『どうやら主犯格のようです。首折れてますけど意識があって、全部吐きました。あとスンマセン、大尉が見当たらないんすけど・・・・・どうしましょう』
結局、諸々の報告を終えて職場を出たのは23時を回っていた。マーケットをナマエと回るいいチャンスだとか甘いこと考えていた自分が途端にアホ臭く思えてくる。まさかトンズラした先でハボックと宜しくやってるとは想像つかなかった。てっきり中尉のところかとばかり・・・。重たい肩をグルンと回しひと息吐いたところで、ポケットが心なしかガランとしている事に気づく。
──ない。車のキーがない。
右もない左もない今日は鞄も持参してない。あと期待出来るのは胸ポケットしか・・・服の上から胸元を叩いていると、ふと視界に入る後部座席。
覗き込むと、今日散々私を振り回してくれた張本人が座席で小さく丸まっていた。後部座席のノブに手を掛けると、ガチャリと音を立てすんなり開いた。全く、いつの間にスリの手口なんて覚えたのか。
ひんやりとした頬を人差し指で撫でてみたが、これが意外と起きない。もし彼女がずっとこの車内で待っていたのだとしたら、眠くなるのも無理ない時間だ。
「──ナマエ」
起こす気のないささやかな声で名前を呼び、規則正しく動く背中をしばらくぼうっと眺めた。ナマエが少し首を傾げた時、顕になった唇に意識が集中する。
クリスマスの日くらい、許して欲しいものだ。軽く触れるだけのキスを落とすと、薄く開かれた瞳がこちらを向く。
「・・・・ロイ?」
「おはよう」
そしてもう一度、何か言いかけた唇を塞ぐと胸の辺りを抵抗するように掴まれたが、寝起きのせいかほとんど力が入っていなかった。コートの襟ぐりを掴んだ手が離れるのを合図に、覆い被さるようにキスをする。今度は舌が絡まる深いキス。
「──!、んッ、ロイ」
本音を言えば、こうしてしつこいくらいに唇を寄せても、いつも本気の拒絶を感じない事に心底安心していた。今、彼女が不快そうな顔をして私を突き飛ばしてきたらと思うと、背筋が凍る。
どれだけ惚れ込んでいるのか。
どれだけ一方通行な想いか。
唇を重ねる度に嫌になるくらい、彼女が好きで。
「ちょ、っと、ちょっとたんま」
「お目覚めかい?」
「アンタには私が白雪姫に見えてるわけ?」
「そうかもな」
これ以上からかうと、一瞬想像してしまった"不快そうな顔"をされそうで怖くて後部座席を出た。運転席に座り直すと、ふとバックミラーの横に『安産』と書かれたお守りが揺れているのが目に入った。こんなものただの嫌がらせに過ぎないのに、捨てる事さえ私には出来ない。
「君が私の車に乗るなんて珍しいな。嫌いじゃなかったのか?」
「ん?・・・・ンー、まあ」
「それで、ご用は」
「お腹空いた。なんか奢ってよ。」
勿論、こんな時間に開いている店はそうそうないし、おまけに彼女はお酒を飲まない。それに、お腹が空いているのに他人の仕事を待つような性格でもない。そういう時は早々に一人で食べに行くタイプだ。それでいて、私が次になんて言うか、何を考えるか彼女は分かっている。
「ビーフシチューなら我が家で提供できるが」
「・・・・・じゃあそれで」
───これがナマエの、他のどんな女性からも聞いた事ないような"お誘い"で。
私はどんな誘い文句よりこれが良いのだ。不器用で、いじらしくて、回りくどい。
それでいて、死ぬほど愛おしい。
「・・・・・まだ日付変わってないな」
バックミラーに映るナマエの横顔は、外の灯りを反射して透き通るように白いが、寝顔よりも少し紅潮しているように見えた。
「メリークリスマス、ナマエ」
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