長い指が髪で隠され、切られた耳を撫でる。エルフである象徴の長い耳がなくなり、長さが曖昧で焼き付けたためにくしゃくしゃな耳が存在するそこは見て気分の良いものではない。それをした旦那様は誇らしげな顔をしていたが、伯爵様の鋭い瞳に少しだけ怯えているように見える。
「随分な仕打ちね」
伯爵様がはぁとため息を吐いて、こうべを垂れていた私の頭をぐいりと上げさせ、瞳を合わせる。奴隷と瞳を合わせるなどするものではないと言おうとして、返答を待っておられる伯爵様の目に促され思いを飲み込む。話すことは許可されている。
「そうでしょうか、エルフであることを無くされ戦いやすくなりましたし。実質、害は無いですが」
「誇りを切り落とされたのよ」
「…切り落とされ、同族を殺すことに抵抗が減りました。」
「それでいいの?」
「私は、奴隷です。奴隷としてかわれている唯の兵です。この手はこの無益な戦争のためにあるものなのです。自我など、もう、はい…」
100年近く殺しばかりしてきた手はなんと真っ当らしくない手だろうか。
殺しばかり見てきた目はなんと醜く濁るのだろうか。
殺しばかり感じてきた私自身はなんと無益なものだろうか。
全てはこの無益な戦争のために、我が元同族を同じく生きている他種族を殺すためにあるこの私をなんとあらわそうか。
余程気に入らない回答だったのか、伯爵様は顔を歪めてはあ、とまたため息をこぼしてしまわれた。気に入らないと跳ね除けられる未来が優に見え、反抗する手立てを持ち合わせていない私は緩く瞼を伏せることで視線から逃れようとする。うまくいかない。
「まあ、いいわ。これからはそんなことは言ってられないでしょうから」
「ま、待ってください伯爵様!」
伯爵様が笑みを浮かべながら従者の方により、一枚の紙切れを旦那様に突き出した。その紙切れが上の人間にとってどんなに凄い力を持つのかは知っていた。ちらりと見た旦那様の顔は真っ青で、私を見て伯爵様を見て、粗相があってはならないととられた私の武器や防具一式を見て、脂汗をダラダラと垂らし始めた。
「なによ、まだなにかあるの?肩代わりしてあげたじゃない、武器の」
「し、しかし、その、その奴隷は、我が兵の切り込み隊長並みでして、その、ですから、いなくなると、我が軍が、」
旦那様の指揮している我らの軍は私が同族や他種族である敵人の前列を切り刻み、後列の数人を叩き切れば後は我らの軍の攻めだ。ほとんどその戦法を使用して我らの軍は勝つ。
旦那様の顔は変わらず、縋るように振り絞る声などはじめて聞いた。その声に対して伯爵様は呆れ顔を崩さない。
「そんなの知らないわよ」
旦那様が更に顔色を悪くしてゆく。
「あなたが武器をくれと言ったのよ、あたしは与えたわよ。だから、次はお前か返す番。宝石や土地は避けてあげたじゃない。」
「ですが、一番強い兵を見せればいいと」
「だから、見せればそれと交換だってことよ」
旦那様が預かっていた武器や防具一式が伯爵様の従者の方によりとられ、私にかえってきた。つけていいのか解らず止まっていると、従者の方からつけなさいと言われた。しかし、旦那様は首を横にふっている。つければ、もう、旦那様のために働く奴隷にはもうなれないということなのだろう。なりたくてなった奴隷ではない、清々する。しかし、たぶん、伯爵様の奴隷に変わるだけなのだ。主人が変わったとして奴隷兵以上になれやしないのだから、表情が苦くならないように気をつけながら防具一式をつけてゆく。奴隷兵にしては良い防具たちは旦那様が私を戦地に向かわし先陣を切らせるが、次の戦いのために死なせないようにとあしらわれたものたちだ。
「さぁ、行くわよ。あなた名前は?」
「…あ、の、」
「なに、まだ旦那様とやらが恋しい?」
恋しい?そんなわけない。首を振れば、じゃあなんだとまた問いがふりかかる。
「最後に、その、ひとつ」
「ああ、はいはい。どうぞ。好きにしなさい」
「ありがとうござい、ます。伯爵様」
旦那様に一歩だけ近づいたが、普段からそれ以上近づいた試しがないため足を止めていつも通り両手を上げた。話す時は敵意がないことを示さなくては旦那様はいつだって聞き入れてはくれないのだ。脂汗にまみれた旦那様。
「旦那様、奴隷兵達の中で使えるのはまだ5人程度ですが実力は申し分ありません。どうか、そんなに気を落とさないでください。」
両手を下げ一礼してから伯爵様の元へと行けば呆れた顔した伯爵様が馬鹿ねと呟いた。
「あなたが去った兵なんて気にしなければいいのに」
それは、どうだろうか。同族ではなかったが奴隷として兵になっていた者達は少なくはない。その私を含めた数人が切り込みとして前線に立っていたのだ。家族か国か金か、なにかしらを条件にして奴隷となり本来ならば味方につくであろう者達を殺していたのだ。同じだった。種族や性が違ったとしても無益な戦争に全てを捧げていたのは同じだったのだ。
「ま、まて!ダメだ!行くな、行くんじゃない!やめろ!お前が居なくなったら我が軍はどうしたらいいんだ!?あんなやつら役に立つわけがない!お前のおこぼれもらいの奴らなんざ何の役に立つというんだ!??お前だけが、お前が唯一の奴隷の成功例だというのに?!やめろ!!やめろ!」
伯爵様が部屋を出ようとしたため追いかければ、後ろから旦那様の叫びが聞こえ振り返る前に伯爵様に戸を閉められてしまい見えたのは戸の前に立ちクスクスと笑っている伯爵様だけ。伯爵様の従者の方も笑っている。
「改めて、名前は?」
「はい、伯爵様。AAAと申します」
「あら、意外とあっさり」
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