甘めの香水がその開けた胸元から香り、そっと胸元に添えられた指はマニキュアで真っ赤に彩られている。オーバーに引かれたリップは自信満々で、ブロンドの巻き髪は芸術的だ。

彼女の身なりに品が無いというわけでは決してない。ゴージャスな中に清潔感があるし、努力によって磨きあげられた美貌であることが窺える。
ただ、例えるならば彼女はグレネードランチャーで、ナマエはサイレンサー付きのハンドガン。そのくらい何もかも違うのだ。どちらも男のロマンだが、ベクトルが違うというか。

「いつもお仕事の話ばっかりなのね。たまには食事に誘ってくれてもいいのに・・・」
「君には世話になってるから、そう言われてしまうと断る訳にはいかないね」
「本当に?」
「あぁ勿論。ただ、今日はちょっと・・・」

彼女の細い肩に手を添えて言葉を濁すと、むっと眉間に皺を寄せた彼女の目が一瞬私の後ろに注目して、すぐ元に戻った。「いつもそうじゃない」と話を続けようとする彼女を余所に何気なく後ろを振り返った時、いかにもこちらに気付いてないような素振りで建物へ入って行く見知った背中が見えた。

「ロイさん?」
「すまない、埋め合わせはするよ」
「えっ?あ、ちょっと!」

ワンブロック先の理髪店手前にある地下階段まで早足で駆け寄ると、そこに彼女の姿はなかった。あるのは、営業しているのかどうかも怪しい錆びれた看板と、客引き用のネオンサイン。見たことも無い字体に、ヌードの女性が描かれた看板を見るや否や階段を下る。

──嫌な予感しかしない。ドアノブに伸ばしかけた手を一旦引き、もう片方の手に発火布を嵌めてポケットに突っ込んだ。今度こそドアノブを回し中へ入ると、すかさずムワッと煙たい香りが鼻を刺激した。

「どうも、奇遇だね」

と、入るなり目と鼻の先に立っていたナマエの顔に一切の不安は無く、あっけらかんとしていた。
店内は暗く、客がいるであろうホール側は仕切りで目隠しされていて、一人だけ立っていた店員らしき男は、紫色の気取ったカッターシャツに鼻ピアスという如何にもな感じだった。

軍人とはいえ、これで平然としていられるのはいっそ気味が悪い。肝が座ってるのはいい事だが、恐怖心が無さすぎるのも問題だ。

「本当に、奇遇だな」

彼女の肩に手を回し、もう片方の手でドアを開ける。「ちょうどいい、少し話がある」と適当な言葉を投げかけながら店を出て、ドアが閉まるなりナマエがフフフと腕の中で笑い出した。

「何が面白い」
「え?あぁ、いや。・・・・入る時にヤバい店だなとは思ったけど、マジでヤバい店だったなぁと」
「・・・・ナマエの失態とは思えないな。もしかして、私が追っかけて来ると踏んでわざと入ったのか?」
「もしかしても何も、絶対来ると思ってたけど」

当たり前かのように言われることが、嬉しかったり、腹が立ったり。
肩に回した手で彼女の右頬を抓ると、嫌がるどころか「いひゃーい」と楽しそうに目を細めるもんだから、もうすっかり説教垂らす気もどこかすっ飛んでしまった。

「ねぇ、夕飯一緒にどう?」
「私の奢りで、だろ?」
「もちろん!」

抱きしめた時にしか分からないせっけんの香り。気安く触ることが許されない肌は柔らかく、爪は綺麗に整っている。潤った唇にしなやかな睫毛。髪は無造作だが清潔感があって、指通りがいい。

「・・・・・・惚れた弱みだな」

こめかみ辺りにほんの少し唇を寄せると、ナマエはそそくさ私の腕を振りほどき先を歩き始めた。着いていくと、「ここね」とお気に入りのレストランを指差すナマエは、ちょっとだけ照れ臭そうな顔して笑っていた。


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