03.Secret Room

「こちらがななし様の私室でございます」

侍女の案内で訪ねてみれば、そこには中庭に面した日当たりの良い場所にウォルナット調の重厚な扉が存在感を示していた。
とてもじゃないが気軽に開けられそうもないその扉の先に、この国の王女のプライベートな空間が広がっているという。

「それでは私はこれで失礼いたします」
「えっ!?あ……」

ルシスらしく黒を身に纏った侍女は、深々と礼をしてその場から立ち去ろうとする。
てっきり部屋をノックし声をかけるところまでを彼女に任せられるものだと思っていた俺は、驚いて妙な声を発してしまった。

「…なにか?」

怪訝な表情でそう言われてしまい、それ以上何も言うことができず。
思えば、もっと堂々としていればよかったのだが。
さきほど情けない声を聞かれた上に、王女の部屋をノックしてくれなどと、恥の上塗りのような気がしてしまって言うに言えなかった。

「いや、ありがとう」
「とんでもございません。それでは失礼いたします」

侍女が早足ですぐそこの突き当りを曲がったのを確認すると、俺は目の前の扉を見据えて深呼吸をした。
ドアの取手へと手をかけてみるが、緊張しているのか中々それを手前に引き寄せることが出来ない。

暫くそんな状態が続いていたのだがやっと決心がつき、それまでよりも勢いよく取手を握って手前へ引こうとした。

「あら!?レイヴス様?」

突然に、ドアが俺の腕を押し戻してきた。
まだ取っ手を引き寄せるための力は入れていなかったが、独りでにドアが開いたのだ。

「あ…ななし…」

ドアの隙間から顔を覗かせたのは、他の誰でもないななし自身だった。
その美しい瞳と目が合う。

どうやら俺がドアを開く前に、彼女が自ら自室を出ようとしたようだ。

「ルシスへいらっしゃると聞いておりましたが、今日だったのですね!…何かあったのでしょうか?」
「いや、その、ノクティス王子への祝いを…母上の代わりに」
「まぁ!それは遥々ありがとうございます。ノクティスも父も母も喜んでおりますわ」
「あぁ…」
「それでまさか、私のところへも訪ねてきてくださったのですか?」
「あ、ああ」

相変わらず、カナリアのような声でよく喋るのだなと思った。
しかしそれは決して不快ではない。これまで何度か…と言っても指折り数える程だが…会ってきた中で、この王女が発する言葉は全てこちらへの気遣いに満ちていた。
見た目や年齢よりも、ぐっと大人なのだろう。

「まぁ!嬉しいですわ。どうぞ中にお入りになってください」
「いや、どこかへ行こうとしていたところではなかったのか?」
「あぁ、そうですわ。お茶にしようかと思っていたところだったのです。厨房へ、お湯と茶葉をと思い」
「…ななし自ら?」
「ええ。そのくらい侍女の手を煩わすほどではありませんもの」

理解のあるような顔をして、にっこりと笑う。
実は俺は、こういうところは少し苦手だった。
自分は自国で全て侍女にしてもらっているような事も、一つ年下であるルシスの王女は自ら動いている。尊敬の念を抱く反面、情けなくもなる。

「本当に君は聡明で…」
「あら?ななし様。それにレイヴス様も。まだお部屋に入っていらっしゃらなかったのですか!?」

まだ言い終わらぬうちに、すぐ近くから驚いたような声が掛けられた。
振り向いてみれば、先程の侍女が豪華な盆の上に二人分のティーセットと数枚のチョコチップクッキーが入った皿を乗せて戻ってきていた。
早足で立ち去ったのはその用意のためだったらしい。

「まぁ、ありがとうございます。今ちょうどお茶をいれようと思ってドアを開けたら、レイヴス様が訪ねてきてくださったのですよ」
「???今、ですか?」
「あら、なにかあるのですか?」
「いいえ…」

侍女は口篭ると、ちらりとこちらへ視線を向けた。
一瞬だったが、その視線に胸を刺される。
ななしが何も気にせずに笑顔で自室へ招き入れてくれたことだけが救いだった。

俺が8歳、ななしが7歳の頃の話だった。