ある日突然やって来た二つ年上のその人は、着任して三日も経たないうちに戦線に駆り出された。
下っ端が激戦区に放り出される光景はそう珍しくないが、あんな若い美人が何故、と皆が顔を見合わせた。
程なくして部内には『左遷されて来たらしい』という噂が広がり、彼女自身、それを否定することはなかった。

着任当時からどうにも近寄り難い人だった。女優のように整った顔だというのに、笑っていても笑っているのか分からない感じが奇妙で、特に女性社員が少ないこの職場で男達は「気味が悪い」と口々に言った。自分も、そのうちの一人だ。そもそもウチに馴染む気が無いよそよそしい態度がどうも気に食わなく、高飛車だ、と感じていた。

「テイラー中将、お話が。」
「・・・・・・ミョウジ中尉、お願いだから何度も同じ事を言わせないでくれ。・・・・・・二週間だ。たった二週間で負傷者は半分。おかげで前線の士気は上がりまくっている、私も鼻が高いんだよ。」

その時執務室内に居たのは、俺と、同僚の二人だけ。同僚は電話を取っていて、その話を聞いていたのは俺だけだった。

「私を失望させないでくれ」

ビリッ、ビリッ、という紙を割く音に思わず顔を上げて中将の席を見た。中将は何かを手の中で丸め、ミョウジ中尉への当て付けか、彼女の目の前でそれをゴミ箱に放ると手を払った。

その時、俺の頭には真っ先に『除隊』の二文字が思い浮かんだ。

なぜならあの男に同じ台詞で、同じように目の前で依願除隊の届けを破り捨てられた経験があったからだ。

あれだけ嫌煙されていた彼女も、今では中将の言う通り南方のエースとなりつつある。前線から帰って来た奴らは手のひらを返して『女神』とその驚くべき中尉の活躍に賞賛の限りを尽くす程だ。そんな人が何故、依願除隊を選ぶのか──。

「あ、中尉。お電話です。東方司令部のレベッカ・カタリナ准尉から。」
「悪いけど、折り返しに」
「それが、総務関連の引継でどうしてもって・・・」
「・・・そう。」

受話器を耳に当てるミョウジ中尉の姿を初めて目にした。一度セントラルのマース・ヒューズという男から私用電話を受けた事があるが、その時も間髪入れずに断られたのが記憶に新しい。
同僚も同じ事を考えたのか、彼女を見るなり、俺の方を振り返り、不思議そうに肩を竦めた。

「はい、ナマエ・ミョウジ──・・・・・・まあ、どうせそんなことだとは思ってたけど」

一言、一言。口を開ける度に徐々に柔らかく変化するその表情に、女神という通り名はあながち間違いではないと唾を飲んだ。穏やかで、いつもの貼り付けた笑みとは全く違うものだった。
明らかに仕事の引継ではない相槌を続けた中尉は、やがて「ありがとう」と言い電話を切った。

それから、ミョウジ中尉が中将の元へ来る事は無くなった。デスクからその姿を消し、前線でその名を轟かせた。まさか、あのイシュヴァールを生き抜いた錬金術師だと知る事になるのは、もう少し先の話だった。



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