやしない。あのとき、握ったままだった手だからだろうか。にぎにぎ、と指を動かしてみたが少年が起きる気配はない。

「AAAちゃん、気分どう?」
「あ、はい、大丈夫です」

看護師さんはにこっと笑ってなにかあればナースコール押してね、と言って去っていく。
まだ朝焼けの暗さがカーテン越しに見える程度の明るさと小さい人工的な電気だけがみちる病室で目覚めないロクロウ少年と手を繋ぎながら、その瞼がひらかれるのを待つしかない。
私自身がいつの間にか縮んでいたり、いつの間にかあの暗い廊下にいたのか、いつの間にか愛用のタバコがポケットに入っていたのか、たくさんの疑問が浮かぶ。浮かぶが、考えたところでなにも出てこないのが現状だ。答えを持っていないのだから当たり前だ。
だからこそ少年の瞼がひらかれるのを待つしかない。

「…ロクロウ」

開かれたその目にもしなにもうつっていないのならば、あの悪夢のようなことも忘れていてくれたならば、幸せに少年は生きていけるのではないだろうか。私のことは置いておくとして。





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眼鏡の男性医者が言うにはロクロウ少年は「反応の兆候は無い。しかし、仕方ないことである。受け入れられたならば目がさめるだろう」という、結果的に医者のできる範疇ではない、といわれてしまった。精神問題とやらだ。
隣で手を握りながら医者の言うことを見て聞いていた私の表情が曇るのを感じた看護師が気を落とさないで、とゆるく気をつかってくれている。
しかし、私は不謹慎ながら少し喜んでしまっていた。ロクロウ少年には悪いが、確かに私は喜んでいる。だって、少年が心を砕かれているのは原因であるあの母屋での出来事を覚えているからだ。父親があんなのになって、暗闇で走り逃げていたあれを。
私しかあそこの出来事を覚えていないのならば、私は孤独になり孤立し、家にすら帰れないまま死んでゆくしかない。なんと幸運なことか、彼が覚えている。明け方になにもしらなければ、と考えていたのが嘘みたいにこんな小さな少年に縋ることばかり頭によぎってゆく。

「…ごめん」

謝罪は消えるような声になり、震えているあたたかな握り合わせた手に力を込めると意識などこちらにないのに少年はゆっくりと同じぐらいに力を込めてくれた。
私を縋らしてくれるものよ。


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