まずいわ。
案の定というか、神殿の外に出ると、更に多くのゲルド族が待ち構えていた。
後ろからも追ってくるゲルド族を含めたら、総勢何名になるだろう。
(そこまでしてわたしを捕らえたいわけ?!)
たかが小娘一人の誘拐に大袈裟なことだ。
「さぁ、観念しな」
「誰がするもんですか!」
多勢に無勢。じりじりと追い詰めてくるゲルド族に、精一杯の虚勢をはりながら、リンクとメリーカは背中合わせに構える。
(あんまり使いたくないんだけど……アレを使うしかないかしら……)
屋内では使えなかったが、神殿を出た今なら――。
しかし、後ろのリンクが巻き込まれないかが心配だ。
その時、ぱっと強烈な閃光が辺りを覆った。
デクの実だ。気付いた瞬間、誰かに抱き抱えられた。しかし、視界が真っ白で周りの景色が全く見えない。
(誰?)
目は見えないけれど、耳は聞こえる。ゲルド族が混乱している様子が分かる。となると、メリーカを抱えているのはおそらく味方、と考えて良いだろうか。
騒ぎからはどんどん遠ざかり、静かな場所でようやく下ろされる。城下町のどこかのようだが、視界が全く役に立たない。
「こらっ、暴れるんじゃないよ! 全く騒がしいボウヤだねぇ。少しは嬢ちゃん見習って大人しくしな」
「その声……ナボールね!」
「やぁ、嬢ちゃん、相変わらず元気そうじゃないか」
霞んでぼやけた視界が、だんだんとクリアになる。
城下町の路地裏、そこに快活そうに笑う女性がいた。
「いきなりデクの実を使うから、ビックリしたじゃない。今もあんまり目が見えないわ!」
「悪かった悪かった、こうして逃げ延びたんだから勘弁してくれ」
もう、とむくれるメリーカの横で、状況を読み込めないリンクが口を開く。
「この人もゲルド族みたいだけど……メリーカの知り合い?」
リンクのどこか警戒心のこもった目に、ナボールは肩を竦めた。
「おいおい、あんな卑怯な連中と一緒くたにしないでおくれよ。アタイはナボール。弱きを助け強きを挫く正義の義賊ってヤツさ」
「ナボールには少しお世話になったことがあるのよ。ゲルド族の中ではちょっと変わってるかもしれないけど、とっても良い人よ」
「ちょっと変わってるってのは余計なんだが……まぁ良いか」
ナボールには細かいことを気にしないおおらかさがある。だからか、少し変わっているもののゲルド族の中でもナボールを慕う者は少なくない。
「それにしても、わざわざハイラルに来るなんて珍しいわね」
「いやぁ、まぁそれは……こっちもいろいろと入用なのサ。私腹を肥やしたやつがいないか見張るとか、ガノンドロフの野郎の様子を見ておくとか……」
「ふーん……てっきりボーイハントに来たのかと思ったけど違うの」
「あのねぇ……お上品なナリしてなんでそんな言葉知ってるんだい……」
「ふふん、ただのお嬢様だと思って甘く見てると痛い目に合うわよ」
「そうかいそうかい、ならアンタも一緒にハンティングはどうかな。手始めにそこのボウヤなんて丁度良いんじゃないか」
「はあ?! そ、そんなことするわけないでしょー!!」
ナボールと話す時はいつもこんな調子だ。上手くやり込めたと思えば、すぐにからかわれて振り回される。
傍らでは、ボーイハントって何、と聞くリンクに「リンクは知らなくて良いのよ」とナビィが諭すように返していた。釈然としない顔をするリンクだったが、そんな様子を見てナボールが朗らかに笑う。
「面白いボウヤだねぇ。神殿での一部始終、見させてもらったヨ。あんたなかなか見所があるね。大勢の大人相手に大したもんだ」
「それはどうも……」
「嬢ちゃん、捕まえるなら今のうちだよ!」
「だから!! そんなことしないって言ってるのに!!」
全力で否定していると、にわかに辺りが騒がしくなる。
バタバタと兵士が入っていくのがちらりと見えた。
「おっと、兵士が集まってきやがったな。アタイはそろそろおいとまするよ」
「あ……えっと、ナボール、助けてくれてありがとう」
「礼なんていらないさ、あの大悪党に嫌がらせが出来たと思えば万々歳だ」
じゃあね、とウィンクを残してナボールは家屋の屋根に飛び乗りどこかへと消えていった。
「それで、結局ボーイハントって何……」
「リンク、あのね、世の中には知らなくても良いことがたくさんあるのよ」
まるで知りたがりの子供を諭すように言い聞かせる。傍らではナビィがうんうんと頷き、そしてやはりリンクだけが納得いかないような顔をしていた。
ナボールのおかげで無事ゲルド族を撒いたメリーカ達は、今、城の塀をよじ登っていた。
「よし、見張りはいないな……」
「ねぇ、ちょっと良いかしら?」
「しっ、静かに」
塀の下を兵士が横切る。完全に通り過ぎたのを見届け、二人はコソコソと城の中へ潜入を試みる。
(わたし達、何をやってるの……)
メリーカはため息をつきたかった。しかし今兵士に見つかっては今までの頑張りが全て無駄になる。いや、その頑張りだって全く褒められたものではない。
なにせ、ハイラル城に潜入しようというのだ。生真面目なメリーカには受け入れ難いのだが、残念なことに思いつく方法がこれしかない。
「メリーカ、どうかした?」
「いえ……ただ、もっと他に良い方法がなかったかしらと思って……」
「無理してついて来なくても良かったのに」
「そういうわけにはいかないわ。わたしもゼルダ姫に伝えなきゃいけないことが出来てしまったんだもの」
そう、いつものように悠長に謁見の許可を取って、日取りを決めている場合ではないのだ。今すぐにゼルダ姫と会うためにはお城へ忍び込む他ない。
「それにこんな経験もう二度としないかもしれないし……ええ、そうね、そう思ったらなんだかワクワクしてきた気さえするわ!」
「ねぇリンク、このコ、変なスイッチ入っちゃってる気がするんだけど大丈夫かな……」
「まぁ、やる気があるのは良いことじゃないかな……多分」
妙な張り切り方をするメリーカと心配そうなナビィを他所に、リンクは夜空の月を見上げた。
荷が積まれた木箱に寄りかかる。ちょうど周りから死角になっていて、身を潜めるの丁度良い。ただ、光を発する妖精のナビィは目立ちすぎるため、今はリンクの帽子の中で大人しくしている。
「というか、もうこんな時間だけどお家の人とか心配してないの?」
「大丈夫だと思うわ。お父様も三日くらい消えることあるし」
「メリーカのお父さんって一体……」
帽子の中でナビィが呆れ気味に呟く。
「お父様はかなり変わってるから。貴族なのに平気で旅に出ようとするし、かと思えばずっと家に籠ってみたり、思いつきで行動するから突拍子もないことばっかり。まぁ、一緒にいて飽きないけれど」
「ふぅん……父親か。オレにはいなかったから、少し羨ましいかな」
何気ない言葉だったが、リンクの心の内がぽつりと洩れたような、寂しさが垣間見た気がして、メリーカは思わず彼を見た。
「ねぇ、リンクって、コキリ族なのよね」
「うん。だから、デクの樹さまが父親代わりみたいなもの……だったんだけどね」
父親代わり、だった。過去のこととして語られた言葉と、リンクが持っている森の精霊石。
事情を何となく察して、メリーカは押し黙る。
(デクの樹さまに、何かあったのね)
もしかすると、ガノンドロフが森の精霊石を狙っていたのかもしれない。デクの樹さまは、それを察知してリンクに精霊石を託したのだろうか。
とすると、火や水の精霊石を持つ部族にもガノンドロフの影響が及んでいるのかもしれない。
ガノンドロフ。砂漠からやって来たゲルド族の王。今はハイラルの一領民として振舞ってハイラル王に忠誠を誓っているらしいが、腹の中では一体何を考えているやら。
(ナボールから聞く感じは、全くそんな殊勝な男じゃないし……聖地について嗅ぎ回っているみたいだし。胡散臭いことこの上ないわ)
今日ゲルド族に襲われたことで確信した。十中八九、あの連中はガノンドロフ側についている者達だろう。誘拐が成功すればメリーカを人質として父を脅すことが出来るし、失敗したところでこんな子供の言うことなんて誰も信じない。
ガノンドロフという男には、メリーカの父も警戒しているが、肝心のハイラル王が何の疑いもなく城に招き入れているのが問題だった。ゼルダ姫だって信用ならないと忠告しているのにそれすら無視だ。
あの男の狙いはおそらく、聖地に眠るトライフォースなのだろう。
メリーカは空を見上げた空が白みはじめている。周りに兵士の姿は見えない。
「わたし……デクの樹さまに会ったことがあるわ」
「デクの樹さまに、キミが?」
「お父様が森に連れて行ってくれたの。今よりもっと小さい頃の話だから、少し記憶が曖昧だけどね」
それでも、父親が連れて行ってくれた深い森がとても幻想的で、今でも覚えている。
「昔話を聞かせてくれたわ。ハイラルで暮らしてたわたしにとっては、新鮮で楽しくて、すごく嬉しかった。幼いわたしにとても優しくて……リンク達にもきっとそうだったんでしょうね」
そこで、初めて森の精霊石を見たのだ。きっと、メリーカがやがて時の番人の務めを果たす時のために。
父親とデクの樹さまが何を話しているかはほとんど理解出来なかったけれど。
デクの樹さまは、穏やかで、物知りで、温かくて強い、森の守り神だった。
「だから、早くゼルダ姫に会って、デクの樹さまの預かり物をしっかり届けないとね」
デクの樹さまの頼みだと聞いた時、絶対にリンクをゼルダ姫に会わせてあげなきゃと思った。
時の番人としてのことはあまり喋らない方が良いと頭では分かっているけれど、コキリ族にデクの樹さまに会ったことを話すくらいなら良いだろう。
それに、どうせガノンドロフには勘づかれているようだし。
(あら? でも、コキリ族って森から外に出ると死ぬって聞いた覚えが……)
思い違いだったかしら、と内心首を傾げる。ふと、リンクがこちらを見ていることに気づく。
「どうかしたの?」
「いや……なんていうか、キミって不思議だよね」
「そう? まぁ確かにちょっと変わってるとは言われるけど」
「そういうことじゃ……、まぁ確かに変わってるけど」
「どっちよ」
城では親子揃って変わり者扱いだったので、特に気にしていないけれど。
少し笑って、リンクは白む空を遠く臨むように見つめた。
「デクの樹さまは……ガノンドロフに呪いをかけられて死んだんだ。最後に、オレに精霊石を託して……」
リンクの言葉に、息を飲む。
デクの樹さまが死んだ。そう言われても、全然現実味がない。漠然と、また会えることを疑っていなかったから。
死んだということは、もう会えないのだ。
「……そう、だったの」
昔会ったことがあるだけの自分でも辛いのに、親代わりだったというリンクの悲しみは計り知れない。
「デクの樹さまのためにも、アイツの野望は絶対に止めてやる」
強ばる顔に、ぎゅっと握りしめた拳。悔しい想いがこちらにまで伝わってくる。
大切な存在を亡くして、それでもなおリンクは戦うことを選んだのだ。ゲルド族に囲まれた時だって簡単に諦めようとはしなかった。ガノンドロフのような得体の知れない敵にだって果敢に立ち向かう。
強い人だわ、とメリーカは思う。
「……ええ、あんなヤツに好き勝手させるものですか」
時の番人として、あの男にトライフォースを渡すわけにはいかない。
これ以上、悲しむ人を増やさないためにも。
- 5 -
*前 | 表紙 | 次#
INDEX